第352話 森の中から

「遥……」


「高山? おい! マジで高山遥か!」


 遥の身に起こっていた出来事やミシュバットの件を、亮も篤樹からの情報共有で聞いていた。とはいえ、いま目の前に立つ10歳ほどの少女が「妖精の身体に心意転移された同級生」だとにわかに信じられず、亮は慌てふためく。


「お? なんや牧田くん。オッサンになったら渋いエエ声になっとるやん。で、香織はどこにおんの?」


 篤樹への治癒魔法をモンマが早速始めたおかげか、遥もいつものおちゃらけた調子に戻り亮へ笑みを向ける。


「あ、ああ……香織さんな。えっと、今は別行動なんだよ。あっちは村に残って……って! そうだ!」


 亮は急いで立ち上がると、北東方向の森に顔を向けた。


「村も群れに襲われてるかも……早く戻んないと!」


「人間種の村か? ユフの民の……」


 モンマより「さらに幼い声」が、神殿入口前の階段下から聞こえた。モンマからの治癒魔法を受けていた篤樹も、亮と共にその声に反応し顔を向ける。階段から姿を現わしたのは、小学校低学年……まだ手足も伸びきらない6歳児体型の少年だった。しかし、その幼い顔に篤樹は短く驚きの声を上げる。


「ん? 何だ、ボウズ。あれ? 高山と一緒に居るってことは、こいつも妖精ってことか?」


 亮は作り笑いを浮かべ、目の前に現れた少年に一歩近づくが、すぐに真剣な表情で身を避ける。一瞬前まで亮の上半身が有った空間を白い法撃光が突き抜けた。


「何をしやがる!」


 左手に握る成者の剣「法剣柄」から白色の光を帯びた刃を伸ばし、亮は即座に応戦体勢をとる。法撃した当の本人である幼い少年は、目を見開き驚きを見せた。


「ほう! 貴様もチガセか? ハル、こいつは何者だ?」


 幼い外見とは違い、横柄な態度で亮を見つめながら幼い少年が尋ねる。


「あ、ほら……前ん時に話したやろ? ウチと一緒にこっちに来た友だち……男ん子のほうや。牧田亮くんって子や」


「あの……えっと……遥?」


 治癒魔法を左腕に受けながら、篤樹が申し訳なさそうに会話に割り込む。


「ん? どした?」


「その子……えっと……その『人』って……もしかして……」


 篤樹の言わんとするところに気付いた遥は「ああ……」と納得げな表情になり、満面の笑みを浮かべると、少年の横に寄って片膝をついた。


「そうや! 兄さまや。転生誕生ホヤホヤの妖精王、タフカ兄さまでーす!」


 片膝をつき、両手をヒラヒラと振りながら紹介する遥を、幼い少年姿となったタフカは何とも言えない困惑顔で眺めていた。



―・―・―・―・―・―・―



「カガワアツキとマキタリョウ……ハルと同じチガセか……」


 身長差40センチ以上ある篤樹と亮を睨むように見上げながら、タフカは「かわいらしい声」で尋ねる。2人の困惑を落ち着かせるように、遥が状況を説明した。


「あんなぁ、兄さまはつい一昨日に転生誕生したやんか。エグラシスの北ん端のほうの森やったんよね。ウチも初めて見たから、最初『何で小っこいの?』って思ぉたけど、これが普通なんやって! で、1ヶ月くらいで前と同じくらいにまで背ェも伸びるんやと」


 小さく生まれて大きく育つ……ってことか?


 篤樹は以前ミシュバットで出会った、強力な法術使いでもあるタフカの姿を思い出す。見た感じは自分より少し上の「お兄さん風」だったが、サーガの実を食べた影響とやらで、ガザルと似た雰囲気をまとっていた。そのタフカが今、小学1年生くらいの男の子の姿で篤樹たちを睨み上げている。


 何か……物凄く性格悪いクソガキに見えるんですけど……


「エルは一緒じゃ無いのか?」


 心の中で苦笑いを浮かべていたところに、タフカの鋭い視線が向けられ、思わず篤樹はしどろもどろに応じた。


「え? あ、うん……はい! あの……エルグレドさんはカミュキ族の村で……その……ここには僕と亮の2人で来たから……」


 タフカは視線を篤樹から外さず、口元を嘲笑気味に緩める。


「以前と変わらず気の乱れが多いようだな、カガワアツキ。怯えるな。お前に用は無い。俺はエルに会いたいだけだ。……ここがお前らだけって事は『残り3つ』の内のどこかだな……」


 そこまで語ると、タフカは神殿入口上部へ跳び上がって行った。篤樹の治療を終えたモンマも、タフカに続き上に跳ぶ。


「おっ! スゲェな。猿みてぇな身体能力だぜ!」


 亮はタフカを見上げ、感心して笑みを漏らす。


「『残り3つ』って……何? 遥……」


 タフカの残した言葉に篤樹は引っ掛かり、そばに立つ遥に問いかけた。亮と同じくタフカを見上げていた遥の視線が篤樹に向けられる。


「ああ、それな。一昨日ん夜に兄さまがニュルリと生まれて来てな、で、ウチらみんなで喜んでたんよ。でも兄さまは凄い恐い顔してな、こう言うんよ。『世界が終わるぞ! 急いでユフに向かう!』ってな」


 遥はタフカの声色と表情を真似したつもりか、変な顔と声でその時の様子を続けて語る。


「んでな、こっちに渡って西の海岸から『魔点』に向かって進んでたんやけど、1時間くらい前やったかなぁ……『魔点』に在った強力な法力波が東に動き出したんよ。で、少ししたらその法力波が急に4ヶ所に分かれてな……ほんで、とりあえず一番近く……まあ『ここ』やな……ウチと兄さまとモンマで様子を見に来たってワケや。そしたら……賀川と牧田くんに、運命の再会を果たせたってワケやね」


 にんまり笑う遥に、篤樹はようやく安堵の笑みを返す。


「そっか……いや、助かったよ! 俺と亮の2人だけじゃ、とても相手出来るような数じゃ無かったから……」


「おう! ホント、高山たちが来なきゃ、今頃俺たちはサーガ共の腹ん中だったぜ! グッジョブだな!」


 亮も遥に視線を向け、右手の親指を立てて見せる。


「あ、でもさ……」


 篤樹はふと気づいたように周りを見回しながら遥に尋ねた。


「タフカさんとモンマと遥の3人だけなの? 他の子たちは?」


「ん? ああ……」


 遥が答えようとしたが、3人の間に上からタフカとモンマが降り立って来たため会話が中断する。


「子どもたちは先に他の法力波元へ向かわせた。後を追うぞ、ハル!」


 タフカは有無を言わせぬ口調で遥に告げた。遥は篤樹と亮に顔を向ける。


「賀川らも一緒に行こっ!」


 誘いの言葉に、篤樹と亮は顔を見合わせる。


「どうする?」


「どうするって……」


 神殿に来たのは、創世7神の時代を「見る」という目的のためだった。やっとここまで辿りついたのに目的を後回しにするなんて……


「お前たちも来い! この法力波は……間違いなくガザルだ。黒魔龍と共に、先ずはこの地の者らを滅しに動き出したんだろう」


 声はかわいらしいが、その表情と内容の厳しさに篤樹と亮は決断してうなずき合った。


「しゃあ無ぇな……香織さんやエシャーちゃんたちがピンチかも知んねぇってんなら……」


「お? なんやぁ2人とも! ダブルデートの最中やったんか。そしたらウチらも行って、トリプルデートやな」


 亮と遥の言葉に篤樹は苦笑いで返し、神殿の入口へ顔を向ける。


 過去に何があったのかも早く知りたいけど……まずは「今」の危機を乗り越えなきゃな……


「付いて来れるのか? カガワアツキたちは……」


 動き出したタフカに続いて遥も駆け出すと、モンマが心配そうに振り返った。


「そうだよな……俺も歳だし……そもそも妖精の足になんか付いて行けるか?」


 亮の不安げな言葉に、篤樹は得意気な笑みを浮かべ成者の剣を握り見せた。


「なぁんだ、お前まだ剣を使いこなせて無ぇのかよ。法術士じゃなくても、剣の力がかなり助けてくれるんだぜ?」


 そう言い残し、篤樹は遥たちの後を追い始める。


「な……んだぁ……あのスピード……」


 成者の剣による法力強化で、今まで見たことも無い速さで駆けて行く篤樹の背に向かい亮は呆れたように呟くと、ふところから自分の法剣柄を取り出し握りしめた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「なんなの……あの無茶苦茶な法撃は……」


 森の木々の枝から様子をうかがういくつかの小さな影―――タフカに遣わされた「妖精王の子どもたち」10数人は、数百メートル先で繰り広げられているエルグレドの戦いを呆然と見つめていた。


「パルム、どうする?」


 全員が10歳前後の外見である妖精たちの中で、指揮を任されているらしい男児妖精に3人の女児妖精が近づき問いかける。


「あんな無茶苦茶な戦い……暴走状態の『悪邪の子』となんか、一緒に戦えないよぉ……」


 1人の女児妖精は、ほとほと困り果てたように情けない声を出す。


「そうだな……リエン、妹たちと一緒にここで待機しててくれるか? 怪我しちゃう子も多いだろうし……あれじゃあ、エル自身もかなり傷を負うだろうから、治癒魔法の法力準備をしておいて」


 パルムの言葉に、1番前に立っていた女児妖精がうなずいた。


「よし! ギランとフィンは2人ずつ連れて北から群れの背後に回り込み、後ろから削っていってくれ! サラフとメキラは僕と一緒にエルの近くまで移動するよ。敵はサーガだけじゃ無いみたいだ。変な法術士たちが居る……よし!」


 掛け声と共にパルムが駆け出すと、指示を受けた妖精たちもそれぞれの持ち場へ散って行く。駆けて行く「きょうだいたち」を見送ると、リエンは再び妹たちと共にエルグレドの戦いに目を向けた。


 あんな暴走状態じゃ……法力がもたなくなっちゃうよぉ……



―・―・―・―・―・―・―



 エルグレドは息も絶え絶えになりながらも、次々に襲って来る「恐怖」と戦っていた。「黒弾虫」という名の体長10センチほどの虫―――人体に侵入すると即座に個体数を数百匹にまで増殖させ、宿主の身体を内部から爆発的な勢いで突き破り、周囲に飛散するという。しかも蟲使いによってその攻撃性を高められた「黒弾虫」は、確かに危険な「敵」ではある。


 だが、エルグレドはその「危険性」に対してではなく、黒弾虫の外見に対する極度の嫌悪感・恐怖によって理性が崩壊している状態だった。


「ウワァー!」


 上下左右、前後方から次々に迫って来る小型の生物に対し、無意識の内に恐怖の叫びを上げながら過剰法撃を繰り出し続けるエルグレドは、サーガに対する警戒心が薄れていた。

 小型サーガに噛み付かれ、食いちぎられた腕や足からの出血が続いている。武器を持つサーガから斬りつけられた背中は、外套に大きな血の染みが広がっていた。それでもなお、地を這い、宙を飛んで迫って来る黒弾虫に、血走る眼を見開いて攻撃魔法を放ち続けている。


 無意識に放ち出す攻撃魔法という非効率な法力の大量消費は、リエンが心配していたようにエルグレドの体力を奪っていた。正常な判断力をすでに失っているエルグレドは、3体の蟲使いが止めを刺す機会を窺っていることにさえ気づいていない。


「やれやれ……」


 溜息混じりの静かな声が、3体の蟲使いの背後で発せられた。声の主を確認する間も無く、蟲使いたちの3つの頭が地に落ちる。


「こちらでは何百年も経ってるらしいのに……まったく、きみは……」


 操り手を失った黒弾虫は、消えかかった法力光を帯びたまま思い思いに動き出す。しかしエルグレドは視界に入る黒弾虫を、端から攻撃し続けていた。


「仕方無いなぁ……」


 声の主がひとこと発すると、エルグレドは地を這う黒弾虫を睨みつけたまま、ピタリと動きが止まる。


 一連の様子を森の中から見ていた3人の女児妖精が駆け寄って来た。彼女たちの存在にも初めから気付いていたのか、男は笑顔で出迎える。


「やあ、タフカくんの子どもたち。すまないが、この未熟者を運ぶ手伝いをしてもらえるかな?」


「は? はい! 賢者さま!」


 少女たちの元気な返事に、杉野三月は満面の笑みでうなずき応えた。

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