第7話 正体

「きゃあああああ――――! スタイラス様あああ――――!! 御久しゅうございますぅぅぅ!!」


 この黄色い声は、ユニ……、だけではない。

 スタイラスを連れて城に入った彼らを迎えたのは、ユニを筆頭とする女中たちの歓迎の悲鳴だった。


 幼い女中頭の後ろには大勢の女中たちが列をなし、スタイラスの帰還を歓迎している。


「ユニ嬢、それに皆も息災か? しばらく会わぬうちに皆、益々美しくなりおって、口説きがいがあるというものじゃの」 


 この言葉に、女中たちが示し合わせたかのように一斉に喜びの悲鳴を上げた。

 とにかく、きゃーきゃー煩い。


 スタイラスを取り囲む女中たちの姿を見ながら、ジェネラルは大きなため息をつき、まだ状況の把握できていないミディに説明をした。


「本当に迂闊だったよ……。ミディの話を聞いた時、あの方の存在を真っ先に思いつくべきだったのに……」


「……一体何なの、あの人は」


 相手が2代前の魔王妃だったと知っても、ミディの態度に変化はない。得体の知れない者をみるかのように、訝し気に視線をスタイラスに向けている。


 彼女の反応はごもっともだとばかりに、ジェネラルは呆れた様子を見せながら、その疑問に答えた。


「スタイラス様には変わった趣味があってね……」


「変わった趣味?」


「男装だよ」


「……え?」


「男装して、城内の女性たちを口説いてその反応を見るのが好きなんだ……」


 スタイラスは普段、魔界の城から少し離れた離宮で暮らしている。

 たまにフラッと男装して現れては、女中たちを口説いて自分の魅力に落ちるのを見て楽しむという、本人曰く『高尚な趣味』を嗜んでいるらしい。


 散々辞めてくれとジェネラルが抗議しているのだが、全く効果がない。元凶に言っても改めない為、女中たちに注意喚起を行っているほどだ。


 まあ女中たちは、スタイラスが女性という事を知ってなお、その魅力にハマり、こうして大喜びしているわけだが……。


 その辺が、ジェネラルには理解できない世界らしい。

 

 最近は大人しくしており、ジェネラルの心配事からも外れていたのだが、どうやら風の噂で、四大精霊の祝福を得たプロトコルの王女を攫ってきたという話を聞きつけ久しぶりにやって来たのだろう、とジェネラルは続けた。


 歴代の魔王妃の中でも強い力を持つ彼女なら、転移魔法を自由に扱う事など朝飯前だろうと、心の中で思い返す。


「……もう訳が分からないわ……。魔族ってそういう者ばかりなの?」


「いやいやいや!! あの方は特殊中の特殊だよ……。そこに僕らを含めないで欲しいんだけど……」


 全ての魔族を、スタイラスのような特殊趣味の持ち主とひとくくりにされそうになり、ジェネラルは慌てて全否定した。


 こんな困った趣味を持つ祖母と同じにされては、自分を含めた他の善良な魔族たちも大迷惑である。


 部屋につくと、ミディの侍女であるユニを残し、スタイラスは女中たちを仕事に返した。そして上機嫌な様子でジェネラルの横に座り、満面の笑みを浮かべ孫に話しかける。


「ジェネ坊、その姿、ほんに久しいのう」


「……だから、ジェネ坊は止めてくださいって、何度言ったら分かって下さるんですか……」


「何をぬかすか。妾から見たらまだまだ童じゃ。それに何かこの呼称に問題でもあるのかの?」


「問題というか……、何か恥ずかしいじゃないですか……」


 ごにょごにょと口を濁しながら、ちらっとミディの方を伺っている。


 あれだ。

 男の子が小さい時に親から名をちゃん付けで呼ばれ、その呼び方が大きくなっても続き、友人等に聞かれて恥ずかしい思いをする、という類の恥ずかしさを、ジェネラルは感じていたのだ。特に、ミディには知られたくなかった。


 しかし、相手はあの濃いキャラの祖母だ。こんな言葉で簡単に改めてくれるわけがない。ジェネラルは早々に諦めた。


「それにしても……」


 スタイラスは、目の前の王女に視線を向けた。


 今回一番の被害者であるミディは、真相を知りさらなる怒りを抱きながらスタイラスに視線を向けている。ジェネラルなら慌ててミディの機嫌を取りに行くだろう、怒り度合だ。


 怒りの籠った視線の強さに、何故か嬉しそうにスタイラスはユニに話しかけた。


「ユニ嬢、見よ。ミディローズ嬢の妾の正体が分かってからも態度を微塵も変えぬ、あの鋭い視線を」


「おっしゃる通りですわ、スタイラス様」


「他の女中たちは皆、妾の魅力に骨抜きになっておったものじゃが……、あの娘だけじゃ。全く動じないばかりか、せっかく近づいてやった妾に離れろと拒絶すらしたのは……」


「あら、そうなのですか。でもスタイラス様、とっても楽しそうなお顔をされておりますわよ?」


「ふふふっ、分かるかユニ嬢。あの塩対応には痺れるモノがあっての。あの美貌で睨まれ、冷たい言葉を吐かれる度に、ゾクゾクしたものよ。だから思わず、嫌がられるようなことばかりしてしまってのう」


「ああ、分かりますわ! 私も良く、ミディ様のお怒りになるお顔が見たくて、怒らせてしまう事がございます!!」


「あなたたちね……、いい加減にしなさい――――!!!」


 ミディの絶叫が響き渡った。二人の変態的会話に、耐えられなくなったのだろう。

 怒り心頭のミディを、ユニがなだめに掛かる。


 キャーキャー騒がしい部屋の中、ジェネラルは心を無にして目の前の事態が自然と収束されるのを待つ事にした。


 この場を収めるのは自分には無理だ。そう心が告げている。


 その時、不意にスタイラスが席を立ち上がると、ユニと言い合っているミディの後ろに立った。そして彼女の両肩に手を置くと、どこか宙に視線を向けているジェネラルに向かって少し企みを含んだ笑みを浮かべた。


「まあそういうことじゃから、少しミディローズ嬢を借りてゆくぞ、ジェネ坊」


「え? そういう事って……? お、おばあさま! 待っ……」


 しかしジェネラルが言葉を終える前に、スタイラスが呪文を唱える方が早かった。


 次の瞬間、部屋からスタイラスとミディの姿が消えた。

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