第11話 質問

 二人は少しの間無言だったが、ふと獣退治の事を思い出し、ハルに尋ねた。


「それにしても、獣退治の際のハルの剣、凄かったですね。あの首を切り落とすなんて、中々出来る事じゃないですよ」


「大したことはしていないつもりなんだが……、でもありがとう」

 

 謙遜しながら少し恥ずかしそうに俯くと、ハルは褒めてくれた礼を小さな声で口にした。

 あれだけの獣の首を切り落とす剣術を持つ彼の、少し軟弱そうに見える態度に、レシオの頭に再び疑問が沸いた。剣を握る彼の姿、そして今目の前にある線の細い身体を見ながら、しばしの間考えていたが……、


「なっ、なななっ、何をするんだっ!!」


「いやあ……、それだけ凄い剣技を持っているくらいだから、どのくらい鍛えているのか、ちょっと筋肉を触らせて貰おうと……」


 手を振り払われた格好のまま、レシオは止まっていた。何故なら、筋肉を確認する為ハルの二の腕を掴んだのだが、電光石火ごとき速さで振り払われてしまったからだ。不意に掴んだとはいえ、あまりにも相手が驚きすぎだったため、逆にレシオが驚いて固まってしまったのだった。


 ハルはハルで、捕まれた二の腕を庇いながら、彼から距離をとっている。その表情は、レシオには焚き火の光だと思われて分からなかったが、恥ずかしさで真っ赤になっていた。よく見たら、額の端に汗が流れているのが分かっただろう。


 突然二の腕を掴まれたハルは、どもりながらもレシオに抗議の声を上げた。


「だっ、だっっ、だからと言って、あっ、あっあっ相手の意志を確認せず、勝手に触って来るのはどうなんだ!!」


「そんな恥ずかしがる事ないじゃないですかー。野郎同士なんですから」


 レシオはひらひら手を振って、軽く返す。彼には、ハルが二の腕を触られ、何故それほど慌てるかの理由が分かっていない。

 自分の行為の深刻さを理解しない王子に対し、ハルは視線を外すと目を伏せ、歯を食いしばっている。めちゃくちゃ何か言いたそうだ。だがその表情とは裏腹に、掴まれた二の腕を片方の手でぎゅっと握り、小さな声で反論した。


「だっ、だが……、事前に言って貰わないと、心の準備が……」


「あはははっ! ハルって意外と乙女なところがあるんですねー」


「……レシオアーク」


 駄目だこいつ、早くなんとかしないと。


 王子の名を呼ぶハルの冷酷な視線は、確かにそう物語っていた。次の瞬間、レシオの身体は彼の意志とは関係なく土下座をしていた。


「すんませんっっ!! 調子乗り過ぎましたあっっ!!!」


「……分かればいい」


 腕を組み、少し上から目線でハルは奴のこれまでの行為に許しを与えた。慈悲深い。そして深く呼吸をして気持ちを落ち着けると、レシオに顔を上げるように促し、先ほどと同じ場所に収まった。


 許しを得る事に成功したレシオは、またハルの怒りが再熱しないように、さっさと話題を変えた。


「ハルは、普段は何をしているのですか?」


「家の仕事の手伝いだ。主に父の仕事を手伝っている」


 魔界へ繋がる『道』の案内人をしているにしては、いたって普通の回答だった。特に突っ込むところもなく、レシオは質問を続ける。


「そうなんですか。という事は、将来はハルが家業を継ぐという事ですね?」


「まあ、そうなるかな。……君はどうなんだ? 第一王子なのだから、将来君がエルザ国王になるのだろう?」


 この言葉に、レシオは少しうんざりした表情を浮かべた。ため息をつくと、三角座りをして両腕で膝を抱えると、焚き火へ視線を向けた。


「一応、そう思っていますけど、そんな先の事、まだ分からないじゃないですか……。正直、父も僕も第一王子が国を継ぐ必要はないって思ってますし」


 意外な回答に、ハルの片眉が上がった。レシオのぼやきは続く。


「でも周りは、『未来の国王』だとか言って、これからの為に、将来の為にってうるさく言って来るからめんどくさいですよね。皆、『これから』とか『未来』とか『将来』とか、見えない時間に対してあれこれ心配し過ぎだと思うんですよね」


 こんな性格の彼なので、城の者たちはレシオのこれからをいつも心配していた。しかし彼にとっては正直、余計なお世話だった。いつも口うるさく言われ、心配から様々な手を掛けられ、息苦しさを感じていたのだ。


 話の流れから、いつも心の奥底で抱いていた不満が思わず飛び出し愚痴ってしまった為、レシオはハルに謝ろうとした。彼も、自分のこんな話を回答として求めていたわけじゃなかったはずだ。しかしハルのどこか思いつめた表情を見て、その言葉を飲み込んだ。


「……分かる気がするよ、君の言っている事が」


 ぽつりと漏らすハル。握った両手を見つめ、少し俯き加減で口を開く。


「僕も周りから、父の跡を継ぐことを心配されていてね。皆、未来の心配ばかりだ。そして……、僕もね」


「あなたも……ですか?」


 思いもよらぬハルの告白に、レシオは水色の瞳を見開いた。


 適当な自分ならともかく、しっかりしているハルが周囲に心配されるなど、何が理由なのか不思議に思う。もうそこまでいくと、ハル個人的な能力と言うよりも、仕事の難易度がハードモード過ぎるのではないかとすら思ってしまう。


「ああ。不安なんだよ、将来の事を考えるとね。こんな僕が父の跡を継いでいいのかって……。だからあまり考えたくないんだ。これから先の事を」


 ハル自身は、自分の能力が劣っていると思っているらしい。

 そんな彼を励ますように、レシオはいつも自分を前向きにする為に考えている事を伝える。


「でもまあ、嫌でもその時は来るんですから、今悩む必要はないですよ。悩むのは、未来の俺たちに任せたらいいんです。明日の俺たちはきっと、昨日の俺たちよりも賢いでしょうから」


「君は面白い考え方をするな」


「まあ……俺の場合は……、昨日から全く進歩してないってティンバーに怒られるんですけどね」


 から笑いを上げ、レシオは後頭部を掻いた。自分を元気づけようと、自虐ネタを披露してくれたレシオを、ハルは笑みを浮かべて見つめる。


「……やはり君は優しいな」


「ふふふっ、そうでしょそうでしょ。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」


「……前言撤回だ」


「すみませんでしたっ!!!」


 土下座まではいかないが、レシオが物凄い勢いでハルに頭を下げた。

 そんなレシオの様子に、ハルは小さく噴き出した。初めてハルが吹き出した姿を見て、レシオも少し嬉しくなって笑った。焚き火のはぜる音と共に、二人の小さな笑い声が響き渡った。


「……君が想い人に会えることを、心から祈っているよ」


「ありがとう、ハル。お互い、上手くいくといいですね」


「……ああ、そうだな。君ももう休め。見張りは僕がするから」


 ハルはもうレシオを見ていなかった。ただ、火が小さくなりつつある焚き火に小枝を投げ込むと、じっと炎を見つめていた。


 レシオはハルの勧めに応じ、寝袋に入ることにした。横になると、焚き火の前に座るハルをぼんやりと見る。

 ちらちらと揺らめく炎が、彼の顔を照らす。物思いにふける彼の顔は、昼間の彼の表情とは違って、どこか艶めかしい。その横顔はまるで、


”……女……みたいな顔してるな。まあ、ハルは元々綺麗な顔立ちをしているし……でも”


 レシオは右手を見ながら、先ほど掴んだ二の腕の感触を思い出す。


”あんな凄い剣技を繰り出すにしては、あまりにも柔らかかったな……。鍛え方が……足りないのか……な……?”

 

 そんな事を思いながら、レシオの意識は眠りへと誘われていった。意識が途切れる時、遠いどこかの記憶が誰かの言葉を蘇らせた。


『……ありがとう、君は優しいな……』


 それはハルの声にとても似ている気がした。何故か嬉しくなり、レシオは口を緩めるとそのまま意識を眠りの奥底へを沈めた。


 しかし次の日の朝、その記憶はレシオの中からすっかり消えてしまっていた。

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