短編小説集

如月リマ

あ─青い服の男

 今日は最後の日だ。作湖人としての最後の日。この湖ができあがったら僕は普通の生活に戻る。昨日までに3ヶ月かけて一番深い場所で406m掘ったから今日やるのはここに水を溜めることだけだった。水色の水瓶を持って淵に立った。この水を注ぐ作業は最初が肝心だ。大量に注がないと土が水を染み込ませてしまい、水が溜まらない。だが、かと言って注ぎすぎると土が削れて予定より湖が深くなってしまう。慣れている者でないとこの作業は務まらないのだ。水瓶を肩に担いで、158度に傾けた。透き通った水が流れ落ちる。最初の1滴が土に当たったのと同時に湖の周りを歩き始めた。

 水瓶は絶えず水を流し続ける。どのような仕組みになっているのかを知っている人は作湖人の中にはいない。いや、もしかしたら一人くらいは知っているかもしれないが、少なくとも僕の知り合いは誰もその仕組みを知らなかった。神様の一人であるガニュメデスがこの水瓶に力を与えているという噂もあるが、真偽は定かではない。

 一時間程、周りを歩きながら水を注いでいた。すでに底の部分は見えなくなっていた。水瓶を一度地面に置き、一息ついた。改めて湖全体を見渡す。今回作る湖は豪華だ。湖全体は東西に450.4マス、南北に205.6マスという大きさだ。ちなみにマスというのは湖を作るときに使う単位だ。1マスは約1.25㎞である。この大きさの湖は世界中探してもそう簡単には見つからない。それだけ特別なのだ。さて、少し休みすぎただろうか。立ち上がって制服に土や埃がついていないか点検する。この制服も今日限りでもう着なくなるんだな。土を払いながら感慨に耽った。作湖人は作湖人となった瞬間からこの制服を着なければならない。この制服は全体的に青かった。体にぴったりと密着して、体の線を浮き出させる。バレエを踊るときに着るレオタードのような服と言えば伝わるだろうか。可愛らしくヒラヒラした水色のレースのスカートも腰に付いている。初めて着る時は誰もが躊躇った。僕も最初は着ることを躊躇したものだった。

「こんなの着れません!」

そう上司に言って困らせたのも今ではいい思い出だ。……本当に休みすぎてしまった。仕事の続きをしよう。

 再び湖の周りを歩きながら、湖へと水を注いだ。200mくらい水を注いだところで近くの川に向かった。この川を湖へと繋げてほしいと上から言われている。先程の水色のスコップを持って川から湖への水の道を作る。ここが繋がれば仕事は一気に進むはずだ。一時間程してようやく川の水が湖に注ぎだした。ふぅ、と息を吐く。そしてまた湖の周りを歩き始めた。

 それから2時間後、湖が出来上がった。

「これで僕の作湖人としての仕事は終わりだ。」

そう言って制服を脱ぎ始める。それと同時に作湖人としての思い出が次から次へと脳内に溢れだした。

「ほんとに、これで終わりなんだなぁ。みんな、ありがとな。さよなら。」


 気がつくと目の前には巨大な湖が広がっていた。僕はこんなところで何をしていたんだろう?周囲を見渡しても湖以外何もない。無意識に自分の手を見つめる。そして体の方に視線を移すと……。

「は、裸……。」

僕は布切れ一つも身に付けていなかった。するとその時、

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」

という声が聞こえた。

「やっぱりお兄ちゃんだった!よかった、無事だったんだね……ってなんで裸なの!?ちょっ、とりあえずこれ着て!」

そう言いながら走ってきたのは紛れもなく僕の妹だった。妹は自分が着ていたコートを手渡してくれる。僕はそれを受け取って羽織った。

「お兄ちゃんがここの湖で溺れたとき、ほんとに悲しかったんだから!助かって……本当によかった。もういなくならないでね?」

妹の目から涙が止めどなく流れ落ちる。

「心配かけてごめん。お兄ちゃん、ちゃんと戻ってきたよ。」

妹を抱き締めた。

「じゃあ戻ろう。お母さんとお父さんにも帰ってきたことを知らせないとね。」

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