第63話 犠牲

 途中、何度か敵に見つかりそうになったが、ブライトの経験と指示によりって逃げ切り、2人は何とか中間地点である酒場にたどり着いた。


 罠の心配もあったが、結局他の参加者たちが罠にかかりまくっており、ほとんど残っていなかったのが幸いだった。


「お疲れ様~。中間地点よ! あなたたちが最初よ! ここにチェックして、このブローチを胸元につけてね~!」


 にこやかな笑顔を浮かべ、中間地点担当の女性がジェネラルたちを迎えた。


 ここまでたどり着いた選手を見ようと、結構な数の観戦者たちも集まっている。酒場はジェネラルとブライトの登場で盛り上がり、お祭り騒ぎになっていた。


「かっわいい~。あの子、超可愛くない?」


「この町に、あんな可愛い子いたかしら?」


 少年の可愛さに萌えた女性たちが、瞳に怪しい光を放ちながら、彼の存在を褒め称えている。

 女性たちの反応にどう答えたらいいのか分からず、ジェネラルは出来る限り彼女たちの会話を聞かないように、無反応を貫こうとした。が、


「そこの僕~。後5年経ったら、お姉さんたちと一緒に遊びましょうね~」


 突然、怪しい内容の言葉を掛けられ、ジェネラルの頬が真っ赤になった。内容が内容な為、返す言葉が見つからず、ただ俯いてブライトの後を歩いている。


 今まで全く無反応に見えた少年が急に顔を真っ赤にして縮こまり、周りの女性たちがさらに萌えた。

 可愛い~!という歓声が上がり、可愛さのあまりに身もだえしている姿もある。


 さらなる恥ずかしさに、早くこの場を立ち去ろうとジェネラルは歩みを速めた。

 そこに、よく通る笑い声が響きわたった。


「はははっ、俺だったら5年なんて待たなくても、いつでも相手してやるぜ?」


 側にいたブライトが、口元をきらりと光らせ、ジェネラルの代わりに答えたのだ。

 ジェネラルに声をかけた女性たちに向かって、素敵笑顔を送る。が、


「うるせえよ、ブライト」


「寝言は寝てから言いな」


「てめえ、奥さんいるだろうが!! ちくるぞ、ぼけ!!」


 先ほどまで萌えに萌えていた女性たちが一変。ブライトに対するブーイングと暴言、かなり気になる突っ込みが起こった。


 冷たすぎる視線が、彼に注がれる。

 しかし、ブライトは全く気にしていない様子だ。


 豪快に笑って返すと、受付へ向かった。日常茶飯事に繰り返されている光景なのだろう。


“わー……、女の人、こわー……。てか、ブライトさん、結婚してたんだー…。奥さんはミディローズ杯について、どう思ってるんだろうか……”


 女性たちの、ブライトへの恐ろしすぎる反応を感じながら、ジェネラルはブライトの奥さんに思いを馳せた。

 

 とりあえず、何とか中間地点までやってきたのだと、ジェネラルは緊張で強張った体から力を抜いた。

 そして担当の女性の言葉に従い、名簿にチェックを入れると、中間地点を通った証である銀製のブローチを受け取った。


 休む間もなく、今度は会場を目指し歩き出す2人。


「これで会場に戻れば、いいんですね?」


 横を歩くブライトに、ジェネラルは尋ねた。少年の胸元には、証である銀のブローチが光っている。

 少し明るい声の少年に、ブライトは頷いて返した。


 だが、その表情は少し厳しい。


 素敵笑顔で頷いてくれると予想していたジェネラルは、重要なことを思い出した。


「あっ、もしかして…、僕と優勝争いしなければならないって、考えてます……よね?」


 ブライトとはもともと優勝を争うライバルなのだ。こうして共に行動しているほうが、おかしいのである。

 自分とブライトが敵同士という事を思い出し、みるみるうちに、少年の表情が暗くなった。


 急に口を閉ざしたジェネラルを見、ブライトは小さく笑った。言葉をかけようと口を開いたとき…、


「見つけたぞ! ブライトだ!!」


「こんな所にいやがったのか…。中間地点は通ったみたいだな!!」


「捕まえろ!!」


 馬に乗った敵たちが現れ、ジェネラルたちに向かって突進してきた。


「ちっ、やべえ! 逃げるぞ、坊主!!」


「あっ、はいっ!!」


 走り出したブライトを追い、ジェネラルも駆け出した。


 ブライトはよくこの町の地形について知っている。

 だが、敵は魔法の地図を持っており、上手いことジェネラルたちの前に現れては、少しずつ、とある場所へと追い込んでいった。


 とある場所…、それは…。


「しくじったな…」


 目の前に見える物に対し、ブライトは苦々しく言い放った。


 彼らの目の前には、背の高い壁が立ちふさがっている。2人は敵によって行き止まりの道に誘導されていたのだ。


「さあ、もう逃げられないぞ、ブライト」


 勝ち誇った笑いを浮かべ、敵がジェネラルたちに近づく。


 絶体絶命である。


“駄目だ! もう魔法を使うしか…!”


 近づいてくる敵を見ながら、ジェネラルは左手に意識を集中させた。魔力が集まってくるのが感じられる。足止めの為の魔法を放とうとしたとき、


「坊主、俺がいなくても、大丈夫だよな?」


「えっ? どっ、どういう…」


 彼の言わんとしていることを理解する前に、いきなりブライトはジェネラルを抱き上げた。そして、


「おりゃああああああああ!!!」


 ブライトの熱い掛け声が響き渡ったかと思うと、


「うっわああああああああああああああ!!!」


 ジェネラルの小さな体が、宙を舞った。ブライトが彼を放り投げたのだ。

 少年の体は丁度壁の頂上まで打ち上げられ、上手く頂上の腕一本分ぐらいのスペースに引っかかった。


 ブライトは、ライバルであるジェネラルを助けたのだ。


 熱い男の叫びが聞こえ、ジェネラルは慌てて下を見下ろした。

 そこには敵に囲まれたブライトの姿があった。


 自分に向かってくる敵に蹴り上げ、抵抗している様子が見えた。


「ブライトさん!! どうして僕なんかを!!」


「お前の目的に、男のロマンを感じてな……。応援したくなったんだよ」


 ジェネラルの叫びに、ブライトはふっと小さく笑った。白い歯が、きらりと光る。


 ブライトの魔法の玉を奪おうと襲い掛かる敵に、拳を食らわせると何の後悔もない、明るい笑顔を浮かべ、ブライトは親指を立てた。


「俺のことは気にするな。……行け、ジェネラル!!」


「ブライトさ―――——―——ん!!!」


 ジェネラルの叫び声が、響き渡った。


 次の瞬間、敵の手が、ブライトの首にぶら下がっていた魔法の玉を掴んだ。魔法の玉が、ブライトの体から離れた時、彼の周辺が輝きだした。


 光が消えたとき、そこにブライトの姿はなかった。


 ジェネラルはぎゅっと瞳を閉じると、壁から民家の屋根を伝いその場を離れた。ブライトの最後の姿が、ジェネラルの中で浮かび上がる。


“ブライトさん…、あなたの犠牲は無駄にしないよ…。絶対に優勝するから…、どんな手を使っても…”


 頬を伝う涙をぬぐいながら、ジェネラルは決意を胸に、ゴールである会場を目指し駆け出した。


 ……自分もかなり、この大会の熱い雰囲気に毒されつつあるのも、気が付かずに。

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