第70話 決心

 コツコツ…… コツコツ……


「ジェネラル、ちょっとは落ち着いたら?」


 うろうろと部屋を歩き回るジェネラルに、フィードが呆れたように言葉を掛けた。


 毎日きちんと食事を取り、満ち足りた生活をしているため、出会った時よりもフィードの顔色はよくなり、頬もふっくらしている。


 フィードの言葉に、ジェネラルの足が止まった。


 そして、ゆっくりとフィードを振り返る。その表情は……、よどんだオーラが見える程、暗い。


「だって……、あれから1週間以上経つのに、全く連絡がないんですよ? 1週間後に、必ず連絡するって言ったのに……」


 語尾がだんだん弱々しいものになっていく。と同時に、背負ったオーラも一段と重くなったようだ。


 その表情を裏切らない暗い声の調子に、


「そうよね……、まあ心配よね……」


 と、フィードの表情も少し真剣なものになった。

 

 小さく唸ると、ジェネラルは再び部屋をうろうろと歩き出した。


 今度はフィードも、止めなかった。

 


*  *  *



 ミディが町を出てから、もう2週間近くになろうとしていたが、連絡は全くなかった。


 1週間後にきっちりと連絡が来るとは思ってなかったので、それ程気にしていなかったジェネラルだったが、日が経つにつれて不安が膨れ上がってきた。


 もし生贄として選ばれなければ、またレジスタートに戻ってくるはずだったので、どちらにしても何か合ったと言うことだろう。


 出会った時の笑顔から一変し、心配そうに表情を曇らすジェネラルから、視線を外すフィード。


 そして、


「……ごめん」


「えっ?」


 フィードの口から漏れた謝罪の言葉に、ジェネラルの足が再び止まった。何を言い出すのかと、フィードの方を見る。


 フィードは俯いていた。きつく唇を結んで、強く握り締めた両手をじっと見つめていたかと思うと、


「あたし、やっぱり村に戻る! そして、ミディがどうなったのか聞くわ!! もし、まだ無事なら、あたしが生贄になる!!」


 勢い良く立ち上がり、ドアの方へ駆け寄ったのだ。

 いきなりの行動に驚きつつも、ジェネラルの体が動く。


「駄目です!!」


 フィードの腕を、ジェネラルが必死に掴んで止めた。


「あなたが戻ったら、何のためにミディが行ったのか、分からないじゃないですか!」


「あんたたちは全く関係ないのよ!? どうしてそこまでしてくれるの!?」


 ジェネラルの手を振り解き、フィードは言葉を続けた。みるみるうちに、表情がゆがみ、今にも泣きそうだ。


「あたし、ミディが行ってくれた時は、正直ほっとした……。もうこれで自分は大丈夫なんだって……。でも、心配するあんたを見てたら、命が助かったはずなのに、物凄く心が落ち着かなくて…気持ち悪くて…。ごめん……、本当にごめんなさい!!」


 今まで、ミディが身代わりになってくれたおかげで、フィードはほっとしていた。しかしこの2週間、心配するジェネラルの姿を見、罪悪感に絶えられなくなったのだ。


 何度も謝罪の言葉をつぶやくフィードを、ジェネラルは安心させるように声をかける。


「フィードさんが、悪いわけじゃないですよ。むしろ、ミディは感謝してるはずです」


「……感謝?」


 意外な言葉に、フィードの視線がジェネラルに向けられた。

 繰り返された言葉に、一つ頷くと、ジェネラルは言葉を続けた。


「でなければ、この事件を知る事が出来なかったんですから。あの人はこの国で、誰かが苦しんでいるのを許せない人なんです。だから…、あなたが村に戻る必要はありません」


 フィードは、何も言わなかった。ただ、彼の言葉をかみ締めるかのように、ぎゅっと下唇を噛んで俯いていた。


 もちろん、ジェネラルがフィードに語った言葉は、本当のことであるし、本心でもある。


 しかし、ミディのことが気になるのも事実。

 

 魔王の心は、決まっていた。


「でも僕、ミディを探しに行ってきます。あなたはここで待っていてもらえますか?」


「……危険だから駄目って言ったって、行くんでしょう?」


「はい」


 一瞬の迷いもなく、フィードの言葉にジェネラルは頷いた。

 彼女の視線が、ジェネラルをまっすぐ見据えた。覚悟を決めた目だ。


「なら、そのまま村に近づいたら怪しまれるわ。ああいう事をしている村だから、よそから来る人間には敏感なの」


「えっ? そうなんですか? じゃあどうすれば……」


 簡単には潜入できないと聞き、ジェネラルの表情が曇った。

 適当に村に入り込み、情報収集をしようと考えていた為だ。これが出来ないとなれば、隙を見て村に忍び込まなければならない。


 しかし、フィードはにやりと笑うと、口を開いた。


「でもね、あの村は若い女性に弱いの。だって、若い女性を川に投げ込んでいる村よ? 生贄を確保する為に、できるだけ多くの女性が村にいてもらった方がいいでしょう? だから、女性が村に来ると歓迎されるの。そこをつくのよ」


「そこをつく? どうやって?」


「化けるのよ」


「はっ? 何にですか?」


 話の先が読めない様子で尋ねるジェネラルの両肩を掴むと、フィードはたくらみを含んだ笑みを浮かべ、言った。


「あんたの女装、凄くいい感じに仕上がると思うんだけど」

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