第二部第四話part12『森羅聡里の告白』

蘭:大学病院 ICU前 午前中


 蘭です。お爺ちゃんとお姉ちゃんのお見舞いに来ていますが、面会謝絶で会わせてもらえません。

「ああ、凜よ・・・どうして、どうしてこんなことに・・・」

「おじいちゃん、落ち着いて。信じよう、お姉ちゃんの生命力を」

「うう・・・」


 お爺ちゃんは心底打ちのめされたといった表情でベンチに座り込んでしまいました。


 そこに、指野美咲さんが一人でやってきました。


「指野さん。どうも」

「蘭ちゃん。大変ね、心中お察しするわ」

「どう致しまして。指野さん、お仕事は」

「今日は土曜日よ。」

「そういえば、そうでしたね」


 ああ駄目です。曜日の間隔が飛んでいます・・・。


「・・・実は、あなたに話があって来たの」

「話?」

「森羅聡里さんに、会ってみる?」

「・・・会います。会わせて下さいっ」


 私の力強い言葉に、指野さんは頷きました。


「お爺ちゃん、私、ちょっとこの人と出かけてくるから。何かあったら連絡して」

「ああ、わかった」

「では行きましょう」


蘭:談話室タキノガワ 店内


 蘭です。指野さんに連れられて、あの日の談話室までやって来ました。

 奥の席には狩川さん、東矢さん、そして向かいの席には赤い髪をしたショートカットの綺麗な女性の姿がありました。

 よく見ると、牧野さんに雰囲気が似ています。彼女が森羅聡里で間違いないでしょう。


 森羅聡里は、指野さんを見つけると、手を振ってきました。

 指野さんも手を振り返します。


 そして私は東矢さん達の座っている席に座り、指野さんは狩川さんの隣に座りました。

 森羅聡里だけが向かいの席です。


 さて、さっそく話し合いの始まりです。


「初めまして、私の名前は」

「網浜蘭でしょう。美咲ちゃんから、全部聞いてるよ。探偵なんだって?」

「話しが早くて助かります」

「それで、私の何が聞きたいの?」


 森羅さんがコーヒーを口に付けながら、私に話を振って来ました。


「和歌山に行き、あなたの過去を調べさせてもらいました。あなたには交通事故で亡くした婚約者がいましたね? 名前は及川森羅。及川家の両親も亡くなったそうですね。あなたのその森羅聡里という芸名は、その婚約者と家族から取ったものですね?」

「ご名答。そのとおりだよ。彼は死んでしまったけれど、私は、まだ、彼のことが、好きなんよ」

「森羅さん・・・」


 東矢さんが寂しそうに呟きました。

 指野さんと狩川さんは黙って私達の会話を聞いています。

 

「事故でのお怪我の具合はどうだったのですか? 意識不明の重体ということでしたが?」

「それが、思ったよりも軽くてね。私だけ奇跡的に頭部をちょっと強く打っただけで助かっちゃったわけ。出来れば一緒に死にたかったのに、悔しいな」

「聡子ちゃん、馬鹿な事言わないでっ」


 指野さんが森羅さんを嗜めます。


「ごめんなさい。でも事故の影響で、私は記憶を少し失ってしまったんよ。」

「そうだったんですか・・・」

「自分の記憶を取り戻す過程で区役所に行ったり、興信所に頼んで自分の身元を調べてもらったの。時間をかけて記憶は無事に戻ったんだけど、その過程で、私は死んだと聞かされていたお父さんが実は生きていて、私には母親の違う弟と、そして、妹がいることが分かったの。」

「それが、牧野さんですか?」

「うん、牧野玉藻ちゃん。あの娘はね、私の腹違いの妹なの」

「・・・妹・・・」

「自分は天涯孤独になったと思ったから、まだ自分と血の繋がった人間がいると知ったときは嬉しかった。だから私、寂しくて、秋田に行って、お父さん達に会いに行ったの」

「そこで牧野さんに出会ったんですか?」

「うん。二人とも、私と同じように、音楽やってた。血の繋がりを感じて、凄く嬉しかった。それから私は活動の拠点を秋田に移すことにしたんだ。事故を起こした運送会社からの巨額の慰謝料を元手に秋田で暮らし始めて、二人や、お父さんとも接点を持ったの」

「そうだったんですか・・・」

「顔を見ただけで、触れ合えただけで嬉しかったから、私は自分がお姉さんだっていうことを言わずにずっと過ごしてた。でも、お父さんにはどうしても本当のことを話したくて。自分の存在を認めて欲しかったら、秋田に来て二年たったある日、自分が娘であることを伝えたの」

「・・・何か、あったんですね?」


 饒舌に話していた森羅さんの口が閉じられてしまいました。


「どうかしましたか?」

「・・・拒絶された」

「・・・」

「今の家族が大事だから、お前の存在は受け入れられないって、言われた。俺たちのことを思うなら、俺達の前から消えてほしいってね」

「・・・」

「何でも、玉藻達が子供の頃に私の存在があの子のお母さんとその親族にバレて、家族が大揉めになったそうなの。それで玉藻のお母さんの若藻さんは強いストレスを受けてしまったみたい。彼女は全てを忘れるように夜もロクに寝ずに働いた結果、最後は極度の過労とストレスからくる急性蜘蛛膜下出血で、若くして亡くなってしまったそう。玉藻のお母さん、若藻さんが死んだのは、きっと、私のせいなんだと思う。」


「そんなことないですって。森羅さんは何も関係ないですよっ」


 東矢さんが必死にそう森羅さんに訴えかけました。


「森羅さん。あまり自分を責めない方がいいですよ」


「・・・ありがとう。ごめんなさい、変なこと言っちゃって。でも私がこの世に生まれてきちゃったから、こんなことになったんだ。拒絶されたときは、流石の私も堪えたよ。本気で死にたいって、強く思ったし、人生で二回目に、一人で凄い泣いた記憶があるな・・・」


「森羅さん・・・」


「私はね、別にお父さんに愛されたかったわけじゃないんよ。ただ、自分の存在を認めて欲しかった、ただそれだけだったんだ。一緒に暮らさなくてもいい、家族になれなくてもいい、自分の存在を、大切なお父さんに認めてほしかったんだよ。でも、それすら叶わなかった・・・人生って、時々凄い嵐、連続で来るよね・・・」


「・・・私にも、つい最近そういう嵐が来ました。心中お察し致します。さぞやお辛かったことでしょう」


「まあね。でも今は平気。私は一人でも力強く生きて行けるってわかったからさっ」


「そうですか・・・」


「でも、もしもう一度、もし願いが叶うなら、玉藻に会いたい。あの子に会って、才能を伸ばしてあげたい。姉として、心からそう思ってる。でも、それすらも、とても叶わない。私は玉藻達の家族の平穏を守ってあげたいから、この秘密は墓まで持っていくつもり」


「聡子ちゃん・・・ごめんさい」


 指野さんが瞳から涙をこぼし始めた。どうやら自分の無力さを痛感しているようです。


「美咲ちゃんが気に病むことないですよ、涙を拭いてっ笑ってください」

「笑えないわ、私には、笑えない。」

「美咲ち、ほら。ハンカチ」

「亜美奈・・・・私、私どうすればいいの? 何も出来ない、自分が悔しい・・・」


 指野さんが狩川さんに抱きついて泣き始めました。

 そんな彼女を、狩川さんは優しく抱擁しています。


「事実を知った美咲ちはね、何度もお父さんのところに出向いて、説得を試みたんだよ。でも、玉藻っちのお父さんはひたすら無言で、箸にも棒にもかからなかったんだ」


 狩川さんが私に言いました。


「・・・森羅さん。あなたの置かれている事情は分かりました。牧野家の平穏を守りたいという、森羅さんの意思を尊重します。私は完璧な人間で、今まで捜索任務に失敗したことは一度も無いのですが、今回は、人生で初めての黒星を・・・受け入れることにしましょう。」


「ごめんね、探偵さん。・・・ウチね、実は、今、海外に音楽留学しようと思ってるんよ。悩んでるんだけどね。だからあの子とは、いずれ離れることになる」

「森羅さん・・・」


 東矢さんがか細い声で力なく呟きました。


「そうですか・・・」

「どっちにしても、サヨウナラだね」

「そうですね・・・」

「ありがとう、探偵さん。」


「どう致しまして。ですが森羅さん。これだけは言わせていただきたい。牧野さん・・・彼女は、毎日、一日たりとてあなたのことを思い出さない日は無いそうです。決して届くの無いメールを送ってはエラーで自己受信し、しょげ返る、そんな日々を過ごしています。私はそんな牧野さんのことを、最初は小馬鹿にしていましたが、今はとても哀れで、ちょっと可哀想かなと素直に感じています。牧野玉藻、彼女は破天荒ですが、とてつもない才能があるようで、美しい未来が待っていると思われます。ですが今は、あなたとの過去の思い出に縛られ、自分らしさを見失い、迷い、悩み、苦しんでいる。その迷いが、彼女の歯車を狂わせて、自らの才能を伸ばしきれずにいるのです。仕事を引き受けた身としては、牧野さんが前を向いて生きていく時間を、これ以上失わせたくありません。森羅聡里、いえ、光定聡子さん。天涯孤独に陥ったあなたに残・・・されていた・・・(姉のことを思い出し、一瞬言葉を詰まらせる)かけがえの無い大切な家族を、過去の未練から断ち切らせて、未来へと進めてあげるべきだとは、考えられませんか? お互いの未来のためにも、ここではっきりと互いの存在確認をした方がよいでしょう。そして決別の意思があることを、彼女に伝えるべきです。牧野さんの未来を思うなら、森羅さん。あなたも僅かな未練を完全に断ち切って下さいっ」


「(しばし沈黙の後、小さくうなづく森羅)」


「手紙に、あなたの現在の活動状況と、牧野さんへの偽らざる想い、そして、別れの言をしたためていただけないでしょうか? 手紙は、私が責任を持ってお渡しします。それをもって、今回の仕事は終了とさせていただきます」


「(一瞬苦悩に満ちた表情を見せた後)わかった。今、書けばいい?」


「(うなづき)あなたにお会いするのは、これで最後にしたいので」


「わかった・・・」


 森羅さんはそういうと、自分のカバンから便箋と封筒とペンを取り出して、手書きで手紙を書き始めました。その間、誰もしゃべらず、森羅さんが手紙を書く様子を黙って見守っていました。


 まさかこんな結末になるとは・・・・完全に想定外です。

 牧野さんに、なんと言えばよいのか・・・さて、どうしましょう?

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