第六話part10『溝』

犬伏:レインバス本社ビル1F エントランス 総合受付 夕刻



犬伏です。

外出から戻ってきました。

もう寒すぎて、冬なんて大嫌い。

でもお土産沢山もらっちゃった。営業部の皆に分けよう。

そうだ、社内の貴重な友達、受付穣の矢島実里にもあげよう。


「実里、お疲れー」

「お疲れ様です」

「取引先の人に饅頭もらったの。実里にも一個あげるね」

「ありがとうございまーす」

「どう致しまして。ちょっと待っててね」


あたしはお土産を入れる用のトートバックから

お饅頭の入った箱を取り出して、封を開けた。

と、突然後ろから誰かに両肩を強くもまれた。

あたしにこんなことする奴は、1人しかいない!


 ・・・日下ルリだ!

「お疲れ、真希ー(犬伏の両肩を強く掴む)」

「いたたっルリ。もう、いきなり何するのっ」

「コミュニケーションよ」

「あっ本部長。お疲れ様です」

「お疲れ、実里(微笑)」

「(両肩を押えつつ)今からGAMの集いですかぁ?」

「違うよ。今日はもう家に帰るの。あんたは? まだ仕事?」

「この後、夜遅くまで(しゅんとして)」

「そ、せいぜい頑張りなさい(嫌味っぽく)」

「うん。バイバイ、ルリ」

ルリはニヒルな笑みを浮かべてあたしに背中を向けて歩き出した。

でも、直に止まった。

何かを見ているのかと思って、視線を遠くに向けたら・・・

牧野ちゃんと、れん坊が、エントランス中央付近で向かい合っていた。


二人だけで・・・一体どういうこと? 

まさか牧野ちゃん、れん坊を殺す気なんじゃあ・・・。

駄目! 殺るならせめて会社の外にしてーーー。

 って・・・何言ってるんだあたしは。


れん坊を殺さないでーーー!


「じゃあ長畑さん、待ってます。」

「うん、絶対間に合わせるから。楽しみにしてるよ」

「はい」


何かを話している様子だけど、二人の会話は、

往来する社員達の談笑や足音で聞こえなかった。


「あの二人? この間と、雰囲気が、違う(首をかしげる)?」

「今、何て言ったの?(日下の体をゆする)」


「用事が終わった帰りだったかな。

 牧野さんと長畑君が外でイチャイチャしてるのを、

 あたし達、偶然見かけちゃったんだよねー」


「なんですって・・・?」

「最初は痴話喧嘩かよって思って、注意したんだけど」

「ちっ痴話喧嘩?」

「今日は普通に話しているみたいね」

「(複雑そうな表情)」


「そういえばあんた、牧野さんの教育係なんでしょ。

 ちゃんと面倒みなさいよ。じゃあね」

「ちょっと、待って」

「もう、何よ! 急いでるんだから、手短にして」

「二人はそのとき、どんなこと話してたの?」

「詳しくは聞こえなかったから、よくわからない。


 長畑君が牧野さんの両手を強く掴んでたのは、覚えてる。

 牧野さんも、・・・まんざらでもなさそうだったかな。

 だからあたしは、勘違いしたんだけどね」


「・・・」

「あの2人、実は付き合ってたりして(犬伏を見て悪女の笑み)」

「!!」

「あらやだ、何その顔。冗談よ、冗談。勘違いって言ってるでしょ。

ちょっとあなたをなぶってみたくなっただけ。

バイバイ、真希。実里も、またね(軽い調子で手を振る)」

「はい(手を振る)」

「(呆然とした表情)」

「あの、真希さん。お饅頭・・・」

「・・・」

嘘・・・でしょ?



長畑:レインバス 営業事務課内 夜


長畑だ。

網浜は先に現地に向かっている。

俺も最低限の仕事は終わったのでこれから出るつもりだ。


「さてと。沖田さん。

 今日はお先に失礼させていただきます」


「うん。お疲れ様」

「ごめん犬伏、あと宜しくな」

「・・・あ・・・うん」

俺はコートを着て、カバンをもってささっと部署を後にした。



犬伏:レインバス6F エレベーターホール 夜


犬伏です。

帰るときのれん坊の、あの楽しそうな表情が気になって、

あたしはれん坊の後を追いかけた。

エレベーターを待つれん坊の顔は、明らかに明るい。

「ねえ。夜の予定って、何?」

あたしが話しかけると、れん坊は驚いた様子でこっちを見た。

「大したことない、やぼ用さ。」

「最近、やぼ用多くない?」

「まあ、色々あってね」

「今日はちゃんとお家に帰って来てね」

「いつも帰ってるだろ(笑)」

「この間は、結局夜ご飯食べてきたじゃん」

「あれは流れでさ、つい。ごめんな」

「・・・人と会ってたの? 誰? 女の人?」

「男だよ、男。大学時代の友達」

「ふーん。」

下りのエレベーターが開いた。

「じゃな、犬伏。あと宜しく」


れん坊はそそくさとエレベーターに乗り込み、

あたしに手を振ってくれた。あたしも手を振り返したけど、

笑顔を見せても、心の内は複雑だった。

なんだろう、このモヤモヤ感。

れん坊が、あたしに嘘をついている気がする。

あたしとれん坊の間に溝が出来つつあることに、

この時のあたしは既に気が付いていた。

でも、認めたくなかった。


それを認めて、彼に迫ってしまったら、

大切な何かが壊れそうな、そんな気がしたから。

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