第121話 結婚式
この時期になると、吹き抜ける風に冷たさを感じるようになる。
空は厚い雲に覆われる日が多くなり、人々は、冬の訪れを感じ、長い寒さに耐えられるよう準備を進める。
だがこの日。
空には雲一つない青空が広がり、春を思わせるほど暖かい。
「四大精霊の祝福……? まさかな」
窓から、人々が集まっている地上を見下ろし、メディアは呟いた。
今日は、結婚式。
城下には、王女とその夫を祝福しようと、大勢の人々が集まっている。
祝福を与えた王女の意識を封じ、自由を奪っている元凶との結婚式に、四大精霊が祝福を与えるものかと、自虐的に笑う。
今日の式に、エルザ王と王妃の姿はない。体調不良を理由に、二人とも監禁している。
キャリア王妃だけは出席させる予定だったが、心労から本当に体調を崩し、長時間座っていられるのも怪しい状態だった。
王不在の中、式が結構されるなど前代未聞だろうが、メディアが今まで積み上げてきた信頼の高さがなせる業だろう。
メディアは、これから始まる式の為、純白の甲冑とマントに身を包んでいる。甲冑の至る所に黄金で縁取られ、胸元にはいくつもの宝石があしらわれていた。
防具ではなく、装飾を意図した作りとなっているようだ。
そして腰には、いつも身に着けている短剣と、儀礼用の剣がさしてある。剣を身に着けて結婚式に出るというのは、エルザでは一般的で、これから妻、そして家庭を守るという意思を表しているのだ。
メディアの準備は、出来ていた。今は、ミディの準備に追われているため、この部屋には誰もいない。
王女の準備が整うまで、メディアはこの部屋で待機していた。
ジェネラルの侵入を許したあの事件から、数カ月。
結局、あの少年の行方は分からなかった為、どこかで死んだのだろうと結論付けられた。
例え、町の者がジェネラルを保護しても、手配書が回っている為、すぐに連絡が来る。それ以外にも、あらゆる場所に偵察の目を置いていたが、それにも引っかからなかった。
彼がそう判断するのも、自然だった。
一番心配していたモジュール家の兄弟も、今は大人しくしている。
ミディとの結婚を知り、探りを入れる為に動くのはモジュール家だと踏んでいた。
その為、モジュール家から密偵としてエルザ城に入り込んでいた者たちは、数年かけてほとんど排除している。残る者たちは、監視を付けるか動けないように仕事を与えている為、城内の情報がモジュール家に渡ることはない。
ここ数カ月間、モジュール家に動きがあったことは連絡を受けている。
こちらを探っている事も分かっている。上手くいけば、エルザ王国に対する反逆を企んでいるとして、潰すことも計画していたが、そこまで相手もボロを出さなかった。
あの二人も、今日の結婚式に参加する予定だ。
この日の為にモジュール家からは、祝いの品が山のように届いている。
自分を嫌い、痛烈な言葉を投げつけてきたあの二人が、今日祝いの言葉に何を述べるのだろう。
その時の事を思うと、メディアの表情に意地悪い笑みが浮かぶ。
“どちらにしても、式中に手を出そうなど、モジュール家と言えども出来るわけがない”
腰にさしている儀礼用の剣に触れ、メディアは確信していた。
結婚式は、四大精霊の前で永遠を誓う、神聖なもの。
その神聖な儀式に何かしようものなら、四大精霊を冒涜したという事で、あらゆるところで非難され、一生後指差され生きていかなければならなくなる。
もちろん、権力を持つモジュール家であっても、然り。
「メディア様、準備が整いました」
ノックと共に、部屋の外から侍女の声が聞こえた。
ようやく、ミディの準備が終わったらしい。
メディアはもう一度、窓から地上を見下ろした。
城門には、先ほど以上の人々が集まっている。
自分の障害になるものは、何もない。
メディアは、笑い出したくなる衝動を堪えつつ、扉に向かった。
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