第15話 町2
「ほら、お兄様、これどうぞなのですっ!!」
「んぐっ!!」
レシオの呼吸が一瞬止まった。咄嗟に中に物を吐き出そうとしてしまったのだが、口の中に広がる肉汁と何とも言えない香ばしい香草と肉の香りに、口内が勝手に咀嚼を開始する。そして無言でもぐもぐすると、口の中の物を喉の奥に押し込んだ。名残惜しそうに唇を舐めると、手のひらを額に置いた。
「うっ、美味過ぎる……。なんだこれ……。絶対にフォークが止まらんやつじゃないか……」
自分が口にした物の存在に、レシオの中で最上級の称賛を与えた。先ほどの味がまだ残っていないかと、舌で口の中を探っている。
兄の前に、刺さる物がなくなったフォークを持ったティンバーが立っている。その表情は、自分が作ったわけでもないのにドヤ顔だ。
「ほら、美味しいでしょう、お兄様。お店の人が、さっきの香草をまぶして焼いたお肉を、試食用に下さったのですっ」
「まじか……、俺の求めていた味は、ここにあったというのか……。帰ろう、今すぐ帰ろう。そしてめっちゃ肉焼かせよう……、肉パしよう……」
「ちょっ、ちょっと、お兄様っ!! 本来の目的を忘れてはいけないのですっ!」
「もういいだろ、伯母さんなんて。帰って肉食おう、肉」
「だからお兄様っ! 馬を引いて戻ろうとしないでくださいっ!!」
馬を引いて、本気で元来た道を引き返そうとする兄を、ティンバーが慌てて引き止めた。妹に行く手を塞がれ、小さく舌打ちをするレシオ。よほど、香草焼肉が美味しかったらしい。
ハルから分けて貰った香草の香りを楽しみながら、ティンバーは彼と店主とのやり取りを思い出した。
「ハルは、この店の常連さんなのですか?」
「常連という程ではないが、何度かあの店で買い物をしていてね。店主が顔を覚えていたみたいだな」
彼的には常連とまでは思っていないようだ。一方的に店主が、何度か来た彼の事を覚えていたのだろう。まあ、綺麗な顔立ちをしている少年だ。印象に残っていても不思議はない。
肉パの誘惑を断ち切れないハルは、何かに取り付かれたような空ろな目でハルのフードを引っ張った。
「先ほどの香草のお金ですけど……、あなたは魔界の通貨も持っているんですね」
「あっ、ああ……、少しだが……。ありふれた物を売って、こちらの通貨に変えている」
「……という事は、俺も何か売ったらあの香草が買えるということですね」
「……その為に、『道』を使う許可が出るとは思えないがね。……と言うかレシオ、君、目がやばいぞ……」
被害者はどっちだと言わんばかりに頬を引きつらせながら、ハルはレシオの手からフードを取り返した。その後、ティンバーから、城に戻ったら香草で肉パをする約束を取り付けたことによって、ようやくレシオがいつもの状態に戻る事となる。
「さて、寄り道してしまったな。ここを真っすぐ行けば、魔界の城だ」
ハルが向けた視線の先には、魔界とは思えない茶を基調とした美しい造形の城がそびえ立っていた。魔界に降り立った時に見た時に予想した通り、非常に大きな建物だ。城の周りには花が綺麗に咲き乱れており、鮮やかに彩っている。その辺も、魔王が住む城とは思えない一因だろう。
「あの中に、ミディ様がいるのですね……」
ティンバーが少しだけ緊張した様子で、城を見上げる。
「そうだな……。でもあれだけ大きな城だ。やみくもに探しても、見つかって捕まるのがオチだろうな。そもそもこの城の中にどうやって入るか……だな……」
レシオは唇を噛んで唸った。父親から、器用だからちゃっちゃっと出来るだろうとか言われたが、正直器用で何とか出来るレベルではない。
一応国王命令であり、もしかすると何とかなるかもしれないという軽い気持ちでやって来たが、いざ城を目の前にすると途方に暮れてしまった。
いつもの調子と違う、深刻そうな二人の様子を見て、ハルが口を開いた。
「まあとにかく、城の前まで案内する。付いてきてくれ」
「了解です……、ハル隊長……」
「了解なのです……、ハル隊長……」
「……君たち、感情の起伏が激しいな……」
いつもと違う、テンションダダ下がりの2人を見ながら、ハルは一つため息をついた。
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