第322話 思い出す会話

「そう言えば……」


 被害を一切受けていないシャルロの家を間近にし、篤樹は思い出したように口を開く。


「どうした?」


 ピュートが立ち止まり振り返った。篤樹はピュートの肩越しに、シャルロの家の「壁の一部に見える玄関扉」を見ながら続きを語る。


「あのドア……ほら、ドアノブが無いんだよ」


 篤樹の指さす「扉」に、ピュートは視線を移す。


「なんか…… おさの家は特別な魔法で守られてるらしくって……あのドアも外からは勝手に ひらけないみたいなんだ。前に来た時はエシャーが一緒だったし、中にシャルロさんも居たから自然に開いたんだけど……」


 ピュートはシャルロの家全体に視線を巡らせ、両手を差し伸ばした。篤樹はピュートの横に並び立ち、様子をうかがう。


「……建物全体が薄い防御壁魔法でコーティングされている。薄いが……強力だ。おかげで無傷で済んだんだろうな」


 そう言って歩き出したピュートに続き、篤樹も前に進む。


「どうする? それって、窓板とかも破れないってこと?」


 ルエルフ村には「ガラス」が無い。シャルロの家の窓も「窓板」がはめ込まれているだけだ。篤樹は中に入れるのか不安になって来た。しかし、ピュートはお構いなしに玄関扉に進んで行く。


「入室制限魔法の適用範囲が、シャルロとやらの近親者になっているのなら……」


 3段の階段を上りながら語るピュートの言葉に反応したかのように、玄関扉が静かに開いた。


「えっ……ガチ?」


 篤樹は階段下でポカンと口を開き、その様子を見つめる。


「開いたぞ。ガザル細胞に反応したみたいだな。ルエルフの おさと近親者だったらしいから、手間が省けた。カガワ?」


 あまりに当然顔のピュートを、篤樹はジト目で睨む。


「お前さぁ、分かってたの? そのこと……」


「このタイプの防御魔法は、大体同じ原理だからな」


 相変わらずピュートは不思議そうな目で篤樹をみている。


「……心配して損したじゃん。ったく……早く言えよな……」


 階段を上りピュートの脇を抜け、篤樹は室内に足を踏み入れた。


「あっ、そういや、そのドア開けたままでな……」


 篤樹の指示に従い、ピュートは扉を手で押さえる。


「中がさ……真っ暗なんだよ、この家……。お前さぁ、そこで扉開いて待っててくれない? 俺、中を見て来るから」


 扉を押さえるピュートが、溜息をついた。


「カガワは、まだ発光魔法も使えないんだったな……分かった。待つ」


 明らかに落胆したような声に、篤樹は肩をすくめて奥に進み出した。


「発光魔法も」って、なんだよ!  成者しげるものつるぎを法力操作で使えるだけでも俺は驚きだよ! ったく……


 廊下を突き当りまで進むと、玄関からの入る光もほとんど届いて来ない。篤樹はエシャーと一緒にこの家に来た日の記憶を呼び覚ます。


 突き当りを……右……で……左側の部屋……


 廊下の左壁に両手をつき、指先で探りつつゆっくり前に進む。5メートルほど行くと、左側に入口が開いているのを両手で確認する。


 うわっ……マジで真っ暗じゃん……


 エシャーと訪れた時には、壁に掛けられていた灯りで室内がオレンジ色に照らし出されていた。奥の暖炉の火もあり全く不自由は無かったが、今は完全な闇だ。篤樹は深呼吸で気持ちを整える。


 よし!


 真っ暗な闇が身体全体を覆う空間に圧迫感を感じつつ、篤樹は室内へ入り、両手を石造りの壁に当てたまますり足でゆっくり進む。


 あの時……シャルロさんは奥の暖炉の前に腰かけてた……で、暖炉の前で話をしてたら、急に「小人の咆眼」とかやられて……ビビったよなぁ、あれ。……えと……大きな長いテーブルが、部屋の中央にあるんだよな……壁際には……何も置いて無かったはずだから……


 ジリジリ、ジリジリと進みながら、篤樹は「あの日」の室内イメージに集中する。


「カガワ……」


 突然、真後ろから声をかけられ、篤樹は声も上げることが出来なかった。


「マズいぞ。サーガに見られた。2体、丘を下りて……」


「あ……あのさ!」


 声の主がピュートであり、危険が無いことを理解した篤樹は、ようやく呼吸を再開し、速まる鼓動を押さえるように右手を胸に当てる。


「急に声をかけるなって! ビックリ……」


 抗議をする篤樹の口を、ピュートが左手で塞ぐ。


「……外に2体居る。騒げば数が増えるかも知れない。小声で話せ」


 自分を驚かせた張本人からまさかのダメ出しを受け、篤樹はやり場のない怒りを必死に抑えながらピュートの手を払い除ける。だが、状況は理解しているので、あとは「腹立たしさ」を押さえながら小声で応じるしか無い。


「分かった……とにかく……俺、ホントに……『急に』っての、ムリだから……」


 真っ暗闇の中でも、きっとピュートが呆れたような、不思議そうな顔をしているだろうことは想像がつく。


「……外にサーガが来たから、扉を閉めてこっちに来たんだな。分かった……。ふぅ……マジでビビった。ってか、お前、こんな真っ暗なのによくここまで来れたな?」


 話の途中で冷静さを取り戻し、篤樹が尋ねる。


「完全な闇でも無いから、集中すれば見える」


「あ……そうなんだ……」


 事も無げに応じたピュートに、篤樹は呆れ声で応えた。気を取り直し、ズリズリと前進を再開する。


「……カガワ、本当に見えないのか?」


 再び背後からピュートが声をかけた。篤樹は立ち止まり、苛立った声で応じる。


「全っ然、まったく見え無いよ! 見えてんなら、ピュートがあの盾を取って来てくんない?!」


「分かった。暖炉の横の壁にかかってる小楯か?」


 家族以外には久しく発していない「苛立ちの声」だったが、ピュートはあっさりと篤樹の「指示」を受け取り、いつもの歩調で進み出した。左横を通り過ぎるピュートの気配に、篤樹は暗闇の中でポカンと口を開く。


「……これは、俺にも持てるみたいだ」


 暖炉の横まで着いたのか、闇の中でピュートの声が聞こえ、小楯を壁から外す音が聞こえる。直後、篤樹の眼前に光が灯った。「あ……」と驚き、左腕で目の前を隠す。


「取れたぞ、カガワ。……特殊な盾だな。さすがエルフの宝だ」


 ピュートの声に、篤樹はゆっくり目を細め左腕を降ろす。最初は眩しく感じた光だったが、それほど強い光では無い事を認識し、発光源が「エルフの守りの小楯」だと気付く。


「……それ……光るの?」


「強力な法力増幅素材が使われてる。法術発現補助にも対応してるようだな。明るさはこれくらいあれば良いか?」


 盾の持ち手を左手で握るピュートは、小楯の外縁を右手で確認するように撫でながら尋ねて来た。


「え? あ……うん……いいけど……え、何? その光って……勝手に点いたんじゃ無いの?」


「俺の法術を増幅してくれてるだけだ。この部屋はカガワには暗過ぎると言ってたから、法力光発現を試してみた。でも助かった。この盾があれば、通常のサーガ程度の攻撃なら今の俺でも十分に防げる」


 ピュートは右手で軽く盾を叩き性能を確認すると、視線を篤樹に向ける。


「さあ、次はどうする?」


「え?」


 問われた質問の意味を一瞬理解出来ず、篤樹はピュートに向かい小首をかしげた。


「カガワたちの目的は『この盾』を手に入れる事では無く、これをエルフのジイさんに返すことだろ? 予定通り盾は手に入れた。あとはこれをどうやってあのジイさんに返すかだ。どうする?」


 どうするって……


 ピュートはジッと篤樹を見ている。その視線を避けるように、篤樹は部屋の中央に置かれている大きなテーブルに移動し、両手をついた。


 とりあえず……あの「岩」まで戻って、また「臨会の地」に行く? でも……あそこに戻っても、先生は居ないし虹の膜には入れない。いや、この小楯があれば……


 篤樹は視線をピュートに向ける。


「あのさ……その盾があれば、ピュートも魔法が使えるんだよね? ここでも」


「少しはな。だけど、攻撃系はダメみたいだ。あくまでも防御系の一部だけだな」


「……空を飛んだりは……出来ない?」


 問われた質問に、ピュートは分かりやすく呆れ顔を見せた。


「出来ないよな? そりゃ……」


 答えを待つよりも先に、篤樹は苦笑いを浮かべ質問を取り消す。


「空は飛べない。今の俺の法力量ではこの盾を持っていても、防御魔法の代わりくらいの役にしか立たない」


 取り消した質問に対しても律義に応じるピュートに愛想笑いを浮かべ、篤樹は視線をテーブル上に戻した。


 先生が「留守」じゃ、あそこに戻ったって次の手は無いよなぁ……ふりだしに戻るだけだもんな……。大体、あの「岩」から臨会の地に行けるのかも怪しいし……。先生……どこに行っちゃったんだよ……


 篤樹は祈るような思いで右手を胸に当て、服の上から「渡橋の証し」を握る。


 湖岸の桟橋から……いや、だから あそこ臨会の地に戻っても意味無いって!


 森の中の「岩」ではなく「臨会の橋」から戻る道を一瞬考えた篤樹は、心の中で自分にツッコミを入れて頭を振る。そんな不審な行動をピュートは怪訝そうに眺めていた。


 あークソッ! ダメだ……何にも思い浮かばない……ってか、何で俺だけが考えなきゃいけないんだよ!


 次の行動を思い付かない苛立ちから、篤樹は「指示待ち状態」のピュートをにらみつける。しかし、ここでピュートに文句を言っても仕方が無いとは分かっていた。


 そもそも先生が留守なのが悪いんだよなぁ……。あ、ピュートのヤツ……何かまた冷めた目でこっち見てやがる……ムカつくなぁ……でも……エシャーの目とも似てるんだよなぁ。大きさは違うけど……。やっぱり、ガザル細胞の遺伝子情報とかで「親戚」程度には似てるのか?


 渡橋の証しを握りしめ、ピュートをにらみ、策を考えることを放棄した篤樹の頭に、ふとガザルとの戦いの光景がよみがえる。


 ガザル……か。あれ? 先生が……「留守」? それって…… どこに・・・


 渡橋の証しを握る手に、力が入った。


 あの時……ガザルは何て言った? アイツが子どもの時に……先生と……臨会の地で会って……それから……


『……次からは、東の森ん中に在る 泉の洞窟に来い・・・・・・・、とか言われてな……』


「あ……」


 篤樹はポカンと口を開き、声をこぼす。ピュートは、自分をにらんでいた篤樹の目に何かが閃いた光を感じ取ると、期待を込めて首をかしげ見せる。


「ああ! ほら、ピュート! 覚えてる?!」


「カガワ、声!」


 声量が上がった篤樹をピュートは即座に制止し、小声で聞き直す。


「何をだ?」


「ほら、ガザルと戦った時、アイツ……先生と……湖神様と『臨会の地』以外で会ってたって……東の森の中の……洞窟? 泉の洞窟で会ってたって……」


 ピュートは少し間を置き、うなずいた。


「言ってたな……確かに……」


「先生……えっと……湖神様は、もしかしたら今、そこに居るのかも……」


 2人はエルフの守りの小楯がボンヤリ照らす互いの顔を見ると、次に目指すべき場を確認しうなずき合った。

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