幻影刀姫ブローディア

ガンセキ

異形たちの庭

第1話『異形たちの庭』-その1

 ・イヴィリアの過去 その1


 父が連れられて、一週間が経とうとしていた。

 外では相変わらず、大人たちの喧騒が上がり、やがて止むのを繰り返す日々。焦燥が自身を奮い立たせ、しかし恐怖が自らの手足を制止させる毎日。

 朝はやがて、日が昇りきった昼へ。そして昼はやがて、一日の終わりを示す夜へと変わる。

 そして今日もまた何もできないまま、一日が過ぎて行った。



 ・フライタッグへ


 駅から降り、バスに乗り、降りた先でもう一度、バスを乗り継ぐ。そうして辿り着いた先で今度は徒歩による移動。何もない田舎風景を抜け、鬱蒼とした森の中へ伸びる道へ差し掛かる。

 ここまでで既に六時間ほど経過。そろそろ腹の虫が泣きだす頃合いだったが、ここからさらに体力を消耗することを考えると、休もうという気にもなれなかった。

 水筒の水を口に含ませつつ、辺りを目の前の光景を眺める。

 テープと「立ち入り禁止」の看板によって封鎖される、森の奥へと続く道。綻びのあるテープと看板の状態から鑑みると、さすがに周辺地区の避難は終わっているのだろうとは察することができる。

 しかし、はたしてこのような物が必要であるのかは甚だ疑問ではある。こんな辺境の土地に物見遊山といった好奇心で訪れる者もいないであろうし、はたまた、目的があって訪れているのならば、警告じみた規制のようなものでしかないこれには意味がない。

 然るべきものとして存在してはいるが、そこに伴う一切の権能を持ち合わせていない。だがそれについては結局のところ、「それ自体はどうでも良い」のだろうという結論を出した。野次馬が入ってきたところで、犠牲者が増えるだけでしかない。そして犠牲者一人や二人、いや何十人が増えようが殆ど関係ない。

 何故ならこれは災厄なのだから。そしてソレはすでに、この地に潜伏している。だからこそ、今更犠牲者の数を考慮する必要はない。大事なのはその災厄を絶つことできるか、できないかだ。

 人気を感じない四周を回しながら地図を確認。ここから先が自分の目指す彼の地「フライタッグ」への道であることを確信し、難なく森の中へ。ここから先はしばらくは木々が並ぶだけの殺風景な道のり。少しばかりしんどい気持ちもあったが、それをぐっと飲み込み前へと進む。

「ねえ、ツルギ」

 四方に人影はなく、何処からともなく聞こえる声。それは幻聴などではなく、ツルギの頬に打たれた刻印からハッキリと聞こえてきたものである。

「まだもう少しかかるよ、ディア」

 声に対しツルギは内容を聞かずしてそう答えると声の主は小さな嘆息を返した。

「退屈よ、何か話をして」

「……」

 ツルギはその要求には応えず、歩きながら周辺地図をもう一度確認。しばらく歩いた先には古民家が一件。おそらくすでに退去していることだろうし、食料などを物色するのも有りか。更に先には特に目ぼしいものもないし、そこで小休止を入れようか。着いた先で水分を確保できるとも限らないので、水筒の水も補給しなければならない。地図上には目的地までの道中、川があるようなので、そこで補給できそうだ。

 そんなことを考えていると、次第に呼びつける声が大きくなってきたことに気づいた。

「……ねえってば!」

 声を無視して黙々と先へと進むツルギに耐えかねたのか、声の主はツルギの影からするりと飛び出して目前に現れた。

 現れたのは十代半ばほどの風貌をした少女。黒い髪に黒い瞳を持ち、それとは対照的に透き通るほどに薄く色白な肌、頬にはツルギと同じく刻印が打たれているのが特徴的な少女だった。

 ツルギは立ち止まり、それを睨め付ける。

「ブローディア、影に戻れ」

「無視はしないでって、前から言ってたよね?」

 ツルギは強めの口調で言ったが、それに対してブローディアは自分の意見を主張。微かに潤んだ目がツルギを正面から見つめる。

「……すまない」

 なんだか釈然としなかったが、とにかく謝っておくことにした。今は身内での厄介事などごめんだ。

「……もうしないでよね?」

「ああ、分かったから。もう影に戻れ」

 念を押すブローディアにそう言うと、今度はそっぽを向いてツンとした態度で影へと戻っていった。

 深く息を吐いて、ツルギは目的地へと目指す。


 かつては『刀姫計画』の最前線にいた街フライタッグ。依頼を受けて、向かい立つそこは様々な機関、企業たちが一堂に会し、刀姫の開発に着手し、そして瞬く間にその技術を進化させた歴史的背景のある場所である。

 禍人の脅威に晒された人類にとって、この街は最重要拠点であり、結果としてその歴史を存続させるに一役買ったことは紛れもない事実。しかし、『刀姫計画』が頓挫するとかつて繁栄を極めた街は見る影もなく退廃した。

 刀姫という存在そのものが忌避されるようになったことがそうさせたが、しかしそれに伴い今度は「人類の負の歴史」を象徴させる街として、観光スポットへと昇華されていった。施設や設備もそのままになっていたのも、都合が良かったのだろう。辺境の寂れた街は一転し、趣のある街としてを人々の注目を集めた。

 だが。

 それもまた過去の話。今現在において、フライタッグの街へと観光をしに来る者はいない。刀姫の聖地でもあったこの地はいつのまにか、刀姫を崇拝する信者たちの拠点となっていたからだった。

 観光地として誘致できなくなったわけは苛烈な信者たちの暴行が相次いだから。刀姫を崇拝する者として、刀姫の存在やその歴史を否定されることが我慢できなかったのだろう。

 信者たちが徒党を組んで計画的に観光客たちを殺害した事件は当時子どもであったツルギの耳にも届いていた。

 かくして、フライタッグは一帯を管理するルーラーによって危険地域として指定されることとなる。また、その決定に対して反発するかのように、街もまた外界との関係を断ち、まるで一つの国であるかのように、独立し、自立するようになった。

 ここまでがツルギが元々持っていたフライタッグに関する情報である。

 これだけを見れば、そこに近づかなければ無害であるとも思えるが、とある情報筋からすると実はそうではないらしい。

 元々が刀姫開発に特化した街であるだけに、計画そのものが無くなったとしても、それをするための機材や設備は潤沢。

 そのため、今は世界的に禁止されている刀姫の開発を街独自で行なうことは可能であり、つまりはその疑いがあった。

 殺人にすら手を染める集団と閉鎖的な街。

 たしかに、秘密裏に刀姫開発をする疑いをかけられるのは致し方ない。

 ツルギは目の前にそびえ立つフライタッグ一周を取り囲む屈強な壁を見上げた。この壁はフライタッグの歴史を象徴させるものの一つ。

 この壁は外界と街を隔てる為に作られたもの。調べた前情報によれば、高さは約三メートルとなっていたが、それを目の前にすると、それ以上の高さがあるように感じられた。

 流石に駆け上がるには高すぎるし、街の中へと入るための扉もあったが、潜入する身として、正面から入るのは流石に躊躇われた。

 通常であれば、困難を極める状況である。現実的な話をすれば入口や出口から様々な工夫によって、潜入するのが上等である。しかし、『幻影刀姫』と呼ばれるブローディアの力の一端『潜影』を持ってすれば物理的な障害を超えることは造作もなく完結してしまう。潜影とは水中でいうところの潜水と同じものである。影の中へと潜り、影の中を移動することができる。その特性も同様で、体を動きや、泳ぐといった推進力によって移動ができる。

 影の中は息をすることができず、また移動にかかる体力の消費も外での移動と比べると著しいがしかしそれらの制約があったとしてなお、この能力の汎用性は高く、戦いや諜報等において、反則的な力を発揮する。

 普通であれば想像もつかないような能力。

 刀姫はこれまで楔となり、全ての生物に制約を課してきたさまざまな法則を超越した存在だった。ブローディアの能力はその中でも特異な存在であるが、他の刀姫もまた同種の世界を覆す力を持つ。

 ツルギは影が壁の上にまで伸びる位置まで移動。周囲に人がいないことを確認しつつ、足元の影へと視線を移した。

「ブローディア」

 ツルギは足元の影に呼びかける。が、呼びかけに反応するモノはいない。

「…ブローディア」

 もう一度呼びかけるも、やはり反応がなかった。

 そこで始めて、彼女が先の一件から今まで一言も言葉を発していないことに気づいた。それについてはおそらく、つい数時間前のことをまだ怒っているのだろうと推察できた。それで無視した相手に対し、無視して返すといった子どものような常套句で仕返しをしているのだ。

 刀姫としてのブローディアはまだ若い部類である。刀姫は長命であるため、中には数百年生きるものもいるのだそうだが、しかしそれにしても、数十年を生きるモノとして、時折見せるこの幼稚さはどうなのだろうかと思う。

 とはいえ、そんなことを口にすればどんな仕打ちが待っているかは想像だに難しくはない。今回の依頼をこなすのには、彼女の助けは必要不可欠である。

「さっきは悪かったよ。だから、機嫌を直してはくれないか」

 出来るだけ優しく語りかけてみたが、反応はやはり無かった。

 意固地になったブローディアを説得という形で機嫌をとることは難しいことを知ってはいた。こうなればもはや、交渉として打ち出す他ない。

「帰ったら何でも好きなものを買ってやる。だからブローディア──」

「今なんでもって言った?」

 その言葉を耳にし、影から顔を出すブローディア。ツルギはその短絡さに笑いかけた。

「今なんでもするって言ったよね?」

「……なんでもするとは言ってない。なんでも買ってやると言ったんだ。ただし、今回の依頼料の範囲で、だ」

 すぐさま事実を湾曲させようとしたブローディアに訂正を付け加えつつ、こちらの条件を追加。

 しかしブローディアはそんなことは些細だと言わんばかりにニヤリと笑う。

「全額貢がせてやるんだから」

「それは辞めてほしい……」

 ツルギの切実な願いはブローディアに届いたのか、知る由もなかった。


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