第二部第三話part12『勇気下さい』

蘭:ジュリエッタ店内 夜


 蘭です。ついに運命のライブ当日がやってきました。

 ライブ開始は20時。今は18時30分。

 私は当日の舞台セットと夫々の衣装をチェックしました。

 とくっぺはこういう準備には長けているようで、万事抜かりなくやってくれました。

 上杉さんのアイデアもあり、ガチャガチャとグッズコーナーの設営しました。

 売り物は全て牧野さん関連の物です。


「ふむ・・・こちらの準備は完璧ですね」

「この程度、お安い御用ですわ」


 とくっぺさんが得意げに言っています。

 ドラムの桝井さんはイメージトレーニング中。

 上杉さんのギターの練習中。

 そして牧野さんはというと、何やらガタガタと小刻みに震えています。

 大丈夫でしょうか。


 私は、一同に活を入れることにしました。 


「皆さん、聞いて下さい。

 私は音楽には明るくないですが、

 きっとあなた方は常識外れの才能があるのでしょう。

 ですが才能のある人間が、必ずしも世に認められるわけではありません。

 今日ここに集まる100人は、

 あなた方という個性を理解できずにいる可哀想な人達です。

 そういう人達にどうやって自分をアピールするか、

 いかに自分が優れた才能のある持ち主であることを教え、

 自分の懐に招き入れるか、

 単純に技術を見せ付けるのも一つの方法ですが、

 大切なのは、熱意を伝えることです。

 たとえボロボロになっても、最後まで手を抜かず、

 死ぬ気で、やり切る。

 そうすれば、演奏終了後、

 100人の観客から拍手喝采されることでしょう」


上杉・桝井・崎山「(真剣な表情で蘭を見つめる)」 

牧野「(怯えた表情で視線を下に落としている)」



牧野:ジュリエッタ店内 夜


 牧野です。幽霊を見たショックで、あの3Uのトラウマも蘇ってしまいました。

 怖い・・・100人もの観客を相手にライブなんて、考えられない・・・・。


「牧野さん、聞いていましたか?」

「え? ああ、うん」


 と、そこにアミリンからスマホに着信がありました。


「もしもし」

「タマちゃん。アミリンだよ」


 アミリンの声を聞いて少し安心しました。


「どうしたの?」

「実はちょっと仕事が長引いて、ライブに間に合いそうに無いんだ・・・」

「えええええ」

「どうしたんですか、牧野さん」

「アミリンが、来れなくなっちゃったって・・・・」

「お姉ちゃんが」

「御免ね、出来るだけ速く駆けつけるから、凜を信じて待っててくれる?」

「う、うん。ねえ、アミリン。お願い早く来て。心細いし、話したい事もあるからさ・・・」

「わかった」


 アミリンとの電話が終わってしまいました。

 そんな・・・アミリンがこれないなんて。


「お姉ちゃんが来れないとなると、ジュリエッタ側は99名で戦うことになりますね」

「一人ぐらい、いなくても平気だよ」 

「そぅです」

「俺達の演奏で度肝を抜かせてやるっ」


 豚さん達が息巻く中、私は一人気落ちしていました。


 と、そこに店長がやって来ました。


「よかったら、私が代わりでどうかしら?」

「ええ?? 店長が??」

「良いんですか、店長さん」

「ええ、そういえば、牧野さんの音楽をちゃんと聴いたこと無かったし、彼女には本当に助けられてるから。心配しないで! 

 途中退席はしないから安心して」

「生田店長・・・ありがとうございます」

「何とか100名そろいましたね、やれやれですよ、全くもう」


 仕事を終えた犬伏さん、東矢さん、狩川さん、そして長畑さんがジュリエッタにやって来ました。


「牧野ちゃん、着たよ~~」

「何とか仕事を切り上げて来たぜ」

「玉藻っちの雄姿、バッチリ見させてもらうよん」

「犬伏さん、東矢さん、狩川さん・・・」

「俺も3Uに行く前に牧野さんの様子を見ておこうと思ってね・・・」

「長畑さん・・・」


 ああ、ダメだ・・・極限の緊張と、不安とトラウマが完全に蘇ってしまった。

 手が震えてる・・・これじゃ、まともに演奏できない・・・・。


「御免なさい、私、ちょっと外の空気を浴びてきます」


 そう言って、私はジュリエッタを後にしました。


長畑:ジュリエッタ店内 夜


 長畑だ。店内には既に客が入り始めている。

 当日の受付と売り子は網浜蘭が熱心にやっている。


 俺はドリンクチケットを500円で買って、オレンジジュースを飲みながら、牧野さんの戻りを待った。


「おタマさん、遅いね。どこまで行ったんだろう?」


 上杉君が時計を見て、心配そうにしている。

 すでに牧野さんがジュリエッタを出てから一時間近くになっているのだ。


「おかしいですわ、おタマ様」

「玉藻っち、まさか逃げちゃったりして」

「玉藻がそんなことするわけないだろっ」

 

 狩川さんの発言に、桝井という人物が抗議している。狩川さんは失言を平謝りだ。

 

 おかしい・・・牧野さん。何処行ったんだ?

 俺もそろそろ3Uに向かわないと行けない。

 3U側の受付は日下さんがやってくれている。

 

 ちょっと・・・探してくるか。

 でもどこを探す? 

 

 あてなんて・・・はっあった。一箇所だけ。あの日、牧野さんがアメージンググレイスを弾いた公園!

 あそこならここからそう遠くない! 行くぞ。


「俺、ちょっと牧野さんを探してくるよ」

「おお、いってらっしゃい、錬次朗」


 俺は勢いよくジュリエッタを飛び出していった。


日下:3U 店内受付


 日下よ。今3Uのライブの客を捌いているわ。

 と思ったら、アホネンが息を切らせてやってきた。

「あら外人、遅かったわね」

「酷いです、日下さん。私を置いて行くなんて。迷子になりました」

「だってしょうがないじゃない。あんた残業だったんでしょう」

「何とか間に合ってよかったです」

「ちょうどよかった、客捌くの手伝って頂戴」

「はいはい」



長畑:公園内 夜


 長畑だ、公園には三分程で到着した。

 

 いた。牧野さんだ。ブランコに座って俯いている。

 一体どうしたんだろう?

 まさか、あの日のトラウマが蘇ってしまったのか??

 だとしたら、大変だ。一体俺に何が出来る?


「牧野さん・・・」

「あっなっ長畑さん・・・すっすいません、ちょっと疲れてて、こんな時間になっちゃって」

「まだ時間には余裕があるから、もう少し、ここにいようか」

「長畑さん・・・」


 俺は牧野さんの隣にあるブランコに腰掛けた。


 暫くの沈黙状態の後、牧野さんが喋り始めた・・・。


「実は、3Uの事が頭をよぎってしまって・・・怖くなっちゃったんです」 

「気持ち、わかるよ。酷かったもんね」

「長畑さん・・・」

「勇気を出せとは言わないよ。俺も甲子園の舞台に立つ直前は、牧野さんとおんなじ心境だった。

 でも親友の宮城が励ましてくれたんだ。だから、負けたけど、頑張れた。」

「長畑さん・・・」

「さ、牧野さん。そろそろ行かないと。皆が待ってるよ。俺はこのまま3Uに行く。一人で戻れるかい?」


 牧野さんは無言で頷いてくれた。


「じゃあ、お互い頑張ろうね」


 俺は牧野さんに背を向けて歩き出した。その時だった。

 牧野さんが後ろから俺に抱き付いてきたのだ。

 

「まっ牧野さん?!」

「ごめんなさい・・・少しだけ・・・勇気、下さい・・・」


 それから一分ほど、牧野さんは俺の背中に顔を埋めていた。


「牧野さん・・・」

「長畑さん・・・ありがとう、ございます。私、頑張ります」


 そう言うと、牧野さんは俺から体を離して、俺の前にやって来て手を振ると、公園を出て行った。


「牧野さん・・・」


蘭:ジュリエッタ店内 夜


 蘭です。アホの牧野さんがぜいぜいと息を切らしながらジュリエッタに戻ってきました。


「遅い! いつまで待たせるつもりだったんですか?!」

「ごめん、蘭。ちょっと気持ちを集中させてたんだよ」

「時間かけすぎ、もうライブまで20分ありませんよ?」

「ごめん、皆、さあ、準備しよう」


 牧野さんの声を聞き、上杉さん達は威勢よく声を上げました。

 全くやれやれですよ。


「私は指野さんの車の車内からイヤモ二で指示を出しつつ、3Uの50名にも退席命令を出します。

ライブは見れませんが、皆さんの勝利を確信していますよっ」


 そう言うだけいうと、私は指野さんと合流するため、ジュリエッタを後にしました。 


 ライブ開始まであと10分。いよいよ観客100人が揃いました。楽屋裏で牧野さん達は待機しています。


 さあ、カウントZEROライブ。最高の勝利を飾りましょう!! 

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