第68話 化物

「はっ? 生贄? あなたが?」


「声が大きい!! 誰が聞いてるか、分からないでしょ!?」


 おろおろと周りを見回し、女性―フィードは、しーっと唇に人差し指を立てた。


 ここは、ミディたちが取っている宿の1室。

 部屋に一つしかない椅子を女性が座り、同じく一つしかないベッドにミディが陣取っている。


 ミディのそばでジェネラルが遠慮がちに、ベッドの端っこにちょこんと腰を掛けていた。


 フィードの話は、こうだった。



 自分が住んでいる村は、5年前からよく川が氾濫し、村に大きな被害を与えていた。

 それから3年後。たまたま通りかかった『自称』占い師が、


『この川は、四大精霊―水を司るステータスの怒りが集まる場所である。その怒りを収めるには、若い女性を生贄として、この川に投げ入れる必要がある』


と、かなり胡散臭い事をのたまったらしい。


「……普通、そんな事、誰も信じないんじゃ」


 話を聞き、額に皺を寄せながら、ジェネラルが呟く。


 まだ魔界の民なら信じるかもしれないが、魔法を持たないプロトコルの人間たちが、こんな非現実的な事を簡単に信じるとは思えない。


 フィードは、そうでしょ!?と強く頷くと、話を続けた。


「でもね……、氾濫が酷くてね、皆それに縋ってしまったのよ。初めに生贄となったのは、村長の娘だったわ。生贄を捧げた次の日、氾濫は嘘のように治まって……。誰もが信じてしまったわけよ。まあ小さな村だし、外の世界を知らない人が多いから、そういう事を信じてしまう人が多かったのよね。若い私たちにとっちゃ、いい迷惑よ」


 その後、すっかり占い師の言葉を信じてしまった村人たちは、川の水かさが上昇し氾濫しそうになると、若い女性を生贄として、川に投げ入れるようになったのだという。


 この氾濫の不思議なところは、大雨が降ったわけでもないのに、いきなり水かさが増える事らしい。


 その不可解さが、四大精霊の力が働いていると信じた要因になっているようだ。


 そして最近、再び川の水かさが増し、フィードが生贄として選ばれたのである。


 もちろん、生贄になるなど、冗談ではない。


 フィードは両親の手によって逃がされ、命からがらレジスタードの町にたどり着いた。そして疲労と空腹でへろへろになっているところを、ジェネラルに助けられたわけである。


 話に区切りがついた所を見計らい、ミディが疑問を投げかけた。


「氾濫の原因について、あなたたちは調べたの?」


「調べたわよ!!」


 当たり前だとばかりに、フィードが声を荒げた。


 しかし、特別おかしい所はなかったらしい。さらに調べていく中、人が行方不明になったりと奇妙な事が起こり、結局『ステータスの怒り』の一言で、調査は打ち切りになったのだと言う。


 フィードは、両手でぎゅっと汚れたスカートを握ると、


「その行方不明になった人の中に…、あたしの兄がいるのよ…」


 と、悔しそうに下唇を噛み、言葉を付け加えた。

 

 フィードの兄―バックは、数年前に調査に出たまま行方不明になり、今も戻っていないらしい。


 彼女の様子に眉根を寄せながら、ミディが再び疑問をぶつける。


「国には報告しなかったの?」


「したわ!! もちろん、したわよ!!」


 その質問に、少し俯き加減だったフィードの顔が、音が鳴る勢いであげられた。

 その怒りに満ちた表情から、報告の結果が思わしくない事が伺える。


 再び顔を伏せると先ほどとは違い、喉の奥から搾り出すように、言葉をつむぎ出す。


「ミディ王女なら、何とか出来ると思ったのに!! でも、取り合ってくれなかった。そんな事を調査する暇はないって、追い返されたって聞いたわ」


 フィードの発言に、思わず耳を疑ったジェネラルだが、ミディの片眉が少し動いたのを見て、自分の考えが正しい事を確信した。


“ミディには、伝えられてなかったんだ……、この事を”


 多分、彼女たちの訴えは城に伝わっていなかったのだろう。

 きっと、大した事ではないと、途中でもみ消されたのだ。


 しかし、その事がフィードたちに分かるはずがない。

 彼女の怒りは王家へ、そしてミディへと向けられた。


「結局国は、あたしたち貧乏人のことなんて、これっぽっちも考えてくれてないのよ!! ミディ王女だって、王女だからあんな得体の知らない力を持っていてもチヤホヤされて!! 何が四大精霊の祝福よ!! あたしたちから見たら、ただの化け物だわ!!」



 ―――――バケモノ



 叩きつけられたその言葉が、鋭い破片となり、ジェネラルの心に突き刺さった。


 慌ててミディを見るが、ただ一言、


「……そうね」


 と答えただけだった。


 その表情には少し、自虐するかのような薄い笑みが浮かんでいた。

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