第233話 楽しい会話
馬車は低速ながらも安全に王都壁内街区を抜け、特別居住区との境界に設けられた緑地帯に入った。
バスリムは車内の様子が気になっていた。何かあればミッツバンからの指示があるだろうからと耳を澄ませているが、特に声をかけてこないところを見ると、自分の思い過ごしだったのだろうか?
フードを被ったあの女性……足をくじいたと言っていたが、パッと
それに……明らかに法術士の法力を感じるが、その力を上手に隠しているのも気になった。一流の法術士であれば、当然、蓄えた法力を漏出させない技術も身につけてはいるものだが……あの女は一般の法術士のそれを格段に上回る見事な抑え方だ。そんな法術士が、低速走行の馬車にはねられるなんてミスは有り得ない。何か、目的をもってこの馬車に……ミッツバンに近づいたに違いない……
バスリムは臨戦態勢を整えたまま、手綱を握り続けた。
―・―・―・―・―・―・―
「……黒魔龍は水晶にではなく『ガラス』に対してのみ反応を示す。だから『ガラス』を生み出そうとする者が歴史の中に出て来る度、あの女性は思念体を飛ばし、その練成を妨げ続けて来たと言いました」
ミッツバンはレイラの視線を受け止めながら、事の真相を打ち明けて行く。
「グラディーの怨龍伝説というのも……具現化した黒魔龍を抑える彼女の戦いが、グラディー系貴族らによって捻じ曲げられたものだと聞きました。その戦い以来、黒魔龍を封じる彼女の力も弱まり、思念体を生み出す事も難しくなったのだそうです。もう『ガラス練成』を止める力が自分には残って無いと……。だから、水晶の谷から全ての水晶を採掘して良いから『ガラス練成』が行われる事の無いように、自分に代わって地上を監視して欲しいと頼まれたのです」
「……その彼女の依頼を……あなたは裏切ったのですわね?」
レイラの口調に責めのトゲを感じたミッツバンは、一瞬、反論を試みようと顔を強張らせた。しかし、無駄だと理解し、自嘲気味に笑みを浮かべる。
「裏切った……という気持ちではありませんでしたが……まあ……結果的に私の探求心が使命感を上回ってしまった、と言わせておいて下さい。それに……」
ミッツバンは思い出したように言葉を続ける。
「彼女からの採掘許可を得た『水晶の谷』なのですが……結局、私はそこからほんのわずかな水晶しか持ち出せなかったのです。数ヶ月後に再び採掘に行った時、父と見つけた洞窟の入口は崩されていました。グラディー抑留地の制限線を監視する魔法院の者らによって閉ざされたと聞きました。ですから……」
「水晶が手に入らないのなら『作ってしまえば良い』とお考えになられた、と?」
コクリとうなづいたミッツバンを、レイラは冷たい視線で見つめる。
「黒魔龍を封じるために、長きに渡り地底深くに留まっておられる守護者からの切なる願いを伺いながら、あなたはその災いの種となるであろう『ガラス錬成』を欲した……。何ともまあ、強欲ですこと……」
「……ええ。私は強欲者です」
ミッツバンは車内から「ガラス窓」越しに外へ目を向けて呟いた。
「水晶採掘を諦めた後、彼女から聞いた『ガラス』の話が忘れられませんでした。でも、独学でガラス錬成を始めましたが上手くいきません。実物を知らないのでイメージが出来なかったのです。そんな時……ベルクデさんと出会いました」
ミッツバンは顔をレイラに向けた。
「ベルクデさんからあの『ガラス玉』を盗むつもりでしたの?」
「いえ……ただ『実物』を知ることで錬成法術イメージを高めたかっただけです……最初の頃は……。でも、錬成が順調に行き始めると、段々……私は怖くなって来たんです。あの少女……黒魔龍が襲って来るのではないか?……いえ、それだけでなく、あの守護者からの怒りにも触れてしまうのではないかと。背徳の恐れと、ガラス錬成魔法完成の喜び……私は自分なりに心に折り合いをつけ、その矛盾の苦しみから逃れる道を選びました」
「ガラス錬成魔法術を独り占めにし、莫大な財を築くことで?」
レイラはミッツバンを誘導するように問いかける。ミッツバンはうなづいた。
「ベルクデさんは自分の発明として発表するつもりでした。でも彼の法力ではガラス錬成に必要な火力を作り出せません。私は彼を裏切り、魔法院評議会に新魔法の登録申請を行いました。あとは……」
ミッツバンはレイラに確認するように目を向けた。
「周知の事実通りの大富豪となられた……だけでは無いですわね?」
やはり調べはついているのか、とでも諦めたようにミッツバンは答える。
「妻と出会い、娘が与えられました。ガラス錬成魔法により莫大な財も手に入りました。しかし、あの守護者……女性に対する背徳行為に常に恐れ、自責の念に悩まされ……社会貢献によって人々からの評価を得ることで、気を紛らわせようとして来ました」
「御自身の安心のための偽善行為……ってことですわね」
レイラは冷たく言い放つ。
「……ええ。そうです……しかしそれだけでは足りなかった……人々からの賛辞を受けたとしても……あの黒魔龍がいる限りは……」
ミッツバンは首をゆっくりと横に振りながら目を閉じた。
「……黒魔龍を倒す力が必要でした。妻や娘……愛する家族を守るための力が。あの女性の言葉通りなら、この国中にガラスが増え広がれば、やがて黒魔龍の怒りに触れ、神話時代の大虐殺がいつ起こるやも知れません。そうなる前に……あの谷に封じられている『本体』を倒すしかないと考えました」
「なるほどね……。あなたの財政調査で見つけたおかしなお金の流れ……多額の資金がどこへ使われているのか気になってましたの」
レイラの言葉にミッツバンは呆れたように笑うしかなかった。
「珍しいお人だ、あなたは……。他人にここまで干渉するエルフとは初めてお会いしましたよ。そうです……この国の戦力……軍部と魔法院の力を結集すれば、さしもの黒魔龍であっても滅することが可能だろうと考えました。しかし、その権限は私には無い。ならば、権限を持つ者を取り込むしかないと思いましたが……」
「この国の体制は単純では無いことに気付いた……ってことかしら?」
「はい。そこで、この国の体制に異を唱えている者達を援助することにしたのです。彼らは古くからこの国の様々な情報を手にする術に長けていましたので、遠くない将来に国家体制を引っくり返せる可能性があると感じました。援助によって信頼を得ることで、新体制を築き上げた時に私の計画を……黒魔龍討伐を国に実行させることが出来る、と」
レイラは満足したように微笑みうなずいた。
「なるほどね……本当に強欲な方ですこと。私利私欲のために国までも巻き込もうと考えなさるなんて」
「そ……そんな……。いや……その通りですな。ガラス錬成を目指した時から……私は常に自分の事しか考えていなかったんでしょう」
ミッツバンは力なく語ると肩を落とした。
「ここで結構ですわ」
「は?」
レイラの唐突な言葉にミッツバンは拍子抜けた返事をする。
「お話、楽しかったですわ。降ろして下さるかしら?」
「あ……はい。おい! バスリム! 馬車を停めてくれ!」
ミッツバンが御者台側の窓を開きながら声をかけると、ゆっくり馬車が停止する。レイラは自分の手で扉を開き降車しながらミッツバンに目を向けた。
「黒魔龍はサーガでも無ければ野獣でも無くてよ。人やエルフの力で倒せる相手なのかしら? あなたの欲望が、この世界を再び暗黒時代へ向かわせるのかも知れませんわね」
レイラは降り立つと、呆然とした表情で見つめるミッツバンに笑顔を向けて扉を閉じた。
「本当にここで……」
御者台からバスリムが顔をのぞかせ声をかけたが、レイラの顔を見て言葉を切った。
「あら? ミゾベさん。お似合いですわよ。御者服もそのお顔も」
言葉を失い目を見開くバスリムに向かい、レイラは笑顔で片手を上げて挨拶をすると、馬車が進んで来た道を軽やかな足取りで歩き去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉を叩く音に、篤樹とエルグレド、スレヤーは顔を見合わせる。
「では2人とも……会話は全てピュートくんに聞かれているという前提でお願いしますね」
エルグレドが微笑みながら注意をすると、篤樹は真剣な表情でうなづいた。
「しゃっちょこばんなってアッキー!」
スレヤーが篤樹の肩を強めに叩き緊張をほぐす。
「そうですね、アツキくん。不自然な会話をすれば相手にバレてしまいますから、自然体で行きましょう。ただ、自分が何を話したかだけは正確に覚えていて下さい。あちらが私たちの『どの会話』に興味をもったのかを確かめたいですから」
エルグレドが語り終える前に再び扉が叩かれた。篤樹はエルグレドに頷いて扉を開きに寄る。
「お時間になりましたので御案内に参りました」
扉を開くとユノンが丁寧にお辞儀をしながら用件を告げる。一歩下がってアイリも頭を下げていた。
「あ、ありがとう。……エルグレドさん」
篤樹は室内に顔を向けエルグレド達に声をかける。
「おお! ありがとな!」
スレヤーが先に廊下へ出ると、続いてエルグレドも部屋から出て来た。
「宝物庫は初めてなので楽しみですね。お世話になります」
先頭を進み出したユノンに続き、スレヤーとエルグレドも廊下を進む。篤樹は部屋の扉を閉めて施錠を確認し振り返り、アイリを見る。何とも話しかけにくい「侍女オーラ」を感じたが、意を決して声をかけた。
「ア……アイリ。えっと……」
アイリの肩がビクッ! と上がった。
「あのさ……」
その様子に気付いた篤樹は会話に詰まるが、しかし、この機を逃すと何だか余計に話しづらくなりそうな気がしたので、そのまま言葉を続けた。
「なんか……ゴメンね。ちゃんとお礼言いたかったんだけど……なんか言いそびれてて……」
アイリの様子がおかしい理由を考えると、篤樹としては「ちゃんとお礼をしていない」という一点しか思い浮かばない。とにかく先ずは試合の後の治療と看護へのお礼をちゃんと述べる、そのことだけに意識を向けた。
「え?」
しかしアイリは、篤樹の言葉の意味を理解出来ないように、驚いた目で見返している。
「いや……ほら、怪我の治癒魔法をずっとやってくれてたのにさ……ちゃんとお礼も言わないままだったから……え? それで怒ってるワケじゃ……」
話が噛み合っていない空気を感じ取り、篤樹は慌てて尋ねた。アイリとしっかり目線が合うと、急にアイリの表情に笑みが浮かぶ。
「バ……そんなの! 気にしてなんかねぇよ! え? 何? オレがそんなんで怒ってるかって? そんなワケねぇだろ!」
アイリのテンションが見る見る上がっていく様子に、篤樹は呆然とした。
「は? だって……お前さぁ……何だよ! 気にしてたのに……。じゃ、なんで怒ってたんだよ!」
「オ、オレが?」
篤樹の問いかけにアイリはハタと困り顔になる。
「ち……違うよ! 別に……怒ってなんか無かったし……ちょっと忙しくてさ……ほら! アツキの治癒魔法に結構法力使ったから、ちょっと疲れてただけだよ!」
「あ、そうなの? やっぱ治癒魔法って疲れるんだ……」
アイリとの会話が動き出したことに安心した篤樹は、ゆっくりと廊下を歩き始めた。アイリも並んで歩き始める。
「そりゃ……法術には法力も頭も使うからな。アツキの骨折は結構複雑だったし……そうだよ! それでちょっと疲れてたんだ!」
篤樹との他愛もない会話のやり取りが再開した喜びに、アイリは顔を輝かせる。篤樹も同様に、気になっていたアイリの態度が以前のように戻った事で安心したのか、ピュートに「聞かれても大丈夫」な内容かどうかを気にしつつ、いつになく会話を楽しむ気分になって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます