第二部第一話Part最終『名探偵の妹の寝言は・・・』

犬伏:犬伏の部屋 夜。




犬伏です。

やっぱお風呂は気持ちいいな。

あたしは頭にタオルを巻いて自分の部屋に入りました。


蘭ちゃんがテーブルに何かのリストが書かれた書類を広げ、

タブレットと向かい合いながら赤線を引いてってる。 

先にお風呂にいれたんだけど、もうなんかやってる。

頭に巻いた苺柄のバスタオルとサイズの合わないパジャマ姿が可愛い。

まああたしの貸してあげてるからなんだけど。


「何してるの?」

「アルバイトの探偵業です」


蘭ちゃんが差し出してきたいくつかの書類を手に取ると、

そこにはホテルやバーの名前がリストアップされてました。

もう一枚には、人名。

「今、私は人探しをしているんです。

今日も顔なじみの名簿屋からリストをもらってきました。」


「一体誰を探してるの?」

「とある歌手です」

「この赤線は?」

「都内のラウンジでの演奏記録、及び許可がないホテルを線で消しました。

意外と多いもので、一気に絞り込めましたよ」


「こっちの人名は?」


「公的にラウンジ歌手として活動している方のリストです。

ある条件を元に絞り込んでます」

「条件って?」


「年齢が20代前半の女性であること、関西出身、若しくは西に多い苗字であること、歌い手であること、です」


「ほとんど真っ赤だね。

あ、でも10人ぐらい残ってる。」


「残念ながらその方々の半数はお年をめしてらっしゃるので

今から赤線を引くところでした」


「凄いねーーーー。蘭ちゃん頑張ってるーーー。

でもなんでラウンジ歌手なの?」


「その方の歌声を聴いたのですが・・・

どえらい歌唱力の持ち主だったのです。

しかも現在ライブハウスでは活動しておらず、

依頼人から逃れようとしている節があるようで。

逃げたい、でも大好きな音楽は続けたい。

そう考えた彼女が・・・」


「裏の世界に逃げ込んだのでは?ってことかーーー。

確かに外国人宿泊客が多い超高級ホテルのロビーとか、ジャズのかかるBARとかで歌ってる人、いるよね。決して表舞台には出てこないけど、あの辺、歌の上手い人は仰山いるね」


「おっしゃる通りですよ犬伏さん、あなたは賢い。

どこぞの骸骨マニアの依頼人とは大違いっ。

そういうわけで私はまずラウンジ方面から当たることにしたんです。

先方からは、もう報酬を頂いてますからね。早急に結果を出さないといけません。

なので今私は頑張っているのです。」


感動した。



あたしは感動のあまり泣きそうになった。


「凄いっ」

「え」


「蘭ちゃんはっ偉いっ。

まだ16歳なのに、料理は出来るわ

勉強は出来るわ探偵やってるわで、

もう本当に、あたし感動したよぉー」


「(ちょっと照れた様子で)そ・・・そう、ですか」

「うんうん。蘭ちゃんは、最高っ」



「(初めて赤の他人に褒められたことに戸惑いつつ、

次第に顔を緩ませる)」


「(ニコニコ)」


「い、犬伏さんのお仕事は、お忙しいのですか?」


「うん。まあ営業事務なんだけどね、超忙しい。

入社して2年ぐらいは毎日辞めたいって思ってた。

すっごい性格の合わないサディストがいてさ、

毎日毎日直接仕事のやり方に文句を言われて、

他の人の見てる前で怒鳴られて恥かかされて・・・

まさか社会に出てきて、ここまで殺したい衝動にかられる

人間に出会うとは思わなかったよ(遠い目)・・・」


日下:テナントビル前 (夜)



 ・・・日下よ。

誰かあたしのこと噂にしてるかしら?

牧野さんのことは、網浜に任せよう。

・・・なんだか、すごく、気分が悪いわ。

牧野さんの心の傷は予想以上に深い。


朝稲小弦。

・・・許さない。絶対に、痛い目にあわせてやる。


あたしは小雨が降る中を早足で歩いた。

今は雨に濡れても構わない。

牧野さんの心の痛みに比べたら、こんなの平気よ。


犬伏:犬伏の部屋 夜


犬伏です。

なんか今誰かに割り込まれたような気がするけど、

気のせいかな?


「社会人とは・・・壮絶ですね。その方とは、今もご一緒で?」


「いや。今、あの暴君は秘書課に異動したから、

仕事はきついけど、精神的には楽になったよー。

でもあたし、将来秘書課に異動したいって思ってるんだ。

だからもし行ったら、また一緒に仕事をするから…憂鬱」

「なら転職して秘書の仕事を探せばよいのでは?」


「駄目なの。秘書ってのは経験が大事だから。

それに逃げると癖が付くから嫌だし、経歴にも傷がつく。

未経験可で採用する会社なんてブラックだけだもん、

苦しいけど、なんとしても今の職場で上手いぐあいに

秘書課に行けて、経験を積むことを考えてるんだ。」



「なるほど・・・でもそこにはサディストが

待ち構えているんですよね。

犬伏さんって、ひょっとして苛められたいんですか?」


「大丈夫。指野さんっていう、超スーパーな先輩が、あたしを守ってくれるから」


「(指野と会ったときのことを思い出す)

ああ、あの人ですか。確かに凄く人当たりの良さそうな、

いかにも人格者という雰囲気の人でしたね」

「蘭ちゃん知ってるの??」

「はい、一度職場に行ったときにお会いしました」

「そうなのーーー、ね、超良い人だったでしょう」

「はい。凄く接しやすくて、お綺麗な方でした」

「でしょ? 新入社員だったとき、

あの人がサディストとの間に入って仲裁してくれて、

それで少しは上手くいくようになったんだ」

「そうだったんですか。

しかしそのサディストは、とんでもない馬の骨ですね」

「うん、ホントに。蘭ちゃんも、

またお姉ちゃんに会いにいくときは気をつけた方がいいよ」

「分かりました。

ちなみに、その猟奇的な人物の名前は?」

「日下ルリ」


蘭 「なるほど、覚えておきます」

犬伏「どーしたの蘭ちゃん、体、震わせて。風邪引いた?」


「(時計を見て)いえ。失礼ですが、

そろそろ眠らないといけない時間になりましたー」


「あ、そか。じゃあ蘭ちゃんはベッドでいいよ。

御飯作ってもらったし。あたし布団で寝る」


「ではお言葉に甘えてっ」


蘭ちゃんが機敏な動作でベッドに腰掛けて布団を捲った。


「ぬわあああああああああああああああああああああ」

東矢君が叫んでるけど、気にしない。


「(呆れたように)heは脳挫傷でもしたんですかね。」

「かもね~」

「俺の、俺のヨーーーーーグルトーがーーーー」

「ヨーグルト?」

「he君のだよ。海外から取り寄せてるの。」

「(いっけね。さっき煮込み料理に使っちまったぜ、

テヘペロと舌を出す)」

「蘭ちゃん、どうしたの? 舌なんか出して」

「いえ、何でもございません。

(あわてて横になり)お休みなさいっ」

「(笑顔で)お休み~」



網浜:六本木通り 深夜

アミリンです。今、牧野さんと相合傘、恋人繋ぎで

手を繋ぎ、通りを歩いています。


「ねえ、タマちゃん。小弦と対バン勝負、できるよ」

「え? 本当に」

「今日3Uに行ってね。

そこで今井と会って、仮交渉の約束してきた。」

「なんで一人でっそんな危ないまねをっ」

「(間を置いて)

自分の友達が、ステージの上で恥かかされて、

泣かされて、かわいそうにって同情して慰めて、頑張れって、

心の中でエールを送って後は何事もなかったかのように

事をすませられるほど、凜は大人じゃないから、かな」


「アミリン・・・」

「戦おう。そして、絶対に、勝とう。」

「ありがとう。アミリン。本当に、ありがとう」

「だから今日のことは、もう忘れようね」


「(自分に言い聞かせるように)

うん。タマの心は伸縮自在のゴム鞠だからね。

叩かれたって何されたってすぐに戻る、

強い、強い鞠なんだよ。だから、忘れられるよ。

うん。忘れる。はい忘れたーーーー♪」



「(ゆっくりと笑顔で頷く)」


・・・でも、どんなに強くっても、

ダメージは受けるんだよね。全方位から叩かれ続けたり、針で刺されたりしたら、

最後は破裂して、壊れちゃうよね。だから、誰かが盾になって守らないと・・・。

これからは、凜が、タマちゃんの、盾になってあげるね。

なんて、恥ずかしくって言えないので、心の中で思っておきますよ。

ふうーーーー・・・・・雨が止んだみたい。

なんだか今日は、すさまじい一日だったなぁ・・・。

牧野さんが無言で肩に頭を乗っけてきた。

凜と牧野さんは、ラブラブですね♪



牧野:六本木通り 深夜


牧野です。

ほんと、アミリンみたいな彼氏がほしいです。

長畑さんは頼りない人。

・・・でも、私の方が、今日は弱いですね。

私は髑髏の髪留めに手を置きました。


今日のライブ、

長畑さんに観てもらいたかったなあ・・・。

あの人、今、何してるのかなあ・・・。


網浜:六本木通り 深夜


アミリンでっす。

牧野さんがひたすら

髑髏の髪留めをいじってると思ったら、

凛に笑顔で話しかけてきました。

「ねえアミリン。森羅さんのこと、話してもいい?」

「いいよ。教えて」

「あのね、タマね、森羅さんとね、家族になりたかったの」

「へえー、そうだったんだ」

「だから、お兄ちゃんと付き合って結婚してもらおうか、

それともお父さんと再婚してもらおうと思って、

自分なりに色々動いてみたんだ。どっちも全然上手くいかなかったけど・・・」

「タマちゃん、凄いこと考えるね・・・」

「(苦笑い)

だから、森羅さんがいなくなっちゃったのは

もしかしたら、こんなタマのことが、

嫌になったからなのかなって、思ってて・・・」

「・・・会って、色々聞きたいんだね?」


「(頷き)

会いたい。タマ、森羅さんに会いたい。

森羅さんに会って助言が欲しいし、

もっと色々教えてほしい。

とにかくすごく、話がしたい」


「大丈夫。きっと会えるよ。凜達に任せてね」

「アミリン・・・ありがとう」

「(笑顔)」


「タマね、嬉しいよ。こんなに自分の事、

何でも話したいって思う人に出会えたの、人生で二人目だ。

これからも、アミリンにいっぱい色んなこと話すから、

だからアミリンも、自分のこと、タマに何でも話してね。

全部受け止めてあげるからね」


「(言われた瞬間、激しく自らに葛藤し、

手にした傘の手を強く握り、冷静さを取り戻して間をおいて影のある笑顔で)

うん分かった。なんでも・・・話すよ。話すから、ね」

「(屈託の無い笑顔)」

・・・タマちゃん。

ごめんね。


あのとき、凜ね、私ね、 ずっと自分に嘘ついて、生きてたんだよ。

誰にも知られたくなかったんだ。知られるのが、怖かったんだ。

でもね、

いつも本音でぶつかってくるタマちゃんに出会えたから、

私も変われたんだよ。

全部タマちゃんのおかげだよ。

本当に、ありがとう。タマちゃん。

・・・サヨウナラ、タマちゃん。


犬伏:リビング 夜



犬伏です。

今日も一日残業して大変な一日でした。

寝る前にビールを飲もうと缶のプルタブを起こしました。

雨が止んだようで、れん坊は1人さびしく

ベランダに座り込んで空を見ていました。



長畑:ベランダ 夜



長畑だ。

ベランダで、夜空を見てる。

今日も朝と夜をのぞけば穏やかな一日だった。

後ろからやってきた犬伏が、俺に毛布をかけてきた。


「なんだ犬伏、まだ寝てないのか?」

「1人ベランダで黄昏てる人を見つけたら、眠れないよ」


犬伏は俺の隣に座り、ビールを差し出してきた。

「缶ビール~は~お好きで~しょ♪」

俺は受け取り、二人揃って口をつけた。犬伏は何も言わず、ただ俺のそばにいた。

雨がやみ、曇った夜空を二人でしばらく眺めてた。

沈黙の空間だったが、居心地は不思議と悪くなかった。

「あのね・・・待ってるから」

「え?」

「れん坊があたしに色々話したくなるまで、

あたし、ずっと、待ってるからね」

「犬伏・・・」

「だから、あんまり夜更かししちゃあ駄目だぞ」

犬伏はそそくさと立ち上がり、リビングへと戻っていった。

俺は、どうして、このとき、自分の中のモヤモヤしている感情を、

牧野さんとのことを、正直に伝えられなかったのだろう。


お前がああなったのは、きっと全て俺のせいだ。

ごめん、犬伏。


本当にごめん。


悪いのは、全部俺だ。



犬伏:犬伏の部屋 夜


犬伏です。

電気はベッドの照明が1つ付いているだけで薄暗いです。

蘭ちゃんは寝顔をあたしの方に向けている。

可愛い。

天使みたいな寝顔。

ちょっと近づいて写真を撮っちゃおうかな。

あたしはスマホを取り出しました。

シャッター音がしないように

静音アプリを使って・・・ぐふふ。

やだ、なんか目覚めちゃいそう。

「どうして・・・」

うわっビックリした。

あたしは思わず背中を後ろに大きく反らした。


・・・なんだ寝言か。


「(瞳から涙を流し)

なんでお姉ちゃん・・・死にたい、なんて、言うの…」


犬伏「(衝撃を受けた表情)」


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