第2-1話 旅程変更①

  篤樹あつきゆめを見ていた―――

 何の夢かは分からない。家族や友人がたくさん出てきたような気もする。 ぼけて、まどろんでいる よう不思議ふしぎ目覚めざめから、段々だんだんと「 現実げんじつ雰囲気ふんいき」を理解する 意識いしきに切りわり始める。

 だが、意識が回復を始めた 途端とたん「ズキン!」とむねはげしいいたみを覚えた。


  ッ!……何だ? ここはどこだ? 何をしてるんだっけ?


 感じた痛みのお陰でハッキリと意識を取り戻し、篤樹は目を開く。 異常いじょう光景こうけい……異常な体の 感覚かんかく……


 バス? あ、修学旅行だった……。ん? 何で……


 篤樹の目に うつったのは、座席ざせきが不自然に かさねられたような「かべ」だった。いや……体の 方向感覚ほうこうかんかくから言えば、椅子いすめられた「ゆか」のようにも見える。


 自分が前の座席の背もたれの うらに「うつせ」になっている状態だと気がついた篤樹は、体を動かそうとし、足が何かに 固定こていされている事に気がつく。腰の あたりにゆるめていたシートベルトから、すり けるような状態で両足が引っ かっていた。どうやらバスは前方が下向きになる形で「立っている状態」なのだと気が付く。


 バスの「前方に落ちないように」気を付けながら、篤樹はゆっくり足を き、前の座席の背に四つ い状態になる。


 あれ? バス、どうしたんだ? 


 篤樹は光が し込んでくる「上」に顔を向けた。バスの後部窓のガラスは くだり、大きく開いている。


 とにかく外に出なきゃ……


 最後部座席の裏によじ のぼり、スッポリ開いている後部窓から篤樹は頭を出そうとし、もう一度「下」を のぞき込んだ。座席やカバンや……クラスメイトが からみ合うように、車内のいたる所で引っ かっている。誰かのうめき声や泣き声も聞こえる。


 ガン! ゴン!


 「下」から激しい音が聞こえた次の 瞬間しゅんかん、車内に引っ掛かっていた座席やカバンや……クラスメイトたちが「下」に落ちていくのが見えた。どうやらバスの前の大きなガラスも け落ち、そこから車内のモノが落ちていってるらしい。


「…… 篤樹あつき?」


 バスの中ほど座席の かげから、誰かの顔が見えた。 磯野真由子いそのまゆこだ。こちらを見上みあげている。だが次の瞬間、その「顔」は座席と共にぐるりと回転して下に落ち、運転席横の鉄の棒に引っ掛かるようにして止まった。

 磯野真由子は椅子に座ったまま、真っ直ぐ前を見るように篤樹を見上げている。 恐怖きょうふえるように、 両腕りょううでで「あの手提てさげカバン」をギュッと にぎめているのが見えた。不思議な時間……不思議な光景……。ほんの数秒もないその瞬間が、篤樹にはとても長く感じられた。


 バコン!

 

 再び はげしい破壊音はかいおんが聞こえると同時に、篤樹は自分の体が「フワッ」と浮き上がる感覚に おそわれた。エレベーターが下に降り始めるような……いや……遊園地の 絶叫系遊具ぜっきょうけいゆうぐで体験するような「突然の落下」で、体が空中に取り残されるような 浮遊感ふゆうかん……

 篤樹は、自分の身体が破れたバスの後部窓から、ゆっくり車外に出ていくのを感じた。


 落ちてるん……だよな?


 まだこちらを見上げている真由子とは目が合ったままだ。しかし、 視界しかいはしで、バスがゆっくり自分から離れ「前に向かって」落ちていく姿を見ている。

 だがすぐにバスが篤樹に向かって 急接近きゅうせっきんしてきた。バスの先頭部せんとうぶが先に『着地』したのだろうか? 落下の一瞬の間に篤樹の体の位置はバスの後部窓枠まどわくから少しズレていたようだ。篤樹は、近づいて来た車内に再び戻ることなく、後部窓枠に体が引っ掛かるように当たると、今度はバスから完全に ね飛ばされた。


 痛ッ!


 車体に身体を打ちつけたショックで、篤樹は再び意識を失ってしまった―――



◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 顔に 不快ふかい感覚かんかくを覚える。


 何だろう……虫……?


  篤樹あつきはハッとび起きた。左右の ほほい歩く「何か」を払い落とすように両手ではたく。


 何だ!? 虫?


  見慣みなれない黒い小さな「物体」が付着した手の平を。篤樹はジッと確認する。足に い上がったありを、とっさに たたいてすりつぶした残骸ざんがいのようなその「物体」は、まだかすかに動く部分もある。とにかく気持ち悪いので両手をすり合わせ、全てをはたき落とす。


 ……あ、バスは?


 篤樹は上半身を起こし、辺りを 見回みまわした。

 そこはまるで、良く 整備せいびされた公園の芝生しばふ広場のような場所だ。でも何となく くさい……

 学校の運動場くらいの広さはあるだろうか?  円形えんけいの芝生……草むら? 周囲は360度ぐるりと木々に かこまれている。目に入るのはただそれだけだ。落ちていった座席や 荷物にもつや……クラスメイトたちの 姿すがたもない。篤樹は上を見上げた。


 どこから落ちたんだろう?


 今度はその場で空を見上げながら、ぐるりと木々の上の空を確認してみる。しかしそこには青い空しか見えなかった。

  不意ふいに左前腕に痛みを感じ、右手でそこを おさえる。学生服のそでに穴が開いているのが分かった。

 袖をそっとまくってみる。中に着ていたのが 半袖はんそでのポロシャツだったおかげで、簡単に傷口を確認する事が出来る。

 傷口の表面はもうかわき始めていたようで、学生服の袖をまくる時に一部がれたのか、新しい血の「 たま」が浮かんで来ていた。

 身体全体に打ちつけたような痛みが走る。篤樹はそのまま、見える限りで 怪我けがの有無を確認した。出血しているのは左腕だけのようだ。自転車で転び、道路に体を打ちつけた時のような痛みを全身に感じるが、動かせない部分は無い。


  骨折こっせつとかはしていないみたいだな。良かった……。とにかく生きてるんだ……でも……


だれかー! 誰かいなーい?」


 篤樹は大声で叫んだ。しかし辺りからは何の反応も返って来ない。 おだやかな風が時折ときおり右から左からスッと ける以外、全く、何の 気配けはいも無い。

 おへその まわりをグッとつかまれるような不安を、篤樹は突然感じた。とりあえずその場に ひざかかえて座り込み、両腕に両目を押し当て目を閉じてみる。


 何だろう? 何だろう?……これって……何だろう?!


 頭を何度も らし、眼球がんきゅう圧迫あっぱくするように腕に押し当てる。考えても考えても何も思いつかない。

 

 バスは高速道路を降りて国道を通り、 とうげを越えるコースに変更した。ガイドさんが「もうすぐ撮影ポイントの橋を通過するから、写真係さんはスタンバイどうぞー」とか言ってた。その後……そうだ、大きな音と 衝撃しょうげきがあった。窓の外に別のバスが見えたんだ。それと大きなトラックが……そうだ。僕らが乗っていたバスはあの 峠道とうげみちの絶景ポイントで事故に ったんだ! そして…… がけから……落ちた?


 篤樹は「ガバッ!」と顔を上げる。眼球を強く腕に押し当てていたせいで、目の前に丸い光の がいくつも「フワフワ」と かんでいるようだ。両手で目をこすり、 視力しりょく回復かいふくするのを待ち立ち上がる。


 崖は? 落ちた崖はどこだ?


 篤樹はもう一度あたりを見回した。

 広場を囲む木々が 邪魔じゃまをしていて見えないわけではない。あれだけの高さの峠道だったのだから、崖の下から見上げれば空を おおかくすくらいの崖壁がいへきが見えるはずだ。

 ……しかし、林の木々の上には「広がる空をさえぎるような がけ」はどの方向にも見えない。


 え? 俺って……事故現場から誰かに 拉致らちられた……とか?


 状況が飲み込めない篤樹は、呆然としながらテレビでよく観る「ドッキリ番組」を想像した。どこかにカメラが 仕込しこんであるとか? 周りをもう一度見回す。ドローンで撮ってるとか? 空も見回す。しかし何も 人工物じんこうぶつを見つけることは出来ない。


 そりゃそうだよな……。一般人に怪我をさせるようなドッキリなんか、あるワケないもんな……。でも、じゃあ……ここは……


「誰かー! 助けてくださーい!」


 大自然の中での孤独と 静寂せいじゃくえ切れなくなった篤樹は、もう一度大声で叫ぶ。だが、応じる者は誰もいない。 あたりは「キーン!」と耳鳴りがするような静寂に包まれたままだ。


「ウヴォー!」


 その静寂を やぶり、突然、空気を揺らすほどの大声が響き渡った。篤樹は飛び上がって驚き、その場にしゃがみ込む。


 なんだ? あの大きな音は?


 吹奏楽部の 小平洋子こだいらようこが、全開で吹き鳴らすチューバのような大きく響き渡る低い「音」に、篤樹は文字通り腰を かしてしまった。足に力が入らない。体中の 関節かんせつがブルブルと震えるのを感じる。 こわい。でも一体なにが……


 「音」が聞こえた方角の木々が揺れ始めた。やがて「何か」がこの広場に出てこようとしているのを篤樹は感じ取る。


 何だ?  大きい……ぞう


 木々の間に見え かくれする大きなかげを、篤樹はジッと目で追いかけた。「それ」は広場の 境目さかいめに立つ2本の木をなぎ倒し、 突如姿とつじょすがたを現した。

 

 3mほどの背の高さの「巨人」……小さい頃に父さんと観たアニメなら「小型」ってサイズかもしれないけど……でもやっぱりデカイよぉ! それに服着てるし……

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