第8話 注意事項
「おはよぉアッキー! 起きてるぅ?」
「あ、おはよう……」
「起きてたぁ! 早いねぇ。まだ寝てるかと思っ……ん?」
「また泣いてたんでしょ?」
「は?」
「泣いてた目をしてる!」
「泣いてない!
自分でも苦しい言いわけだと思いつつ、
「ふぅん……とにかく下りておいで! 朝ごはん準備出来てるから」
エシャーはなんだか
反論を続けることをやめ、篤樹は言われるままエシャーに続いて
「おはようございます……」
階段を下りるとエシャーはさっさとテーブルについた。つられて篤樹も席に座ろうとする。
「先に顔を洗っといでよ」
エシャーがニヤニヤしながら、指で
「あら、おはようアッキー。お顔はこっちで洗えますからね」
流し台の
「あ、はい……」
樽の中には何も無い。底に穴が空いている。エーミーが
「あら?
エーミーが心配そうに篤樹を見た。なんだか馬鹿にされてる気分だ。顔ぐらい毎日洗面所でキチンと洗ってるのに……篤樹は「大丈夫です」と
「さあ、どうぞ召し上がれ」
テーブルには2人分の朝食が準備されていた。
「お父さんたちは食べないの?」
篤樹は少し声を落としエシャーに尋ねる。
「私たちはもう食べ終わりましたよ」
返事をしたのはエーミーだった。
「お父さんとお母さんは早起きなのよ。お父さんはもう
「ええ、もう出かけましたよ」
「ほらね?」
なぜかエシャーが
朝食は篤樹の世界でも
それぞれの名前や材料は
パンは、篤樹が普段食べてる
ベーコンも、母がスーパーで買ってくるものとは全く別物に感じる。食べても口の中に変な「
目玉焼きも(
篤樹は見慣れた
「足りる?」
まだ一口、二口しか食べていないエシャーが
「あら? やっぱり男の子は朝からよく食べるわねぇ。パンとスープはまだありますよ。おかわりはいかが?」
エーミーの
朝食の終わりに、木のコップに入った白い飲み物(たぶん牛乳か羊乳の
「おいしい!」
それは数年前に家族で食事をしたネパールカレー専門店で飲んだ「ラッシー」の味と
篤樹は一気に飲み終わったコップをテーブルに置く。
「これ、美味しいですねぇ!」
「あら、好きだった? お代わりありますよ」
エーミーが
「あたしも!」
エシャーが急いで自分のコップを口に運ぶ。
「あら?
―――・―――・―――・―――
「ただいま」
ルロエが朝の
「お帰りなさーい」
「あ、おはようございます」
篤樹とエシャーは食卓に座ったまま続けていた会話を中断し、ルロエを
「はい、ただいま。おはようアツキくん。よく眠れたかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
ルロエは狩りの獲物である
「
「あ、はい。いただきました。ありがとうございます」
「エシャーったら、アツキくんにつられてお代わりまでしたんですよ」
エーミーはルロエから受け取った
「そうか、それは良かった。やはり歳の近い友人が居るというのは色んな刺激になるんだろう」
流しの横にある手洗い場に立ち、ルロエが応じた。すでに篤樹とエシャーは談笑を再開していた。
「あら、噂をすれば……お父様がいらしたみたいよ」
窓の外にシャルロを見つけたエーミーの声に反応し、全員の視線が出入口に向く。数秒もせずに扉が開き、村の長シャルロが家の中に入ってきた。
「おはようございます」
「おじいさま、おはよー!」
「おお、おはようエシャー。アッキーよ、夕べはよく休めたかな?」
シャルロは笑顔で篤樹に語りかける。篤樹が軽く
「よっこらしょっと! いやいや、相変わらずここの椅子は高いのぉ。座り
椅子によじ登るように座ったシャルロはしかめっ面を見せる。
篤樹の視界だとまるでテーブルの上に「小人のしゃべる生首」が置いてあるように見えた。
「まあまあ、お父様ったら。我が家にお出で下さるのは本当にお久し振りですね」
エーミーは湯気の立つコップを運んでシャルロの前に置き、奥の長椅子へ移動して自分も座った。篤樹の学生服を
「我が家ほど
シャルロはテーブルを囲み座っている1人1人に視線を向ける。
「客人アツキよ。『別の世界』というのは勝手も違って色々
篤樹は思わず深々と頭を下げた。シャルロは「長」というだけあって、ある
「そなたの
シャルロはルロエをチラッと見た。
「昨夜、少々お話ししました。
「そうかそうか。ではこれからお伺いに向かう前に、もう少しお話しをしておかねばならぬな」
そう言うとシャルロは篤樹に目を向ける。真面目な話なんだろうけど、あの顔の位置じゃなぁ……と篤樹はふと考えていた。すると、その思いを見抜いたかのように、シャルロが尋ねる。
「さて、今そなたは『聞くべき話以外』に心を向けたであろう?」
「えっ?」
篤樹はドキッとした。いや、別に話を聞く気持ちが無かったわけではなく、ただ長の顔の位置が低すぎるから「生首」に見えて……
「ふーむ……心配じゃなぁ……」
「あの、何がですか? 僕……ちゃんと話しを聞いてますよ!」
篤樹は
「それも良くない!」
シャルロはテーブルの
「湖神様は人の口から出る言葉ではなく、その『思い』を聞かれるお方じゃ。心の中と口から出す言葉が
「あ、はい……」
「……それと湖神様に『決まった姿は無い』ことも忘れてはならぬ」
「え?」
「湖神様は特定の姿をもってはおらぬ。ある者には力強い男性の姿で、ある者には優しく美しい女性の姿で、ある者には恐ろしい
「そう……なんですか?」
篤樹はチラッとルロエを見た。昨夜話した時にはそんな話は聞かなかった。ルロエは腕をギュッと組んで目を閉じている。
「せがれは……ルロエは納得いかんかも知らぬが、そうなのじゃ。ワシがお会いした湖神様とルロエがお会いした湖神様は姿形が違っておったらしい。他の者たちも皆、その
「……はい」
「思いがけぬ姿で目の前に現れた湖神様に
なるほど……ね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
2年生の秋季大会校内選考で、
「篤樹! いいか? びびったら負けだぞ! びびんなよ!」
はいはい、分かってますよ。びびってませんって!
心の中で舌を出しながらも「はい!」と返事をしてトラックに向かう。アップをしている奴の足……あれで同じ中2かよ! 篤樹はスタンドを見た。たかが中学陸上の地区大会決勝とは思えない観客。報道関係者も多数入ってるって聞いたけど、なんだよあのカメラの数……俺らは奴の引き立て役か……
篤樹は少しムッと来た。ここで奴を負かせば自分があのカメラを通してニュースの主役になるのかな……じゃあ、ちょいと本気で走ってみても……
アップをしている同走の他選手に目を向ける。アレ? アイツも良い足してるなぁ……こいつも海外選手みたいな体つきだし……あれ? あれ?
篤樹は秋空の広いトラックの中で立ちすくんでしまった。あれ? なんか俺以外の選手って……みんな優勝狙えるレベルの奴なんじゃないの?
8人同走の100m決勝戦。篤樹は自分以外の7選手と会場の
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よいな? アツキ。ぼちぼち行くぞ」
篤樹はシャルロの呼びかけに応じ、席から立ち上がった。
「……はい」
心臓がドキドキ
ああ、俺……やっぱりびびってるや……
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