第235話 サイン

 ユノンを先頭にエルグレドとスレヤーが続き、篤樹とアイリは横に並んで屋外通路を王城へ向かい歩いていた。


「あ……」


 王城通用口のそばに立つサレンキーとマミヤを見つけた篤樹が短く声を発する。エルグレドは少し前から気付いていた様子だ。


「よう! 疑惑の補佐官さん」


 一行に気付いたサレンキーが声を掛けて来る。


「エルさん……」


 隣に立つマミヤは困ったような笑顔を向けた。


「皆さん、先に行かれていて下さい。すぐに行きますから……」


 エルグレドは列から離れ2人に近付いて行く。


「まさか、まだ私の監視を?」


「はぁ?  自惚うぬぼれてんじゃねぇよ! 無罪放免のテメェを監視するほど、俺たちゃ暇じゃ無ぇんだよ!」


「たまたまですよ……」


 エルグレド達の会話を横に聞きながら、ユノンを先頭に一行は王城へ入った。


「大丈夫ですか? エルグレドさん……」


 王城の廊下を進みながら、篤樹は振り返って呟く。


「あん? 大丈夫も何も、大将は無罪放免自由の身なんだから、内調の連中も手出しはしねぇよ。それに……」


 スレヤーが篤樹の呟きに答える。


「なんかあの2人、内調のイヤらしい気配も消えてるし、今さら大将と揉める気もねぇんじゃねぇか?」


「『気配』……ですか?」


「敵意っていうか……殺意? 違ぇなぁ……何ていうか……『獲物を狙う気配』ってヤツさ」


 スレヤーの説明に篤樹は何となく納得がいった。確かに、あのサレンキーって人の口は相変わらず悪かったけど……宿で聞いた声とは違う気がする。友だち同士の「悪態」って感じの温もりさえ感じた気がした。


「いかがいたしますか?」


 地下の宝物庫扉前に着きユノンがスレヤーに尋ねると、アイリが答えた。


「オレがここで待っとくから、アツキ達は先に中に行っちゃえば?」


「あ……じゃあ俺も……」


 篤樹が一緒に居残りを申し出ようとしたが、スレヤーが分かりやすくサッと目配せを向けた。一瞬、意味を考えたがハッとする。


「お? そうかい。んじゃま、そういうことで頼むぜ。さ、入ろうか? ユノンちゃん」


 篤樹に意図が伝わったと確認したスレヤーが、いつもの口調でアイリの申し出を受け入れ、ユノンに指示を出す。ユノンはうなずくと、扉に手をかざし法術錠を解除した。扉が静かに宝物庫内側へ開かれる。


「んじゃアイリちゃん、大将が来たら『奥の間』によろしくな!」


「あ……はい」


 一瞬、篤樹も残りそうな雰囲気に笑顔を見せていたアイリは、話が変わった事に戸惑いの色を見せながらもスレヤーの声に答えた。


「じゃ、アイリ……ごめんね。よろしく」


 後ろ髪を引かれるように、篤樹はアイリに声をかけ宝物庫へ入った。アイリは何となく腑に落ちない微妙な笑顔を見せ3人を見送ると、宝物庫入口に衛兵のように姿勢を正して立ち直す。


「……ちょうど良いじゃねぇか……」


 前を行くユノンの背を見ながら、スレヤーが小声で篤樹に語りかける。確かに……ピュートから盗聴魔法を仕掛けられているアイリが一緒だと、言葉を選んで会話をしなければならない。万が一、前回のような事が起これば、瞬時に内調に情報が伝わってしまう。


 エルグレドさんが一緒なら、それでも何とかしてくれるだろうけど……法術使いでも無い自分とスレヤーさんだけだと、盗聴魔法に対処する術が無いのだから仕方が無い……ごめんね、アイリ……


 篤樹は心の中でアイリに手を合わせて謝るような気持ちで宝物庫を進んだ。


「奥の間の開錠許可もいただきました。大丈夫……開けられます……」


 宝物庫奥の隠し扉には、王族専用の開錠魔法が施されているらしい。通常は、王か王妃達にしか許されていない開錠を、生まれて初めて行うユノンは緊張している。


「ユノンちゃん、鍵を開けるだけだって! そんな怖い顔すんじゃねぇよ」


 スレヤーが緊張を解すように語りかけると、ユノンはますます真剣な顔で、壁に組まれた法術石を凝視しつつ応じた。


「少し黙ってて下さい! 気が散ります!……えっと……右から左で……下だから……」


 ミラが開錠した時よりも、明らかに「何回かやり直している」雰囲気を感じ、篤樹とスレヤーは顔を向け合い苦笑いをした。ややしばらくすると、壁の一部がガコンと音を立てて動き出す。侍女らしからぬ満面の少女の笑みでユノンが振り向いた。


「開きましたっ!」


「おっ! さすがだねぇ、ユノンちゃん。んじゃ、中に入んべぇ」


 スレヤーに頭を撫でられたユノンは、侍女としてのプライドが働くよりもお手伝いを成功出来た幼い少女として、その「御褒美」を嬉しそうに受け取った。


 3人は連結通路を抜け奥の間へ入る。


「んじゃ、俺らはちいとばかし奥のほうを見てるからよ、ユノンちゃんはこの辺で待っててくれるかい?」


 スレヤーからの指示にユノンは不安げな表情で答えた。


「あの……それは……ミラ様からも伺っておりますが……。あの……絶対に盗んだり壊したりはしないで下さいよ?」


 ユノンからの真剣なお願いに、スレヤーは目をキョトンとさせ、それから豪快に声を上げて笑った。


「んだよユノンちゃん! 信用しろや! 行くぜ、アッキー!」


 ひとしきり笑い終えると、スレヤーは篤樹の後頭部を押すように右手を添えて歩き出した。


「痛てて……! ちょ……痛いですってスレヤーさん!」


 篤樹の抗議にも御構い無く、スレヤーはズンズン奥へ進む。


「さあてと……先ずはやっぱあの兜からかなぁ……」


 最奥のスペース……初代エグデン王に所縁のある品々が置かれている一角に着くと、スレヤーはさっさと装備立ての上部に置かれている初代エグデン王の兜に手をかけた。


 江口の……記憶が詰められてた兜……


 篤樹の脳裏に数日前の出来事……千年前の江口伝幸の記憶が甦る。スレヤーが片手で兜を篤樹に差し出した。篤樹は両手でそれを受け取るとジッと兜の内部を見つめる。


「……最初から……座ってたほうが良いですかねぇ?」


 前回、自分が卒倒気味に倒れたと聞いている篤樹はスレヤーに目を向ける。


「心配すんなって! 異変があれば俺がすぐに対応してやっからよ!」


 スレヤーが笑顔でウインクを見せた。


 よし!……大丈夫……江口……磯野……。何か情報あるんならしっかり教えてくれよ!


 篤樹は意を決し、スレヤーを見つめたまま兜を被った。期待に満ちたスレヤーの視線が、段々と疑念の色を帯びて来る。やがて小首を傾げ、口を開いた。


「んと……アッキー?」


「……はい」


「何とも無ぇか?」


「……えっとぉ……はい……」


 スレヤーは一歩前に進み、両手で篤樹が被る兜を掴んだ。


「こん前は被せた途端、すぐに倒れたんだけどなぁ……っかしいなぁ……」


 兜を浮かせ、もう一度載せ直し、篤樹の表情を確認する。篤樹も視線で「変化無し」を伝えた。


「一回こっきりの『残思伝心』ってことかぁ?」


 スレヤーが残念そうに兜をポンポンと叩いた。


「……そう……なんですか?」


 篤樹も残念そうに呟き兜を外そうと両手を頭部に上げた。


「アッキー! ちょい待ち! そのまんま……」


 スレヤーに制止され、篤樹は腕を下ろす。


「何ですか?」


「いや……もしかしたら1装備に1個の残思伝心って可能性も……」


 そう言いながら、スレヤーは装備立てから次々にエグデン王の装備を取り外し篤樹に手渡す。


「とりあえず、全部着けてみな!」


「えーー? 良いんですか? そんなことしても……」


「構わねぇって! 盗むわけでも壊すわけでもねぇんだし! 確認だよ、確認!」


 仕方無く篤樹も装備を着け始める。鎧、腰当、足盾、腕具など、一つ一つを確認して装備しながら不思議な気分になって来た。


 これ……江口が1000年も前に着けてた装備品なんだよなぁ? アイツの「汗」とか「臭い」が残ってる気が……剣道部の「小手」とか……罰ゲームで匂わされたよなぁ……


「どうだぁ? 初代エグデン王の記憶、甦って来たかぁ?」


 途中から、篤樹の着せ替えを単に楽しんでいたスレヤーが、大した期待もせずに語りかけて来た。


「……全然……何にも。もう脱いで良いですかぁ? 重いし動きにくいです……」


「いやいや……」


 スレヤーはニヤッと笑うと、最後の装備……初代エグデン王の剣を、鞘に収めた状態で持ち篤樹の腰に身を屈める。


「腰の鞘掛けに……コイツを……こう……で、よし! 完成だぜ!」


「もう! 何やってんすか!」


 呆れ声でスレヤーに抗議をするが、篤樹もまんざらでも無い気持ちの高揚を感じてはいた。ついつい右手を剣の柄にかけ、左手で鞘を押さえながらゆっくり剣を抜いてみる。


 小学生の学習発表会を思い出すなぁ……


「おっ! 似合ってるぜアッキー! カッコイイーー!」


 うっかりポーズを決めてしまい、スレヤーから冷やかしの声がかけられる。


「何をやってるんですか!」


 突然、ユノンの可愛らしい怒り声が室内に響いた。スレヤーと篤樹は声が聞こえた方向へ同時に顔を向けると、小さなユノンが全身で怒りと驚きを表現するようにワナワナ震わせながら2人を睨みつけている。


「大事な……国の宝を……何だと思ってるんですかっ! アツキさままで一緒になって……」


 どうやらユノンの中ではスレヤーだけが要注意人物と認識していたようだ。


「あっ……ゴ、ゴメン!」


「おお! どうよ? これ、ユノンちゃん。似合ってるだろ?」


 慌てて謝る篤樹とは逆に、スレヤーは悪びれることなく、新しい観客を笑顔で迎える。


「スレヤーさまっ! 国の宝を悪ふざけでお使いになられるのは、王室に対する……王室への……王族……えっとぉ……」


「反逆罪? とか……侮辱罪? かな?」


 まだ覚え切れていない王室言葉が出せずに、言葉に詰まったユノンへの助け舟を篤樹が出すと、ユノンは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ダメなことをしてはいけません!」


 あ……ゴメン……。プライド傷付けちゃった?


「そう言うなよユノンちゃん。アッキーだって別に遊びで装備を拝借したわけじゃねぇんだからよ」


 篤樹は驚いた目をスレヤーに向けた。あれ? この人……シレッと俺に責任なすりつけた?


「それによ、ほら。やっぱアッキーと初代エグデン王って、背恰好が似てんじゃねぇのか? 防具が全身ピッタリだぜ! 似合ってるだろ?」


「そういう問題ではありません!」


 いつもの調子で語り続けるスレヤーの言葉に、ユノンは抗議の声を発する。


「それに、初代エグデン王の装備は、初代エグデン王以外のどなたにも似合うことはありません!」


 篤樹は剣を鞘に収めながらユノンに尋ねた。


「そういやさ、ユノン。初代エグデン王の石像の『元絵』って、ここに有るの?」


「はい? なんですか?」


 抗議の姿勢を貫くよりも、侍女として「従王妃の大切な客人」からの質問への回答に意識が切り替わる。


「ほら、前に来た時に言ってただろ? 元々は絵に描かれていた姿を見て、この石像は作られたって。だから、その元々の絵ってのも、ここにあるのかなぁって……」


 篤樹は話題をそらすつもりでは無かったが、もしかすると「元絵」を観れば、江口の昔の様子が何か分かるかも知れないと思いついたのだった。


「あ、はい。ございますよ。それでしたら、こちらに……」


 上半身裸体で作られている若き日の初代エグデン王の立像……その後ろのスペースにユノンは入って行く。壁際の狭いスペースなので、篤樹とスレヤーはユノンの動きを目で追いかけるだけにした。

 ユノンは、壁に立てかけられている何かを覆う大きな朱色の布を掴んだ。額か何かを覆っている布なのだろう。


「こちらです」


 朱色の布を、ユノンは丁寧に畳みながらずらしていく。覆われていたのは色彩もさほど色あせていない、状態の良い絵画だった。畳1枚よりも少し大きめのキャンバスには、中央に鎧姿の江口伝幸が兜を右手に抱えて立ち、左右に2人ずつ男性の従者が立っている。従者の内の一人は金髪の長髪で、エルフ特有の大きく尖った耳が描かれていた。

 背景に森の木々が描かれていることから、屋外での一幕を描いたものなのだろう。それにしても……せっかく鎧を着てるのに……石像だと上半身裸にされちゃうんだ……


「いかがです? 初代エグデン王が御まといになられてるのは、そちらの装備ですよ。完璧にお似合いだと思われませんか?」


 ユノンが得意気に自論を展開するが、篤樹は絵画の一点が目に付き、うわの空で返答した。


 あれ……何だろう?


 篤樹はその一点を見つめながら絵画に近寄って行く。篤樹の様子の変化に気付いたスレヤーは、ユノンに会話を止めるように身振りで指示を出した。


 何かの模様……違う! 英語? アルファベット……イニシャル?


 絵の左下……草地の緑に馴染む濃い目の緑色で、明らかに絵の一部では無い「文字」が読み取れる。


 A.S.……あ?……さ?……あ……い……愛川? 愛川紗希?


 篤樹は呆然とそのイニシャルを見つめたまま、思い浮かんだ同級生の名前を、頭の中で繰り返し読み返していた。

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