第二部第四話part10『往復ビンタ』

犬伏:レインバス営業事務所内 午前中


 犬伏です。今、隣では牧野さんが仕事に集中しています。

 どうしよう。私は彼女の会いたい人かも知れない森羅さんらしき人の写真を持っています。

 秘密になんて、出来ないよ。だって牧野ちゃん、あんなに森羅さんに会いたがってるんだもん。

 このままだと牧野ちゃんが可哀想だし、ここは思い切って、あの時撮った写真を見せてみようかな?

 ・・・よし、そうしよう。森羅さんかどうか解らないけど、きっと牧野さんにとっては重要な手がかりになるはず。


犬伏:休憩室 お昼


 犬伏です。今日のお昼は牧野さんを誘って、二人きりでお弁当を食べています。

 牧野ちゃんは大分あたしに心を許してくれているようで、いろんな事を話しているのですが、

 どうしても、写真を見せるタイミングが見つかりません。

 それというのも牧野さんの口から森羅さんのしの字も出ないんです。

 一体どうしたんだろう・・・?


「それで、当面の課題は、バンドをやるか、ソロに拘るかって事なんですけど、私、今、凄く悩んでて・・・。

 こんなとき、森羅さんがいてくれたら何て言ってくれるだろうって・・・ちょっとだけ思っちゃいます」

 

 きた!!! 森羅さんトーク!! ここはチャンスだぞ、犬伏真希! 勇気を出せっ!!


「あの、牧野ちゃん。ちょっといい」

「何ですか?」

「実は、この写真を見てもらいたいんだ」


 私はこの前尾行したときに撮った二人の写真をスマホに表示し、牧野さんに手渡しました。


「? 東矢さん? と、一緒に映ってる女? の人は??」


 牧野さんが首を傾げている。どうやら遠すぎてよく解らないみたい。


「もしかしたら、森羅さんかも知れないって、思ってさ」

「え、でも森羅さんは、もう日本には・・・・」

「んん? どういうこと??」

「いえ、でもこの顔、森羅さんに、凄く似てる・・・・雰囲気は違うけど、私には解ります」

「そうでしょう、そうでしょう」

「これ、いつ撮ったんですか?」

「去年の年末だよ」

「年末??」


 牧野さんが立ち上がって、あたしのスマホを持って休憩室を飛び出していった。

 ありゃありゃ、なんかあたし、また不味いことしちゃったかな・・・?


長畑:レインバス6F 通路 昼


 長畑だ。東矢にこの間のお詫びを兼ねて二人きりで昼飯を食べて帰ってきたところだ。


「いや~~やっぱり壇ノ浦の飯は美味いよな、煉ちゃん」

「ああ、そうだな」

「それにしても、この間は驚いたぜ。あんな煉ちゃん見たことねえよ」

「本当にごめんな、東矢。俺もちょっとどうかしてたよ」

「まっ気にするな。お互いこれからも仲良くやっていこうぜ」

「ああ、ありがとう。東矢」


 俺達が歩いていると、牧野さんが全力疾走で俺達のところに向かってくるのが見えた。

 一体何だ?


 牧野さんは俺達の目の前まで来ると、息を切らしつつ、東矢にスマホを突きつけた。


「東矢さん。これは一体、どういうことですか??」

「あ・・・牧野さん。いや、それは・・・」


 俺は横からその写真を覗いてみた。東矢と赤い髪の彼女らしき女性が映っている。

 それが一体何だって言うんだ?


「東矢さん、何か私に隠し事、してませんか?」

「?!」

「いや、そんなこと、俺が牧野さんにするわけないじゃん。何言ってるんだよ」

「この隣に映っている女性、ひょっとして、森羅さんじゃないですか??」


 何だと・・・・。東矢の奴、やっぱり・・・・。


「いや、違う。彼女は」

「嘘をついたら・・・・私、先輩でも許しませんよ」


 牧野さんが鬼のような形相で東矢に詰め寄っていく。

 まずいっ・・・。


「牧野さん、待ってくれ! 俺なんだっ」

「え?」

「俺が、森羅さんのこと、ずっと知ってたんだよ。」

「・・・」

「ちょっ煉次朗、何を!?」

「俺が東矢に森羅さんの事を話して、会ってもらったんだよ。だから、全部俺が悪いんだ」

「・・・長畑さん・・・」


 牧野さんがうつむいたまま、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。


 そして、


「この・・・クソ野郎がーーーーーーーーーっ」


 牧野さんは俺の左頬に思いっきり平手打ちをしてきた。更に間髪居れず、今度は右にも。往復ビンタだ・・・超痛い。


「おっおい、牧野さん、何やってるんだ!! 職場の先輩だぞ?!」

「関係ないっこの私に嘘をついて・・・ずっと隠して、笑ってたんですね・・・私が苦しみもがく姿を見て・・・ずっと、ずっと・・・

 長畑さんなんか、大っ嫌いだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


牧野さんは、瞳にうっすらと涙を浮かべている。そして大声で叫ぶと、走って去っていってしまった。



「煉ちゃん、大丈夫か?」

「ああ・・・平気だ」

「どうして、俺を庇って・・・」

「友達を守るのが、友情ってもんだろ」

「煉次朗・・・」


 俺がそう言うと、東矢も泣きだしそうな表情を見せた。


「ごめんな、煉次朗。俺、話てぇよ。すげえ話してぇよ。でも駄目なんだよ、話せないんだ。駄目なんだよ。許してくれ、煉次朗」

「いいんだ、東矢。もう何も言うな。俺は余計な詮索はしない。お前には、きっと何か事情があるんだろ? わかってるよ。だからこういう泥臭いことは、俺に任せろよ、な? 東矢」   

「煉ちゃん・・・」


 ああ、これで完全に牧野さんに嫌われてしまったな。。。終わりだ・・・・何もかも、おしまいだ・・・。

 でも、これでいいんだ。俺は恋よりも友情を取る男。友情のためなら、淡い恋の一つや二つ、犠牲にしてみせるさ。。。。

 悲しいけど、これが俺の生き方なんだ。



網浜:レインバスビル6F 通路 昼


 アミリンです・・・。今日も特に収穫はありそうにありません。

 朝稲小弦が怪しい。でも、彼女が人を殺せるような人間には凜にはどうしても見えませんでした。

 この事件、まだもっと大きな秘密が隠されていそうです。

 とりあえず、今度朝稲小弦に直接会いに家に行ってみよう。


 凜が考え事をしながら歩いていると、遠くから牧野さんが走ってやってきました。


「あ、タマちゃん。元気?」

「・・・この、嘘つき」

「え?」

「アミリン・・・私に付いたでしょう。森羅さんが海外に行ったなんて、嘘ついたでしょう?」

「いや、それは・・・その・・・」

「どうしてそんな酷い嘘つくの? 酷いよ、私、アミリンのこと、心の底から友達だと思ってたのにっ」

「タマちゃん・・・」


 と、次の瞬間、タマちゃんが私の頬を平手打ちしてきました。


「うっ・・・痛っ」

「姉妹揃って人を馬鹿にするのもいい加減にしろよっもうお前なんか、友達なんかじゃない! 大嫌いだ!! 死ねっ!! 死んでしまえっ!」


 そう言って、タマちゃんは全力で走って去っていってしまいました・・・。

 どういうこと。バレるのが、いくらなんでも早すぎる・・・もっと時間を稼げると思ったのに・・・。


 ああ、タマちゃんに完全に嫌われてしまった。

 まあ、しょうがないか・・・これが凜の仕事なんだ・・・。

 でも、牧野さん。これだけは忘れないで。

 凜はいつだって、タマちゃんの味方だよ。

 嘘をついたのは事実だけど、それはタマちゃんを守るためだったんだよ・・・。

 言えなかったけど・・・・言えないけど・・・・凜のこと・・・信じて欲しい・・・・。


 御免ね、タマちゃん。

 さようなら、タマちゃん・・・・。


 傷ついている凜の元に、電話が掛かってきました。

 相手は矢島実里さんでした。


「はい、もしもし。網浜です。矢島さん? どうしたんです?」

「いえ、今日って、何か予定とかありますか」

「特に、レインバスを徘徊してますよ」

「何時頃まで?」

「うーーん、多分夜までは・・・」

「そうですか、じゃあそれが終わったら飲みに行きませんか」

「いいですね、行きましょう。受付に行けばいいですか?」

「あ、受付はちょっと都合が悪いんで、4Fの非常階段のところで待っててくれますか?」

「了解です。待ってますね」

「じゃあ」

「は~い」


 今日はこんな気分だし、パーッと飲みにいっちゃおう。

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