クラスごと異世界に召喚されたけど、ここはどう見ても現実世界なんですが?
六葉九日
第0話・異世界に行きましょう! ちなみにあなたに拒否権はないです
「ん……」
目が覚めた少年は眩しさに手を翳す。段々に慣れていくと周囲の様子も見れるようになった。
木漏れ日がキラキラと葉の模様を肌と制服に映し……。
――ああ、そうだ!
少年は何かを思い出したように身体を起こす。
「クラスのみんなはっ!」
『おめでとうございます、
「うるさい黙れ!」と少年――冬次は思わず怒鳴ってしまった。
彼は冷静でいられない。これはまるで夢のようだ。
*
四月の朝。草薙冬次はいつものように学校に行くための一本道を歩く。両側の立ち木は芽生えて、春の匂いがする。
が、少年にそれを享受する余裕はないのだ。
片手に一冊の単語帳をめくりながらブツブツと単語を暗記している。彼は中学三年生で受験生になったからだ。
「勉強に熱心ね」
「うわっ」
教室に着いても彼の視線は依然として単語カードから離れず、人がかけてくる声で席から飛び上がるところだった。横を見ると一人の少女の顔が近くにいる。
「なんだ……、梓か、びっくりした。あと顔が近いから離れてよ」
「もう、私が冬次のことを呼ばなければずーっと自分の世界にいるつもりでしょ?」
「はいはい」
梓はむうと頬を膨らませる。
「もう声をかけてあげないからね。授業が始まっても怒られても知らないからね」
「はいはい」
冬次は黒板に刻まれたチョークの跡をノートに写している。ざざざと風の中で揺れる草木の音はバックグラウンドの音楽のようで、気持ちが穏やかになる。
その時だ。
下を向くと手元にあった教科書とノートは消えて、手はペンではなく空気を握っているようになったのは。
再び顔を上げるが黒板も教室も純白な空間に変わり、自分と生徒達だけが残った。
クラスメイトは騒ぎ出した。
「ここはどこなの?」
「せんせーは?」
「なんで俺達だけいるんだ?」
「ねえ、怖い……」
梓は冬次の隣に寄り添ってくる。
「どうなってるの……?」
怯える彼女を見て、冬次は分からないと頭を横に振るしかなかった。彼自身も唐突に起こったことに、怖がっているのだ。
「はいはい、皆様落ち着いてくださーい!」
クラスの前に現れたのは先生ではなく、白髪が長くて艶のある一人の女性だった。
「まずおめでとうございます! あなた達は勇者として選ばれました!」
彼女の存在に注目を集めたが、次の台詞を聞いてクラスはどよめいた。
「勇者? 何を言ってるのかよく分からないんだが」
「そうだそうだ、そもそもあんた誰だよ」
ごほん、と女性は咳を払った。
「失礼。私は神です」
冬次は神だと自称した女性を睨む。自分達はこの現実世界だと言えない空間にいるのは、常識を考えれば人間ができることではないのは明白である。この女はたとえ神じゃなくても、地球の人類でもないのだろう。
恐らくクラスで半分以上の生徒達も似た考えに辿り着いたのか、先程よりも静かになった。誰もが神だと自称する女性の言葉を待っている。
「私のことは気軽にメイ様とお呼びください……」
ふざけんな。
「……これから話すことはとても大事なので、よく聞いてください」
咳をもう一つ。
「今からあなた達に異世界を行っていただきます。その理由は、あなた達の行き先の世界は
一人は手を挙げる。
「すんませーん。異世界とかよくわかんないですが、その世界が危機だろうと俺達と関係なくないっすかー」
ビシッとメイは質問した男子生徒の鼻を指差す。
「そこ、いい質問です! そう、あなた達と関係ないことです。でも私は救いたいです! なので無理やりあなた達を召喚したのです!」
「ふざけんな! 殺すぞ!」
どこからの罵声に続き、メイにブーイングの嵐だった。
「わわわ、皆様お待ちください!」と彼女は狼狽して声を上げたが、生徒達を止めることはできなかった。
「元に戻せ!」
「てめーに付き合う暇はねえよ!」
「皆様は冷血ですね……」
涙目になった彼女のことを少し不憫だと思い、冬次は彼女に言う。
「世界を救うって命をかけるでしょ。中学生の僕達に求めても仕方ないよ。今は僕達を現実世界に戻してくれて、次はちゃんと相手を選んだ方がいいよ」
ぐすん、とメイは鼻をすする。
「あなた、冷静ですね……、ぜひあなたの異世界のナビゲーターを担当したいです」
「話聞いたの?」
「聞いてました。しかし、召喚してしまった今は、目的が達成するまで元の世界に帰ることはもうできません」
「なっ……」
「本当に申し訳ありません! 代わりに……、代わりに! 皆様にチート級の能力を与えます! なのでどうか、世界を救ってください!」
彼女が必死に懇願する声が耳に残り、唐突にも意識が途絶えた。
*
今に至る。
「どこにいるんだよお前はっ! いるならさっさと出てこい、ボコボッコにしてやる!」
『おっと怖いですねぇ冬次様』
怖いと言いつつ煽っているようにしか聞こえない冬次は苛ついた。
『残念ながら私はあなたのいる世界にいません。交信はできますけど。腕に付けてるものが勇者様専用アイテムです。
冬次は言われた通りに腕をちらっと見る。すると腕時計のようなものが手首に付いている。
「いらない。お前は出てこい」
『それじゃ! よい異世界ライフを!』
「あ、おいっ!」
プツンと音がし、メイの声は聞こえなくなった。
「くっそ……」
冬次は立ち上がって見回す。クラスメイト達は今頃どこにいるのだろう。少なくとも一人でもいれば安心出来るのだと彼は思った。
自分のいる場所は空き地のようだ。公園にもなろうとする土地に樹木が植えられて、周りに立方体が聳え立つ――。
いや、と冬次は目を擦る。あれらは立方体なんかじゃない。ビル群だ。
おいおい、と冬次は目を大きくする。
「ここは現実世界じゃないか……」
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