第53話 盗賊の村

「無理だわ。これ以上は追えない……」


 レイラは振り返りエルグレドに告げる。


「クッ!……そうですか……仕方ありません。一旦、馬車に戻りましょう……」


 エルグレドとレイラは、朝日も昇らない薄暗い道を、ここまで歩いて来た方角へ戻り始めた。


 夜中の二時過ぎ―――再びはげしく降り始めた雨の音でレイラが先に目覚め、篤樹とエシャーがいない事に気が付く。急いでエルグレドを起こし馬車の周りを確認すると、林の中でエシャーの毛布とエルグレドの懐中時計を見つけた。

 その後、複数ふくすう足跡あしあとを発見し、篤樹とエシャーの身に何らかの異常事態……恐らくは盗賊とうぞくによって連れ去られたのだろうとの予測がついた。

 雨の中、残されていた足跡を辿たどりつつ数kmほど歩いてきたが、激しい雨の流れに足跡は完全に洗われてしまっていた……


「うかつでした……私のミスです……」


 エルグレドは雨脚あまあしも弱まった明け方の道を、力なく歩きながらつぶやく。それを聞いたレイラは呆れ声で返した。


「誰に何をおっしゃっておられますの? 今の言葉……私に?」


「……いや、別にそういうわけでは……」


 レイラは「ハンッ!」と鼻で笑う。


あやまる相手が欲しいのかも知れませんが、私におっしゃられるのは筋違すじちがいもはなはだしいですわよ。今回の事、私はあなたに対し怒る権利も許す権限も御座いませんから!」


「いや……だから別に……そういうつもりで言ったわけではないです!」


 エルグレドは「つい」うっかり口をすべらせてしまった自分をおろかに思う。レイラの指摘してき通り、自分のミスを謝罪すべき相手が欲しかったのかも知れない。図星だからこそ声を荒げ反論してしまった。


おのれの愚かさに怒るのはごもっともですわね。でも謝るべき相手は私ではございませんことよ。私もあなたと同じで、己の愚かさを悔やんでいるのですから。あの子たちはまだ普通の子たちよりも幼い……未熟みじゅくで、この世界に無知な子たち……。それなのに、どこか安心して夜番を任せてしまった。その責任なら、あなただけでなく私にもありましてよ!」


 エルグレドは立ち止まって振り返り、レイラの顔を見た。涙? 雨? これまで見た事の無い悔しさをにじませるレイラの顔を見て、エルグレドは自分の弱さを反省する。頭に上っていた後悔と怒りとあせりの血が引いて行く。


 そうだ、冷静に考えなければ……


「すみませんでした……レイラさん。おっしゃる通り、あの子たちを危険な目に合わせたのは私たち2人の大人の共同責任です。とにかく馬車に戻り対策を考えましょう。雨も……今度こそ完全に上がりそうです。れた服をずは着替え……それから再捜索さいそうさくに移りましょう!」


 2人はさっきよりも足早に、目的を持って行動する力強いみ足で馬車への道を戻って行った。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆



「エシャー? エシャー! 大丈夫?」


 物置のような「監禁室」に、両腕と両足をしばられ、篤樹は地面に転がされていた。エシャーも同じ部屋の中に連れて来られていたはずだ。モゾモゾ動く音が聞こえるってことは……いるはずだが声が聞こえない。まだ「くつわ」が外せていないんだ……


 篤樹は口を塞がれていた「くつわ」を何とか外すことが出来ていた。抵抗ていこうしなかった分、ゆるめに結ばれていたようだ。でもエシャーは……あれだけ「抗議」すれば、くつわを結ぶ力も強められてしまうだろう。

 

 そこは窓の無い小屋だった。床も無い。地面に直接、壁と屋根だけを組んだ倉庫のような場所だ。壁の板の隙間すきまから、外の光がれ込んで来ているおかげで室内の様子もよく分かる。小麦や豆が入っているような大きな袋が、部屋の高さの真ん中くらいまで積み上げられていた。他にも木箱や馬のくら等、何に使うのかよく分からない道具がいくつも無造作むぞうさに積み上げられている。

 篤樹は芋虫いもむしのように身体をひねったりクネらせたりしながらエシャーの「音」が聞こえるほうへ移動して行った。


「エシャー?」


 地面を転がりながら荷物の山を迂回うかいし、のぞき込んだ通路に……モゾモゾ動くエシャーの足が見えた。篤樹はホッと安心すると、さらに近づく。エシャーも、何とか篤樹のほうを見ようと身体の向きを必死に変えながら、何とか上半身を起こせたようだ。


「ウガウガ……フン、ウガ……」


 見るからに「しっかりと」結ばれてるくつわでエシャーの顔は縛り上げられている。篤樹はエシャーのそばまで移動し、うまく膝立ひざだちの姿勢たいせいをとった。


「くつわを何とかほどくから……後ろを向いて」


 エシャーはうなずくと、なんとか後頭部を篤樹に向けようとする。篤樹は積み上げられている袋に倒れ掛かるように体重を預け、エシャーと袋の隙間に入り込み「くつわ」の結び目を確認する。

 結び目に顔を近づけ、歯を使って結び目を解こうと試みるがどうにも上手く行かない。姿勢を変え、縛られている後ろ手を使って試してみる。

 かなり強く結ばれているが、指先の爪まで使って少しずつ結び目を緩めていくと、数分で一番外側の結び目が解けた。指先で残りの「結び玉」を確認する。


 もう一つ……


 同じ要領で次の結び目を解くと、くつわ自体が急に緩くなったのか、エシャーが頭を振りながらくつわを口元からずらしはじめた。


「エシャー、もう少し緩めるから待って……」


 あせる気持ちを抑え、篤樹は確実に最後の結び目を緩めていく。


 よし!


 完全に解けた感覚を確認し、くつわひも一端いったんにぎったまま篤樹は態勢を変える。ようやくエシャーの口元からくつわが完全に取り除かれた。


「アッキー! あひがとー」


 エシャーは涙目で礼を言うが、ほおの筋肉が変に固まってるようで少し発音がおかしくなっている。


「エシャー、よく我慢がまんしたね。ちょっと、声、落とそうか?」


 篤樹はせっかく取り戻した「口の自由」を、再びうばわれては大変とばかりにエシャーをなだめた。エシャーも、もう、くつわはりと思ってるのか、うなずき口を閉ざす。さて、後は腕と足の縄だけど……


「エシャー、これ解けそう?」


 篤樹は自分の後ろ手の結び目が見えるように立ち上がり、エシャーの目の前に見せた。


「どう?」

 

「両手が使えないと無理っぽい……この状態じゃ魔法も使えないし……」


「エシャーのも見せて」


 篤樹はあきらめずにエシャーの両腕の結び目を確認する。何だか複雑な結び目だ。これは確かに両手が自由じゃないと無理だ……


「さてと……」


 一旦気持ちを落ち着かせるため、篤樹はエシャーの横にズルズルと腰を下ろした。



―・―・―・―・―・―



 馬車の場所から連れ出されて1時間以上は歩かされた気がする。そこで荷馬車に乗せられて……しばらく移動した後、さらに大雨の中の山道を10分ほど歩かされた。

 「集落」に入ると、すぐにこの小屋の中に叩き込まれた。篤樹は黙っていたがエシャーは「ここはどこ?」「どうするつもり!」「アッキーに何かしたら許さない!」と叫び続けていた。その時、真っ暗だった集落の何軒かにあかりがともるのが見えた。

 結果として「うるさい」エシャーは強めのくつわ、篤樹には緩めのくつわが結ばれ、両足も結ばれての監禁となった。


「何だって?! うばえないで人を奪って来ただと?」


 小屋の入口で怒鳴どなる声が聞こえる。声のぬし松明たいまつを持ってるようだ。


「だって、おかしらぁ。これ見て下さいよ! とんでもねぇバケモノ法術士が守ってる馬車だったんですって!」


「こりゃ……仕方ねぇな。怪我けがしちゃ元も子もねぇ……にしても、人さらいってのはおだやかじゃねぇな……武器とか持って無かったのかい? その2人は」


「女はクリングを持ってたんで取り上げてます。男のほうは特に武器は持って無かったみたいです。馬車の中にでも置いてたんでしょう」


「そうか……人死ひとじにはもう見たくねぇからな……でもよ、大丈夫か? そのバケモノ法術士たちってのが仲間を追ってここまで来ねぇだろうな?」


「あの雨ですから、あとにおいも流れてるでしょうし、大丈夫でしょう? 全く収穫無しゅうかくなしじゃ……あ、それに!」


「ん? なんだい?」


「男は人間ですけど、女のほうは『エルフ』ですぜ。まだ若い。北の山の連中もこれなら見逃してくれるんじゃないかと……」


 一瞬の間が有った後、「お頭」の声が続く。


「しゃあねぇな……『エルフの誘拐』なんて大それた真似まねは正直恐ろしいが……こっちも背に腹は代えられねぇ。んじゃ、今月はここにある分とその『男』とエルフでなんとか話をつけてもらおうか……仕方ねぇ……」


 そう言うと、松明を持った男は小屋の扉を開けて中に入って来る。中を見回し篤樹とエシャーを見定みさだめているようだ。


「すまねぇな……人助けと思ってあきらめてくれや」


 そう言い残し小屋から出て行くと、扉を閉め、外から錠をかける音が聞こえた。



―・―・―・―・―・―



「今、何時くらいかなぁ?」


 小屋に洩れ入る明かりを見ながら、篤樹はエシャーにたずねた。


「多分、7時か……8時くらい。ね、アッキー?」


 篤樹とエシャーは積み上げられた袋を背もたれにし、並んで座っている。後ろ手に縛られた腕が痛い。


「何?」


「アイツら、盗賊?」


「多分……」


 篤樹は夜中からの一連の流れの中で感じた『この盗賊たち』の自分なりの印象を整理してエシャーに伝えた。


「……ってことは『北の山のヤツラ』ってのにおどされて、仕方なく毎月色んなものを渡しながら生き延びてるってこと?」


 「ありがち」な上納制度じょうのうせいどを篤樹はエシャーに説明する。それならこの盗賊たちがやっている事は悪いことであっても、やってる連中がそんな「悪人と感じられない」ことにも合点がてんが行く。ま、だからと言って許されるような行いではないが……


「とにかく、ここの連中にしてみれば、俺もエシャーもここにある物も『取引のための大事なモノ』だろうから……そう簡単に殺されたりする事は無いと思うんだ。ただ『北の山のヤツラ』ってとこまで行けばどうなるか分からない。だから逃げるチャンスは、ここの連中しかいない今の内しかないんじゃないかなぁ……」


「どうやって逃げ出すの? 何か作戦はある?」


 エシャーが期待を込めた目で篤樹を見つめる。そんな目で見るなよぉ……縛り上げられてて、戦える武器だって無くって、俺だって……あ!


「エシャー! 俺の上着の中のポケットに『成者しげるものつるぎ』が入ってる。アイツら……これをポケットから出せなかったから服の一部か何かと勘違かんちがいしたんだ。これ……取り出せないかなぁ……」


「アッキー、横になって! うつ伏せで!」


 エシャーは何か考えついたようだ。


「それ、私だって持てないけど、アッキーの『服』なら私でも持てる。上着のポケットから下に落とせば、あとはアッキーが後ろ手で拾えるでしょ? とにかくアッキーの服を私がらして……何とか下に落としてみる!」


 まるで「ヘタクソなヨガ」でもやってるような、とても人には見せられない変な姿勢を篤樹は繰り返し、エシャーは篤樹の服を後ろ手や口を使ってり続けた。

 十分ほどの格闘かくとうすえ、篤樹の服の隙間すきまから『伝説の剣』は地面の上に落ちて来る。

 成者の剣は……「アイスバーの棒」から、まるで「カッターナイフ」のような形に「成長」していた。

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