第332話 スレヤーの恋愛相談2
「えっ! 今日……ですか……」
ミラの自室で朝食後の身支度役についていたアイリは、突然の報告に驚きの声を上げた。
「昨夜、正式に決まったのよ」
姿見前の椅子に腰掛け化粧直しを受けているミラが、鏡越しにアイリを見つめながら話を続ける。
「例の『盾』は無事にエルフ族協議会に返還されたから、探索隊の任務は昨夜で正式に終了したわ。でも、ガザルと黒魔龍を滅ぼさなければこの国に……世界に真の安定は望めない……」
化粧役の侍女に手で待機を示し、ミラはアイリに身体を向けた。
「エルグレドから『一刻でも早く追撃を開始すべき』との注進が出されたの。軍の部隊が完全に整うのは2週間後……でもその前に、先遣隊を早期に出すべきだとね。異論は出なかったわ」
「でも……その任務にアツキ……さまが御加わりになられる必要は無いのでは……」
アイリは抗議にも似た動揺の声を、精一杯抑えながら口に出した。ミラは優しく笑みを浮かべ応じる。
「アイリ……あなたの気持ちは分かるわ……」
ミラの言葉と視線に、自分の心を読まれているような気恥しさを感じ、アイリは顔を赤らめ目を伏せた。
「でもね……」
そんな愛すべき年若い侍女の仕草に、ミラはやわらかに語りかける。
「先遣隊の指揮を任されたエルグレドが決めた人選に、誰も異論は出なかったのよ。実際、ガザルを今回追い払ったのはアツキと内調のピュートとかいう法術士よ。あ、これは秘匿情報ね。まあ、とにかく……」
顔を上げて視線を合わせたアイリに、ミラは王妃の威厳ある口調で断言した。
「カガワアツキは、ガザルに立ち向かえる実力を持つ戦士……今回彼は『選ばれるべくして選ばれた』メンバーよ」
アイリは黙ってミラの言葉を聞く。
「お昼前に先遣隊が王都を発つわ……」
ミラはアイリの様子を確認するように、優しく語る。
「先遣隊の送り出しは、特に式典も予定されていないから……準備が整い次第、出発するそうよ。カガワアツキを含む約50名の兵をエルグレドが率いてね」
「……そう……ですか……」
ミラからの思わぬ情報に、アイリは困惑と落胆の表情で小さくうなずいた。
「そこで……」
アイリの様子を確認しミラは満足そうな笑みを浮かべると、言葉を続ける。
「あなたには私からの贈り物を、先遣隊のエルグレドに届けてもらいたいの」
「えっ!?」
ミラからの依頼にアイリは驚きの声を洩らす。そんなアイリの表情をミラは心から楽しそうな笑みを浮かべ見つめながら、窓際の棚上に置かれている木製の小箱を指さした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミラ王妃が、これを私に?」
「はい……」
アイリは緊張の面持ちで目を伏せ答える。
「初代エグデン王
渡された小箱を目線まで持ち上げ、エルグレドはアイリの説明を聞く。
これが……アツキくんが言っていたユーゴ……イソノマユコさんの「セイトテチョウ」ですか……
「鑑定法力では、悪意在る攻撃的制限魔法は見受けられないそうですが……残留法力量が大きいので、万が一の事故を考えると中までの精査は出来ない、と……。ただ、アツキ……さまがおっしゃられていた姿形の小型書物であることから、エルグレドさまにお委ねしたいとのお言葉でございました」
ミラの言葉を伝え終るとアイリはエルグレドから2歩下がり、深々と頭を下げる。
「……分かりました。お預かりさせていただきます」
これほどの法力量を秘めた「チガセの書物」であれば、ガザルとの戦いで役立つ「大きな力」になりそうですね……
エルグレドは、グラディーの地で経験した「鏡に秘められた大きな力」を思い出し緊張の笑みを浮かべた。
「どうぞ、ミラさまによろしくお伝え下さい」
アイリに視線を向け、エルグレドは感謝の気持ちを表情に表す。
「お伝えいたします。……それでは、失礼いたします……」
一礼をもって、アイリはその場から立ち去ろうとした。
「あ、アイリさん?」
不意にエルグレドから呼びかけられ、アイリは「回れ右」の姿勢を崩し驚きの表情を向ける。
「え? あ、はい……」
「せっかくですから、アツキくんとスレイにも会われて行かれて下さい。もうじき出発となりますし、お見送りしていただけると彼らも喜ぶと思いますので」
エルグレドは優しく微笑み、ウインクを見せた。
「は、はい!」
アイリは焦り顔でピョコンと頭を下げると、赤らめた顔のままその場を後にする。エルグレドはその背を笑顔で見送ると、小箱を外套の中に収め入れた。
―・―・―・―・―・―・―
ヤ……ヤバイ……
先遣隊出発準備が進む広場を、アイリは両手で顔の火照りを押さえ冷ましながら足早に移動する。
篤樹とスレヤーの見送りに関しては、ミラからも「命令」されていた。『私の代わりに、よろしく伝えておいて』とミラは言っていたが、含みのある表情と言い回しから、篤樹に対する自分の思いに気付かれているのだろうとアイリは感じた。その気恥ずかしさから、陰からの見送りだけに留めようかと考えていたところに、エルグレドからのひと言を受けさらに気が動転する。
エルグレドさまにも……バレてんのかなぁ……
輸送隊倉庫横まで来たアイリは木陰に入り足を止めた。
スレヤーさまも「バレバレだ」って言ってたし……ヤバイ……やっぱ、なんか恥ずいよ……
木の下に置かれている半丸太型ベンチに腰を下ろし、アイリは膝に肘をつく。両手で頬を包むように腰を屈め広場全体を見渡す。先遣隊はエルグレドを隊長とする50人規模の構成で、法力馬2頭立ての馬車7台が並んでいる。積込み作業を行っている兵士らの中に篤樹とスレヤーの姿を探してみるが、見当たらない。
このまま、ここでお見送りでも……
昨日、スレヤーからの勧めで固まったはずの「自分の気持ちを篤樹に伝える」という決心は、今朝目覚めた時には萎えてしまっていた。ガザル追撃隊の出発まであと2週間は有ると聞いていたため「それまでの内に……」という気持ちの余裕もあった。それが……
いきなりお別れだなんて……
「あれぇ?」
突然頭上から降って来た声に、アイリは思わず「ヒッ!」と声を上げ、ベンチからずり落ち頭を抱え込んだ。樹上から何者かが降り立つ音を背後に聞き、恐る恐る振り返る。
「あっ、やっぱり! アイリちゃんだよねぇ?」
親し気な笑みを浮かべ近付いて来たのは、エルフ族の外見をした見覚えある少女……エシャーだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……そう……だったんですね……」
エシャーとアイリはベンチに並び腰掛け話していた。積極的に語りかけて来たエシャーに対し最初こそ面食らっていたアイリだったが、親戚であるサレマラとの接点や、篤樹・スレヤーという「共通の友人」の話題から徐々に会話も弾む。
「うん! だから、たった2日で3人ともこんなに回復出来たよ!」
東部スラムの倉庫地下でルエルフ村から帰還した篤樹とピュート、そして、法力を泉に注ぎ続けた自分が、アイリの元侍女仲間であるチロルにより助けられた出来事までを語り終えると、エシャーはベンチに座ったまま両手両足を大きく伸ばして見せた。
「チロルが……内調に入ってたなんて……知りませんでした」
アイリは笑みを浮かべ、エシャーの報告にうなずきながらポツリとこぼす。その寂し気な表情に気付いたエシャーは、慌てて説明を加える。
「あっ……でもね、多分、ホントは誰にも言っちゃいけない話だと思う! チロルも『誰にもバレないように』って命令されてるんじゃないかなぁ? ほら、内調ってそういう秘密のお仕事とかやるみたいだし……」
エシャーの気遣いに、アイリは破顔し吹き出した。真顔で説明をしていたエシャーも、つられる様に頬を緩める。
「エシャーさんって……面白い方なんですねぇ」
初めこそ、自分が抱く篤樹への想いを妨げる「壁」のように感じ心を開けなかったアイリだったが、半時ほどの間にエシャーのことを好きになっていた。特に、篤樹との出来事を語るエシャーの嬉しそうな瞳に、アイリはすっかり引き込まれた。それは幼い頃、ゼブルンとミラの関係に感じた憧れと同じものだと気付く。
なぁんだ……スレヤーさまの「鼻」も、大したこと無いなぁ……「恋仲」どころのつながりじゃ無ぇじゃねぇか……
「え? 私? 何か変なこと言った?」
アイリの言葉に、エシャーが不思議そうに尋ねる。アイリは笑みを残し、目を閉じ首を横に振った。
「いえ……。エシャーさんやアツキさまと、私も一緒に旅を出来たら楽しいだろうなぁって……そう思いながらお話を聞いておりました」
「えっ! じゃ、アイリも一緒に行く? エルに聞いてみようか?」
エシャーはアイリの言葉に嬉しそうに応えた。アイリは再び首を横に振る。
「良いんです。私はミラさまの侍女としての務めに使命をもっています。……それぞれの『世界』がありますから……」
アイリの微妙な言い回しに、エシャーは困ったような微笑を浮かべた。アイリは、自分の中だけで納得のいく決断を飲み込み、嬉しそうに目を細めエシャーを見つめる。
「お、エシャーちゃん、こんなとこにいたのかよ……」
倉庫の陰からスレヤーがひょっこり顔を出し、声をかけた。初めにエシャーに気付き、すぐに隣に座るアイリにも気付くと、スレヤーは驚きの表情から意味深な微笑に変わる。
「……それに、アイリちゃんまで一緒とはなぁ……」
「あっ、スレイ! もう準備終わったの?」
そんなスレヤーの態度を特に気にせず、エシャーはベンチから立ち上がり声をかけた。スレヤーはチラッとアイリに視線を向ける。アイリは微笑んでうなずいた。
「おう……もう出発だってよ。おーい、アッキー! 見つけたぞぉ!」
エシャーに応じたスレヤーは、顔を倉庫側に向け大声で叫ぶ。すぐに篤樹が建物の陰から姿を現わした。
「あ、居ましたか? エシャー、エルグレドさんが集合だ……って……あっ! アイリも一緒だったの!」
スレヤーの隣に立った篤樹もアイリの姿に気付くと驚きの声を上げ、笑顔を向けた。エシャーは3人のもとへ歩み寄って行くが、アイリはベンチの前に立ったままでスレヤーと視線を合わせる。
「……良いのかい? もう……行くぜ?」
アイリに向かい、スレヤーは確認するように声をかけた。アイリはうなずき、静かに笑みを浮かべる。
「スレヤーさま、ありがとうございました。しっかり飲み込めました! エシャーさん……アツキ……さま、『
丁寧な侍女の礼姿勢で、アイリは深々と頭を下げた。
「じゃあね、アイリ! 行ってくるね!」
エシャーは手を振ってアイリに挨拶を返す。
「あ……んじゃ……またな、アイリ!」
スレヤーにうながされて移動しながら、篤樹は振り返りアイリに声をかけた。アイリはジッと礼の姿勢のまま頭を下げている。スレヤーは軽く口端を上げると、篤樹の背を押すように手を添えて歩き出した。
へへ……アツキに……「
深々と頭を下げて3人を送り出すアイリの目からは、止めどない涙が溢れ流れ落ちていた―――
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