第300話 入口のカギ 【第5章最終話】

 エルグレドから発せられた「解散宣言」に、レイラ以外の3人は言葉を失う。


「言葉足らずじゃありませんこと? 隊長さん」


 変わらず微笑を浮かべたままのレイラが、続きを促すようエルグレドへ声をかける。エルグレドは「おや?」と小首を傾げた。


「そうですか? 3週間後には無事に任務終了の予定、ということなんですが……」


「はぁ? 何を言ってんですかい、大将!」


 耐え切れずにスレヤーが 頓狂とんきょうな声を上げると、エルグレドは何食わぬ顔で話を続ける。


「ですから……ゼブルン王は、ガザル追撃隊と黒魔龍本体討伐隊を組織することを決定されました。それと同時に、エルフの守りの盾探索隊も任務を続けさせるとの事です」


「あ、じゃあ……私たちは今まで通りってこと?」


 即座に口を開いたエシャーを制するように、エルグレドは左手の平を向ける。


「王都のみならず、エグデン王国各地に今回の大群行の被害が起きています。そのような中で、一朝一夕に追撃隊や討伐隊を組織することはさすがに難しいとの判断でした。ただ、先ほどレイラさんが説明されたように、ガザルが完全復活する前には事を進めなければなりません。1ヶ月……あと3週間になってしまいましたが、その間に王国の新体制を整え、追撃隊と討伐隊を組織し、エルフの守りの盾を回収する……これが今後の計画です」


「そん……な……」


 あまりにも唐突な計画に、篤樹は声を洩らした。エルグレドの視線が篤樹に向けられる。


「やらなければならないことを整理すると、これしか無いんですよ」


「いや、でも……」


「だよっ!」


 言葉に窮した篤樹に代わり、ベッドに腰かけたままのエシャーが上半身をエルグレドに向け、にじり寄って声を上げた。


「これまでの『旅』でも村に帰る方法が分かんないままだったのに、今から3週間でその方法を見つけて、村に帰って、おじいちゃん から盾を持って帰るなんて、無理だよ!」


「そ……そうっすよ、大将! そりゃ、出来りゃあそれに越したこたぁ無ぇですけど……今からやって間に合うワケが……」


「レイラさんっ!」


 詰め寄るエシャーとスレヤーの剣幕に、エルグレドは苦笑いを浮かべレイラの名を呼んだ。視線が、楽しそうに微笑むレイラに集まる。


「貴女から説明して下さい。私も『この件』はゼブルン王からの『また聞き』ですから、あなたのほうが御詳しいでしょ?」


 レイラは全員の顔を見渡しやすい位置まで移動し、話を引き受けた。


「エルが『再生』するまでの4日間、湖水島に残った私たちで島内を監視してましたの。エルが『集まる』場所が分かって、その周りには目隠しの幕を張りましたわ。王室宝物庫の調査もゼブルン新王からの信託を受けて、入退室自由でしたから暇つぶしには丁度良かったですわ」


 散歩の様子を報告するように、レイラは楽し気に話を進める。


「エルの再生が始まってしばらくすると、長と高老大使方は王国新体制構築の協議に参与するため島を出られましたの。その間、島内には私とエシャーのお父様……それと、混乱後に集まって来たエルフ数名だけになりましたわ。その時に、お父様が不思議なものを見つけましたのよ」


 レイラの視線がエシャーに固定された。


「何? 何を見つけたの?」


 ベッドのへりを両手で握りしめ、エシャーが身を乗り出し尋ねる。


「湖面に漂う『虹色の膜』よ。巡回をされていたルロエさんが、警戒探知魔法を使われながら湖岸を歩かれている時に、反応を感じられたそうよ。他のエルフ……私たちの探知には反応しなかった不思議な『膜』が、湖面に浮かんでいましたの」


「それって……どういう代物なんで?」


 スレヤーからの問いに、レイラは篤樹に視線を向けた。


「ガザルは一体、どこから現れたでしょう、か? 分かる? アッキー」


「え? あ……先生の……湖神様の結界を破って……ですよね……」


「あー!」


 エシャーがベッドのふちから立ち上がり、声を上げ、篤樹に詰め寄った。


「湖神様の臨会の地に、アッキーがガザルを閉じ込めたよね? そのガザルが『湖神様の結界』を破って出てきた場所が、ここの湖だったってことはさ……」


「そうか! つながってるんだ! 湖神様の臨会の地と、ここが!……そして……臨会の地とルエルフ村も……つながってる!」


「ったり前だろ、んなことは」


 エシャーと篤樹が興奮気味に上げた声を、スレヤーが苦笑しながら抑える。


「……んでも、あんまりにも当たり前に奴さんが現れて、あんだけの混乱がようやく収まって、今さらながらその『当たり前』に気が付いたって感じですかねぇ」


「そういう事です」


 エルグレドが口を開いた。


「私も、ガザルが現れたという事実だけに目を向け、その後は彼との戦いにしか意識が向いていませんでした。ガザル出現時の兵士らの目撃証言をゼブルン王から伺い、虹色の膜の話を伺って、ようやく結界とのつながり……ルエルフ村とのつながりに思いがいたったんです」


「楽しそうに戦ってらっしゃったものねぇ」


 レイラが冷やかすようにエルグレドへ告げる。エルグレドは反論を控え、レイラに話の続きをうながした。


「ガザルが現れる少し前に、ミゾベさんとのお話の中で『結びの広場』の情報をいただきましたの。初代エグデン王の側近であった『エルフのミシャロ』が、実はエルフではなく、エシャーたちと同じ『ルエルフ』だったのでは? という仮説……王室古文書に記録されていたミシャロ侯離脱のお話に『湖水島に渡ったミシャロ侯を、その後、誰も見出す事は無かった』という一文がありましたわ。同行していた者の証言記録から推察出来る場所は、例の『闘剣場』がおかれていた地点……グラバ従王妃らが『特別な場所』と見ていた地点ですわ」


「えっ……あそこが……」


 篤樹が驚きの声を上げ、視線をスレヤーと合わせた。


「なるほどねぇ……あん時に感じた『嫌な匂い』は、グラバさんらの儀式の匂いだったってことか……。だからミゾベのヤツはジンの部下が『いけにえ』になるのをリスク覚悟で止めた……と?」


「そういうことよ」


 スレヤーの理解に、レイラがうなずき答え説明を続ける。


「グラバ一派の求めるモノとは違うモノに、彼らの儀式によって『力』が注がれて来た……つまり彼女たちの儀式は、湖神結界の外からガザルに力を供給していたのよ。あそこに『結びの広場』としての効果が残っていたかどうかは分からないけど、少なくとも『つながり』は残っていたのね」


「あの……じゃあ……」


 篤樹が質問の手を挙げた。


「闘剣場は吹き飛んじゃったから、どっちみち『結びの広場』を試すのは無理ですよね? ということは、ガザルが出て来た『結界の裂け目』……さっき言ってた『虹色の膜』を調べるってことですか?」


「そういうことよ!」


 レイラが少し大げさな態度で、篤樹の回答に正解の意を告げる。


「出現時には5メートルほどの大きさの円形の膜だったそうよ。そこからガザルは飛び出してきたの。でも、3日前にルロエさんと見つけた時には、直径2メートルくらいの膜になっていたわ。今も少しずつ、ふちから千切れるようにその『膜』は崩壊していってる……『村』への手がかりが残っている内に、行動を開始しないとならないってことよ」


「ということです」


 結論に至ったことを確認し、エルグレドが話を引き取った。


「我々『探索隊』は、先ず、湖岸に浮かぶ『虹色の膜』を調べ、湖神様臨会地へと入り、その後、ルエルフ村へ入る……そのルートが使えるかどうかを検証することになります。そのカギとなるのが……アツキくんとエシャーさんです」


「えっ?」「私とアッキー?」


 唐突な指名に、篤樹とエシャーが同時に声を上げた。


「昨日までの調査で分かった事があるのよ」


 レイラが説明する。


「『膜』に近づけたのは、ルロエさんお1人だけだったの。他は……私も含め、エルフ族協議会メンバーは『膜』から2メートル以内に近づくことも出来なかったわ。ただ、ルロエさんも『膜』に触れることは出来たけれど、残念ながら『中』へは入れなかった……」


「湖神様の結界効果ってことですかい?」


 スレヤーが尋ねると、レイラは小首を傾げて「さぁ?」とジェスチャーを示す。


「それを確認に行きます」


 エルグレドが宣言した。


「ルエルフ村に 所縁ゆかりのある者……ルロエさんは近づけました。そこから、アツキくんとエシャーさんも接近が可能だろうと判断します。お2人と共にであれば、あるいは私たちも接近が出来るのかも知れませんし、もしかするとアツキくんの『渡橋の証し』が『中へ入るカギ』になるかも知れません」


 全員の視線が篤樹に向けられた。咄嗟に篤樹は自分の胸元に右手を当て、服の下に在る「渡橋の証し」を掴む。


「さあ、探索隊業務の再開ですよ!」


 エルグレドは一同を見渡し、楽し気な声をかけた。




(第5章『王都騒乱編』完結)

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