第11話 幕間──少女円舞曲
──生きたい。
ただそれだけを願っていただけなのに。
少女はただ願った。
体を蝕むものから逃れるため、大切な人を一人にしたくなかっただけなのに。
少女がとった行動は世界に反するもので、許されない行為だった。
そのあとはずっと喉が渇いた。渇いて渇いて、少女は喉を潤したかった。
気づいたら、少女は女性の首筋を噛み砕いていた。吸うたびに喉の渇きが薄まり、今まで得たことも知らぬ快楽が身体中を駆け巡り、心を満たした。
どこに己がいるのか、どうでもよかった。じめじめと清潔感のない路地、汚い匂いが立ち込めても。
しかし快楽は続かなかった。喉の渇きも少しすれば再び戻ってくる。まるで薬を取って時間をあけたあとの苦痛のようで、少女はまた別の女性を狙った。意識が浮上するのは決まって真夜中だと思う。都会の眩しい光を避けるように、同じく夜の隠遁さを好む娼婦の血を求めた。男はダメだ、力が強すぎるし、大好きな父より素敵な男性はいない。
常識も、倫理観も、少女にはもうなかった。
──ああっ、嗚呼ッ! なんて楽しいのかしら!!
罪悪感もすでにない。ゼロだ。
父がいつか教えてくれると約束したワルツを踊っているかのような、くるくると回ると楽しい。ううん、違う、お人形さんでワルツごっこをしたのを思い出した。
お人形さんをリードするのが少女の役目だった。けれどもベッドの上ではステップは踏めない。けれど、今なら出来る。
──こんなにも楽しいのね、ワルツって!
さあ、手を取って、体を触れあわせて、そして呼吸を一つに。
背伸びをして一息、後ろへ。少女は一回り大きい人形をホールドしてワルツのステップを稚拙に刻む。本来ならば支えることもできないはず、しかしあり得ぬ力技で人形を動かしていた。否、引きずられているだけだ。だらりと鮮血を垂らした足を蹴飛ばして、少女は人形に飽きる。もう何も言わない、何も反応を示さない人形など、飽きれば捨てるだけでいい。
「何か、忘れてる?」
おおいに数多のことを忘れているのだが、少女は結局何も悩みもせずに女性を放り投げた。
「レディ、心臓と子宮は無事に詰めたよ」
背後で紳士が少女を見る。時代錯誤したローブを身につけた紳士は少女の新たな父だ。
「ネグリジェが汚れたの、パパ」
「それはいけない。また新しく買おう」
「お願いね、ああ、パパの油彩の匂い、ジゼル好きよ」
血まみれの手でドラクルの手を握る。無垢な笑顔を見て、ドラクルは嬉しそうに手を引いた。
「我が娘、 」
少女は生きたいと思った。
紳士は少女を娘だと思った。
それが、間違いであり、誤りなのだと目を反らしながら、二人はホワイトチャペルの路地裏を後にした。
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