第43話 精霊

「とっ、とにかく話を元に戻すわね!」


 ミディは火照る頬そのままに、話を無理やり元に戻した。


「あの二人が争わないようにする為に、私に1つ作戦があるの。それをジェネにも手伝って欲しいのよ」


 ミディが立てた作戦。


 その言葉が頭の中に浮かんだ瞬間、ジェネラルの背中に冷たい汗が流れた。ものすごく嫌な予感が、彼の脳裏で警告を発している。

 固まる彼を見て、ミディは安心させるかのように、にっこりと笑った。


「難しいことじゃないわ。今回は、そんなに暴れるつもりもないし」


「てか、暴れるつもりなの!?」


 やめなよ!とばかりに、ジェネラルは突っ込みを入れた。


 だが、こんな事で止めるミディではない事はよく分かっている。誰が何を言おうとも、自分が決めた事を実行に移すのがミディだ。

 それは、彼女が魔界に乗り込んできた時点で、実証されている。


「とりあえずこの計画を実行するにあたり、あなたの魔法も借りたいのよ」


 ――—魔法。


 この言葉に、ジェネラルはアクノリッジの言葉を思い出した。


 この世界でミディだけが使える、特別な魔法の事を。

 恐らくその魔法は、魔王である自分でも使う事が出来ない代物。


 自然と口が動いた。


「それはミディが使う『四大精霊』の力では出来ない事なの?」


 ミディの表情から一瞬にして笑顔が消えた。


 それを見て、ジェネラルは自分の考えが間違いない事、そして魔法の件をミディが隠しておきたかったことに気付いた。


 少しの沈黙後、再びジェネラルが口を開いた。 


「さっきアクノリッジさんが言ってた言葉から、分かったんだ。ミディの力は、僕たち魔族のように、魔法世界の魔力を引き出したものじゃない。四大精霊の力を使ったものなんだって」


 何故今まで気がつかなかったのだろうと、自らに対し苦笑した。ミディは、これ以上自分の力について隠すつもりはないのだろう。


「魔王のくせに、気づくの遅いわよ。魔法をかける際、呪文の中に四大精霊への願いが込められていたでしょう?」


と、小さな笑みを浮かべ言葉を返した。


 もうすでに表情は戻ってきている。が変わりに、どこか諦めに似た雰囲気を感じ取る事が出来た。


 馬鹿にされたと感じたのか、ジェネラルは言い訳をして自分が悪いのではない事を主張した。


「ミディ。僕たち魔族の魔法は呪文を使うけれど、魔力を形作る為の補助でしかないんだよ。だからミディの場合、四大精霊の名を呼ぶ事で、魔力を形作っていたのかと思ってたんだよ」


 魔法世界から引き出した魔力は、どんな力にでもなり得る。

 そのため、きちんと何をしたいのかを思い浮かべ、その通りの魔力を形作らなければ、正確に発動しない。


 頭の中だけで考えると、色々な雑念などで、上手く魔法が発動しない事が多い為、その補助として呪文があるのだ。  

 呪文を短文化、もしくは必要としないのは、魔法世界を支配するジェネラルぐらいだ。


「でも、本当に四大精霊の力を使っているなんて……」


 自分で言っておきながら、信じられない様子で、ジェネラルは頭を振った。


「そんなに凄い事なの? 四大精霊に力を借りる事は」


 足を組みなおし、驚くジェネラルをミディは不思議そうに見る。彼女に魔法に対する特別な気持ちは全くないようだ。


 王女の何気ない疑問に、ジェネラルは思わず立ち上がり、少し声を大きくした。


「何言ってるのさ! 四大精霊が自分たちの力を貸すなんて、それも自由に使わせるなんて、そんな事ないんだよ!? ミディには分からないだろうけど、四大精霊の力は魔法世界の力とは違うんだ! 治癒の魔法だって、僕の力じゃその人の治癒能力を最大限に引き出す事しか出来ない。けれど、四大精霊の力は癒しの力を相手に与えるから、相手の状況に関わらず癒すことが出来る」


 ジェネラルは一度ここで言葉を切ると、一つ大きな呼吸をした。

 落ち着きを取り戻した心は、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。


「……それはね、僕の中では魔法じゃない。奇跡って呼ばれる力なんだよ」


「……奇跡の力?」


「そうだよ。恐らく、ミディが願えば明日の天気も思いのままだろうね」


「………………」


 ミディは黙って自分の手を見つめている。

 初めて自分の力が魔法の中でも特別な物と知ったようだ。

 今まで、自分の周囲に魔法を知る者がいなかったのだ。当然と言えば当然の事だろう。


 ジェネラルは数歩、ミディとの間を詰めると、真剣な表情で問うた。

 少年の手が、王女の細い腕を掴む。


「ミディ、一体何があったの? 四大精霊が意味なく力を貸すなんて思えないよ」


 ミディの腕を掴む少年の力は強かった。

 少しの間、ミディの瞳が伏せられた。


 何か考えているのだろうが、表情からは読み取れない。


 だが、瞳を開くと、真っ直ぐに自分を見詰める魔王に視線を返し、口を開いた。


「私が生まれた時、四大精霊がやってきて予言されたの。


『世界に、失われつつある秩序を取り戻す、大きな役目を背負っています』


って。その役目を果たす助けとなるように、この力をもらったのよ」


 淡々と、予言について語るミディ。

 そんな彼女とは正反対に、ジェネラルは驚きの表情を浮かべ、何も言えない状態だった。


“世界の秩序を取り戻す役目……だなんて……”


 彼女の言葉に、ジェネラルは何も言えなくなった。


 ミディが託された役目は、彼が想像した以上に大きいものだった。 

 世界の秩序を取り戻す為、四大精霊が力を貸したくらいなのだ。

 恐らくプロトコル全土に関わる危機が、この先起こるのかもしれない。


 だがその危機とは何なのか?


 そして何故、その役目にミディが選ばれたのか?


 あまりにも不確定な要素が多すぎて、ジェネラルにも全く見当がつかない。

 かける言葉が見つからず、どうしようか戸惑っていると、


「ふふっ……」


 小さな笑い声が、少年の鼓膜を振るわせた。

 ミディは小さく噴出したのだ。意外な行動に、一瞬目が点になるジェネラル。次の瞬間、


「っっっっっ~~!!」


 少年が声にならない叫びを上げ、数歩あとずさった。


 魔王の額に、ミディのデコピンが炸裂したのだ。

 脳天を突き抜けるような痛みに、ジェネラルはうめき声をあげている。


 ミディは、苦しんでいるジェネラルの前に立つと、不敵な笑いを浮かべ、きっぱりと言い放った。


「でもそんな予言が、一体何だというの? 何が来ようが、この私が負けるわけないじゃない」


 胸を張り左手を腰に当て、音がする勢いでジェネラルに人差し指を突きつけるミディ。


 とても王女として、蝶よ、花よと育てられたとは思えない、堂々とした姿。

 そして、恐れを知らぬこの発言。 


 これら態度にジェネラルが、


“さっきまでの僕の心配はなんだったのか……。やっぱりミディはミディだったよ……”


と、額を抑えつつ思った事は秘密である。



*  *  *



 ミディから計画を聞かされた後、ジェネラルは解放された。


 いつもならもう眠たくなる時間であるはずなのに、色々なことがあり目が冴えて眠れない。


『そうよ。今も昔も、心を許して話せるのはあの二人だけ。彼らは子どもの頃からの大切な親友なの』


“心を許せる……か……”


 ふとミディの言葉が思い出され、ジェネラルは心の中で呟いた。


 ミディは2人に自分の力の事を話していた。だがジェネラルには、自ら話してくれることはなかった。


 その事実が、少し悲しかった。


 もちろんミディの付き合いは、2人の方がずっと長い。

 だが、ジェネラルだって付き合いは短いが、一緒に旅をしている。


 せめて、初めて力の事を尋ねた時、ちゃんと答えて欲しかった。


 ――例え、自分がミディにとって、野望達成のための駒だったとしても。


「あー、もう考えるのやめやめ。早く寝よう……」


 急に胸の苦しさを覚え、ジェネラルは慌てて思考を現実に戻した。

 掛布団を頭からかぶると、ぎゅっと目を閉じた。



 ジェネラル自身、まだ気がついていなかった。


 ミディに魔法の事を聞く機会はたくさんあったのに、自分が傷つくような返事が返って来る事を恐れ、聞けなかった事を。

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