第296話 湖岸の話し合い
篤樹たちはウラージに従い湖岸まで移動した。対岸から渡って来ている舟は3艘……先頭の1艘には、船首の
「よっ……と!」
舟が湖岸に着くと、オスリムが真っ先に岸へ降り立つ。
「ビデル大臣にヴェディス会長……エルフ族の
オスリムは湖岸に集まっている面々を見回し、笑顔でバスリムに尋ねた。
「すみません……でも、敵対行動は無いと判断したので、サインを送りました。それに……」
「バカ王はどこだっ!」
バスリムの言葉を遮り、ウラージが怒鳴る。湖岸に舟を引き上げていた他の面々が、ギョッとして振り返った。
「あの……」
思わず法撃体勢に動きそうなオスリムに向かい、バスリムが言葉をつなぐ。
「実は、そこのユフの民の女性が緊急で国王と会談を希望されていまして……ウラージ長老大使から、急ぎルメロフ王を呼ぶようにと……」
バスリムの視線を追い、オスリムは見慣れない格好をした女性……ミスラに目を向けた。
「……お前ぇが聞いてりゃ良かったじゃ無ぇか?」
突き放したような口調で応えるオスリムに、バスリムは慌てて言葉を返す。
「そんな兄ちゃ……じゃなくて……
「分ぁかってるって! 冗談だよ。どうせバレてんならとっとと元の顔に戻しとけよ!……で? なぁんでユフの民がエグデンの王に会いたいんだぁ?」
オスリムが、ウラージとミスラへ交互に視線を移しながら尋ねた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さて……と」
湖岸を離れ、再び北岸の森へ戻っていく1艘の小舟を見送ると、オスリムは振り返った。
「あちらから『王』が渡って来る前に、ちいと段取りを組んどきたいんですがね……いいですか?」
オスリムはこれまでの経緯を聞くと、すぐに「同志」へ指示を出し「王」を連れて来るように手配をした。その上で、この場で今「最も決定権を持っている」のがウラージである事を読み取り、自分たちの「計画実現」に向けて動き出す。
「段取りだと? 小賢しい!」
しかし、ウラージは不快そうに答える。
「この女が何を知っていて、何を言いたいのか、それさえ分かれば良い! 下等な人間種のはかりごとなど、興味は無い!」
「まあ、まあ、そうおっしゃらずに……」
オスリムはひるむことなく笑みをウラージに返すと、少し離れて立つヴェディスとビデルに顔を向けた。
「ヴェディス会長。実はあなたにお話がありましてね……あなたの今後を左右する大事なお話なんですよ。私たちが手に入れた『情報』についてなんですがね。……で、せっかくなのでウラージ長老大使にも、お話に立ち会っていただければと思いまして……いかがですか?」
後半は視線をウラージに戻す。怪訝そうに視線を返すウラージに向かい、オスリムは満面の笑みを浮かべ小声で追説明を加えた。
「ヤツの首に鎖をつなぐ情報なんですけどね……どうすか?」
「ふん……ただ小賢しいだけの男ではなさそうだな? よかろう。立ち会ってやる」
ウラージを促し、オスリムは一同から離れた林へ向かい歩き出した。その後ろから不審そうな表情を浮かべてヴェディスも付いて行く。
「ベイラー大尉……」
ルロエはベイラーに声をかけて近寄る。
「もう島外へ出られたのかと思ってましたよ」
「いやぁ……輸送隊所属ですからねぇ。ピストン輸送だったんですが、最後の渡橋で呼び止められましてこちらに……。ルロエさんこそお嬢さんとは合流出来たんですか?」
「いや……エシャーとは……」
「えっ! エシャーちゃんですか!」
2人の会話が聞こえたのか、小舟で渡って来た「同志達」が会話に加わる。
「彼女なら地下のアジトで治療を受けてますよ」
「スレヤーさんと一緒に、仲間の法術士が治癒処置をやってます。2人ともお元気ですよ」
近況の報告と情報交換のため、同志達はルロエとベイラーのそばに歩み寄って行く。
「お疲れ様、アッキー……」
ルロエ達をぼんやり眺めていた篤樹に、レイラが声をかけて近づいて来た。後ろから「変身魔法」を解いたバスリムも付いて来る。
「いやぁ、見事だったね、アツキくん! まさかこの短期間で法術剣士にまで育ってるとは、驚いたよ!」
バスリムは満面の笑みで篤樹を称えた。
「剣術だけでもすごい進歩だったのに、法力操作までとはね。私も昔は法術剣士を目指した時期もあってね……並み大抵の……」
「何を企んでるんだ?」
バスリムの言葉を遮り、ピュートがレイラに尋ねる。
「あらボウヤ、まだ居たの?」
レイラは苛立ちの視線と冷ややかな微笑を浮かべてピュートに応じた。しかし、ピュートは相変わらず、感情の読めない平坦な口調で問い続ける。
「ミラ従王妃一派も、補佐官達と組んで何かを企んでたんだろ? 情報屋連中やミッツバンも1枚かんでる計画のはずだ。正王妃達と違って狙いが読めなかったが、もういいだろ? 話せよ」
「アンタに話す義理はないわよ、クソガキ!」
こめかみに青筋を立てて言い放つレイラの顔には、もはや僅かな笑みも残っていない。
レイラさん……ホントにピュートのこと嫌いなんだなぁ……
篤樹は2人のやり取りに、どう加われば良いか分からずにいた。おもむろにバスリムが口を開く。
「ルメロフ王の王位を、ゼブルン元王子に
「バっ……」
バスリムからの早急なネタバラしに、レイラが声を詰まらせ目を見開く。ピュートの視線がバスリムに向いた。
「ゼブルン? 生きてたんだ……あの王子」
内調が掴んでいなかった情報に、ピュートはそれなりに驚いた様子を見せる。
「ええ、御存命です。魔法院評議会とあなた達『内調』が仕組んだ降民王子暗殺計画は、失敗してたんですよ。ゼブルン様と私達は志を一つに合わせ、この国の愚か過ぎる体制を変えるべく、この1年、共闘を続けて来たんです」
丁寧に説明を始めたバスリムを、レイラは呆れ顔で凝視していたが、フッと笑みを浮かべ、ピュートに視線を戻した。
「……ということよ、ボウヤ。魔法院の『裏』の連中が、好き勝手に『実験』をするために作られたこの国の体制を終わらせる……その計画に私たちも乗ったのよ。そして、この計画は成功しそうね。あなたたちの『降民王子暗殺計画』とは違って」
笑みを浮かべ顎を軽く上げ、レイラはピュートを見下すように言い放つ。
「……俺はその任務を負ってはいない。勘違いするな。大体、人間種の国家体制がどうなろうがエルフのおばさんには何の関係も無い話だろ? アンタ、エルフの中では案外に馬鹿の部類なんだろうな」
「なっ……」
淡々と語るピュートの言葉に、レイラは再び真顔で言葉に詰まる。
「そのとおりだな、レイラ」
しかし、反撃の言葉を発する前に、カミーラの声が届いた。目を見開いたまま、レイラは声の主に顔を向ける。ミシュラとカシュラを従えたカミーラが近づいて来た。
「一族の利にも、個人の利にもならぬ人間種の
カミーラの背後に立つミシュラとカシュラも、小馬鹿にしたような笑みを浮かべレイラを見ている。レイラはしばらく怒りの形相をミシュラとカシュラに向けた後、視線を下げて唇を噛みしめた。
その雰囲気に気圧される事無く、バスリムが軽い口調で言葉をつなぐ。
「まあまあ、実質的な国家支配者である魔法院評議会の影響を排除することで、この国はようやく『まとも』な体制を築けるようになります。そうなれば、エルフ族協議会の皆さんにとっても『監視すべき人間種』ではなく、共にこの大陸を安定させる『協力種族』となるわけですから、ね?」
「くだらん……」
バスリムの言葉に、カミーラは侮辱するような視線を送る。しかし、反論を加えることは無かった。
「でも……」
雰囲気が落ち着いたことを感じ、篤樹はつい思いが声に出てしまった。一同の目が篤樹に向けられる。
「なんだ? カガワ」
言葉を続けることをためらう篤樹に、ピュートが尋ねた。
「え……あ……その……」
「相変わらずだな。自分の思いを言葉で表せぬ未熟者のままか?」
カミーラが篤樹を睨みつける。タグアの裁判所での第一印象がよほど悪かったのか、カミーラの篤樹に対する評価はかなり低い。篤樹は一瞬、視線をそらして言葉をにごそうかとも思ったが、思い直して真っ直ぐにカミーラを見る。
「これだけの期間、今までずっとエグデン王国を裏から支配して来た魔法院評議会が、そんな簡単に『王位の禅譲』なんか認めるものでしょうか? 実権を握っているのが評議会なら、彼らが賛成しないと……」
「大丈夫だよ、アツキくん」
途中でバスリムが口を挟んで来た。
「えっ?」
「……どういうことだ?」
驚き言葉を切った篤樹に続き、カミーラがバスリムに視線を向けて問い質す。
「兄……ウチの
一同から離れた木々の間で話をしているオスリム達3人に、バスリムは視線を向けた。つられて全員の視線がそちらへ向く。
「当初の計画とは全く変わってしまったけど、目指していた着地点には無事に辿り着けそうだよ。君達のおかげだ」
バスリムは篤樹に向かい、満面の笑みを浮かべていた。
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