第82話 告白
ちょうどその時。
「ミディ王女、少しよろしいでしょうか?」
ノックと共にドアが開き、バックが顔を出した。
ミディとジェネラルが同時に、彼の方を向く。
戦いが終わったバックは、鎧を脱ぎ、本来の姿に戻っていた。
くせのある赤毛は耳の当たりで切り揃えられ、鍛えられた体の割には少しこけた頬や顎には、無精ひげが生えている。
フィードの兄とあって、茶色い瞳や口元は妹とよく似ている。
バックはミディが王女と分かり、彼女に対する言葉や態度を王族への態度に変えた。
そこがミディにとっては少し不満らしい。
「何度も言っているけれど、言葉遣いも態度も、以前のままでいいのよ?」
「いえ、そういうわけにはいきません。ミディ王女」
バックは頑なにミディの申し出を断った。このやりとりも、何回目だろうか。
何度言っても改めないバックに、ミディもとうとう諦めたようだ。小さく息を吐き出すと、青年の用件を聞く。
「どうしたの? もう、攫われた人たちからの聞き込みは終わったの?」
「はい、ほぼ終わりました。後は、それぞれ住んでいた場所に送り届けるだけです」
「そう。仕事が早くて助かるわ、ありがとう」
仕事の早いバックに、ミディは微笑んで礼を口にする。
バックは慌てて膝をつき、ミディの礼に頭を下げた。
“バックさん……、そんなにミディへの態度変えなくていいのに……。ミディを助けてくれたんだし”
頭を下げるバックの姿を、ジェネラルは複雑な心境で見守っていた。
バックが以前のような態度で接しても、ミディは全く気にしないだろう。
バックの態度が無礼だというなら、自然体すぎる対応をしているジェネラルなど、何度罰されているか分からない。
まあ、王女の鉄拳を食らう罰は受けてはいるが……。
そう思う反面、バックの変化も仕方がないと思う。相手はこの国の王女なのだ。
いくら「あれ」な性格でも、何が王族に対して無礼になるか分からない。彼が慎重になるのも納得がいくことだった。
ミディにもそれは分かっているのだろう。
だからこれ以上バックの態度について、元に戻るように強いる事はしなかったのだ。
王女は、跪くバックの前に立つと、彼に顔を上げるように言った。
今、青年の前に立つミディは、共に戦った戦友ではなく、エルザ王国王女―—ミディローズであった。
「この度の活躍、素晴らしいものでした。私を助け、そしてこの事件を解決に導いたのはあなたのおかげです。バック、あなたに礼をしたいのだけれど、何が望むものはあるかしら?」
今回ミディが屋敷に侵入できたのは、間違いなくバックのおかげだ。もし彼に出会わなければ、解決に時間が掛かっていただろう。
その功績を称え、何か褒美を与えようというのだ。
バックは少し考えて、言葉なく自分を見ているジェネラルにちらっと視線を向けた。
が、意を決して口を開く。
「ミディローズ様の深い温情、心から感謝申し上げます。……もし聞き届けて下さるなら……」
青年の茶色い瞳が、まっすぐミディを見つめる。
「一つ、無礼をお許しいただけないでしょうか?」
「……無礼? いいわ、何かしら?」
思いもよらない希望に、ミディが不思議そうにバックを見つめ返す。
ジェネラルはふと、フィードがミディに対して化け物と言ったことを思い出した。すっと背筋に冷たいものが流れる。
“もしかしてバックさん……、ミディが今まで助けに来なかったことを非難するんじゃ……”
今回の事件がミディの耳に届いていなかったことは、フィードもバックも知らない。国に裏切られたと思い、国とミディを憎んでいるはずだ。
もしこの恨みをバックがミディにぶつけたら、あのミディでも心に傷を受けるだろう。
それがジェネラルには心配だった。
しかし、少年の心配は杞憂に終わった。
今までミディを王女扱いしていたバックの態度が、一変したのだ。
「すまない。どうしても王女ではなく、共に戦ったミディとして話がしたかった」
そう言ってバックは立ち上がると、ミディの正面に立つ。その表情は真剣だ。
どれだけ態度を元に戻すように言っても頑なだったバックの態度に、少し驚きの表情を浮かべるミディ。
しかしすぐに表情を戻すと、口元に小さな笑みを浮かべ、バックの次の言葉を促す。
「王女……としてではなく……ね。で、話したい事って何かしら?」
先ほどまで王女としてふるまっていたミディの雰囲気が、親しみやすいものに変わる。バックが態度を戻したので、話しやすいようにミディもそれに合わせたのだ。
さあ話せ、と言わんばかりにミディは小さく首を少し傾け、青年の言葉を待った。
バックの瞳が閉じた。
次の言葉を口にするために大きく息を吸い込むと、胸に溜まっている緊張という名の空気を吐き出す。
青年が、自らの気持ちを言葉にして紡ぎだした。
「ミディ、俺はあんたが好きだ」
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