第303話 死を待つ者の匂い
「ウラージ長老大使とやり合ったそうだな?」
舟から降り立ったエルグレドに、ビデルが開口一番尋ねた。
「どうだった?」
ほぼ同時に着岸した篤樹たちの舟にはルロエは近寄り、エシャーに語りかける。
「私もアッキーもダメだった……『膜』には触れるけど……お父さんと同じ?」
「そうか……」
エシャーの返答に、ルロエは微笑みながら応え視線を篤樹に向けた。
「湖神様からの力を受けた『
「あの……すみません……」
下舟の手を貸し語りかけたルロエに、篤樹は申し訳無さげに応じる。
「いや、アツキくんのせいで『どう・こう』って意味じゃないよ。ただ、可能性が一番高いのは、湖神様との関係も深い君だろうと思っていたから……私やエシャーと同じ結果だったことで拍子抜けしただけだよ」
「冗談じゃありませんわッ!」
突然、レイラの怒声が響いた。篤樹たちは驚き、顔をエルグレドたちの方へ向ける。そこにはビデルを睨みつけ、身を震わせているレイラが立っていた。
「決定権はあなたにではなく、エルグレドに有るのですよ」
ビデルは低姿勢で穏やかな笑みながら、レイラの立場を軽んじる雰囲気を漂わせ応じていた。
「エルッ! 私は反対ですわよっ!」
レイラは探索隊の決定権を持つエルグレドに向き直り、改めて抗議の声を上げる。
「どんな理由があろうと、コイツを仲間に受入れるなんて……認められませんわ!」
ビデルの横に立ち湖面を見つめているピュートを指さし、レイラは髪を振り乱して主張した。
「まあまあ、レイラさん……落ち着いて……」
今にも暴発しそうなレイラの肩にスレヤーがそっと手を置き数歩退かせると、代わりにエルグレドが一歩前に進み出る。
「閣下……それは文化法歴省大臣としての決定なのでしょうか?」
エルグレドは柔らかな笑みを浮かべつつ確認する。ビデルは少し驚いた表情を浮かべて応えた。
「いや……決定権は君に託している。何だね? この子と彼女の間には、何か
予想外の「強い拒否姿勢」を表明したレイラの態度に、ビデルは逆に興味を抱いたようだ。
「いえ……そういう事では無いと思いますが……」
「嫌いなのよ! ソイツが! 大嫌いなの!」
スレヤーに両肩を押さえられた状態で、再びレイラが抗議の声を上げる。エルグレドは苦笑いで溜息をつく。
「……ということなので……ピュートくんを私たちのチームに迎えるのは……少し難しいかと……」
「少しじゃ無くってよ、エル! 絶対にダメ! 諦めて! この話はナシよ!」
鬼気迫るほどの「反対意見」にビデルもエルグレドも苦笑いを浮かべる他無い。
「俺は構わない。おばさんが一緒でも」
相変わらず湖上を見つめるピュートが、無機質な声で口をはさんだ。
「おば……」
レイラの視線がピュートに向く。
「俺はエルフも嫌いじゃないし、カガワとルエルフは面白い。赤狼と補佐官にも興味がある」
淡々と語ったピュートは、視線をゆっくりレイラに向けた。
「ベガーラは新しいユニットを組んだ。俺は除外されている。『父』も死んだし、居場所が無い。アンタたちの隊なら付き合っても良い」
あまりの怒りのためかレイラは声を失い、目を見開いたまま口をパクパク震わせている。ピュートの発言に唖然としていたエルグレドが数回瞬きをした後、ビデルに応えた。
「事情は分かりました。……が、この場ですぐに判断は出来ません。明日、正式に回答しますので、もうしばらくは……」
「あ……ああ! うん、そうか。分かった。構わん。まあ、本人の希望を伝えただけで……あとは君らの判断で決めれば良い。君もそれで良いな?」
ビデルはピュートへ確認の言葉をかける。
「補佐官が承認すれば済む話なんだろ?」
ピュートはエルグレドをジッと見つめた。エルグレドもその視線を真っ直ぐに受け止める。
「エ~ルゥ~……」
脅迫染みたレイラの声が発せられるまで、数秒間、2人は視線を合わせたままだった。先にエルグレドが
「明日……結論という事で」
「俺もそれで良い」
エルグレドの返答に、今度はピュートもすぐに応じる。ビデルは
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイラって、ホントにピュートが嫌いなんだね?」
立ち去って行くビデルたち3人の背を見送りながら、エシャーがレイラに語りかけた。
「確かにあのガキゃあ、しつけがなってませんもんねぇ」
スレヤーが賛同の弁を述べる。
「ボルガイルの研究で作られた『人造人間』……成功した実験体なんでしょ?『親』の育て方
「あ……でも……」
ピュートへの低評価を述べるスレヤーの言葉に、篤樹が異論を
「ん? なんだよ、アッキー」
「あ……いや……。アイツ……ピュートは……何ていうか……そんなに悪いヤツじゃ無かったっていうか……」
一週間前、共にガザルを相手に闘った「仲間」として、篤樹は何とかピュートの評価を上げたいと願う。
「だよ!」
エシャーも篤樹の言葉に
「あの子、悪い子じゃ無いよ! 変な子だけど……でも、悪い子じゃないよ!……なんでレイラはあの子がそんなに嫌いなの? 口が悪いから?」
エシャーの大きな目を向けられたレイラは、乱れていた髪を左手で整えながら言葉を選ぶように応える。
「あなたたちと違うのよ……私たちとも……あの子は……」
落ち着きを取り戻したレイラの声は、どこか哀し気だ。
「そりゃ……実験で作られたから……」
篤樹が口を挟もうとすると、レイラはその言葉を遮るように続けた。
「
「それって……ガザル細胞の匂いとかって事ですかい?」
確認するように尋ねたスレヤーの言葉に、レイラは首を横に振る。
「言ったでしょ? あの子の出自……体組成が何であろうが関係無いわ。……あの子自身が内側から発してる『匂い』よ。私が嫌悪してるのは」
「森の賢者、生命に充ちる長命種族である貴女だからこそ感じる匂い……ということですか?」
エルグレドが結論へ誘引するように口を開く。レイラはフッと息を
「生命への執着が無い……いえ、生命への関心が無いのよ。自分自身にも、他人に対しても。まるで、生命の無い
レイラは、自分が感じ取っている「嫌悪感」を何とか言葉に表わそうとするが、それがどうにも上手く行かない様子で、何度も言葉を言い換える。見かねたように、エルグレドが口を開いた。
「木々や草花にさえ、敏感に
エルグレドの言葉に、レイラは少し首をかしげながら「そうね……」と呟き、軽くうなずいた。
「えー? そうかなぁ……」
異論の声を上げたのはエシャーだった。
「あの子、内調だったからかも知れないけど、色んなことに関心あったみたいだけどなぁ……」
「それに……」
篤樹も声を合わせる。
「ガザルと闘った時も……その……僕のことを守ってくれたり……ガザルとの『相性』を気にしたり……自分の生命や他人の生命に、全く無関心って感じじゃ無かったように思いましたよ」
「とにかく、嫌いなの! あの『死臭』が……あっ!」
エシャーと篤樹に反論の声を上げたレイラが、自分の発言途中で何かに気付いたように言葉を切った。
「死期を間近にしたエルフの匂いだわ、あれ!」
「はぁ?」
思い
「そうよ! あの『匂い』だわ! 終命間近の高齢エルフが発してる『卓越者の匂い』よ!」
「ちょ……な、なんすか? その『卓越者の匂い』ってのは……」
嬉しそうに説明を始めたレイラに、
「この世界には、もう何も得るモノが無いって悟り切った高齢エルフがね、ただ『終わりの時』だけを待ちながら過ごしてる『匂い』なのよ!」
「それって……つまり?」
篤樹が、呆気にとられながら尋ねた。
「たかだか15年程度しか生きてない人間種のガキが、1000年を生きたエルフと同じ『卓越者の匂い』……いいえ!『死臭』を発してるのがイヤなのよ! まだ何も分かってないクソガキのクセに、全知者のように
レイラは自分なりに納得のいく答えを見つけられたようで、スッキリとした笑顔をエルグレドに向けた。
「ということで、あんなジジ臭いクソガキなんかと一緒にいたら、鼻が曲がってしまいますわ。明日、キッチリとお断りを入れて下さいな、隊長さん」
晴れ晴れとした笑みでハミングを奏でながら、湖岸に咲く野花を屈んで愛で始めたレイラの背中を目で追い、篤樹はピュートの顔を思い浮かべた。
あいつ……「ジジ臭いから嫌い!」ってレイラさんに言われたら……どんな顔するだろうなぁ……
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