STORIA 68
神や絶対者の存在しない、足枷のない人生でも人間の天寿は決められていて、誰が定めた物でもなければ、自らが選択出来る物でもない。
そんな風に想う時もある。
闘病の末に一命を取りとめた者が運命を変えて見せたと嬉々として涙するのも、所詮はシナリオ通りだとも言える。
何かを諦めなければならない状況に陥った時は、特に宿命等という囲いに翻弄されている傾向が強いのだと僕は感じていた。
「私は、世界の全ては運命で操られていると想うわ。だから、準備が必要なの。ゆっくり、来るべき日のために心を整えておくのよ。見送る人も、見送られる側の人にとっても大切なことなの」
銀花の囁く様な声音が、不気味なほど繊細に輪郭を誇張させて僕の耳に届く。
その口元は日々露にする幼い少女の物ではなくて、妖艶な熟した大人の唇だった。
自分の眼を疑った僕は、微かな身震いを感じてしまう。
指先が掠めた様な時間の淵で、付随意になっていることに気付いたのは数秒後のことだ。
露骨に名を読み上げることはなくても、彼女の言いたいとすることは安易に想像が出来る。
見送られる側というのは、都だろう。
全身に鈍い痺れと錘を抱えている気がして、僕は何も言えずにいた。
間もなく、体の感覚は解放される。
庭かに戸惑いを覚えながら、彼女から逃れる様に席を立った。
鳥は、番での姿を見せることが多いという。
丹頂もまた然りなのか。
丹には「赤」の意味が込められている。
それは彼等の頭頂が赤い色をしているためだ。
絶滅危惧種である丹頂鶴は国内では渡りをしない。
二月の半ば頃になると「鶴の舞」と呼ばれる丹頂の求愛の踊りが見られる。
サンクチュアリの観察場の正面から照らされた朝陽を受ける彼等の吐息は、極めて神秘的な光景なのだろう。
独り、建具に身体を預けて、爪痕を落とさない様にそっと頁を捲る。
机上の洋灯だけを頼りに、薄暗い室内で僕は一冊の本を手にしていた。
都の部屋から持ち出した物だ。
彼は浴室にいて、居室を空けているため、暫く戻って来ない。
都が興味を懐く丹頂の生態や習性について詳しく記されている書籍は、僕にとって手引き書ともなりそうだ。
ただ、気分を紛らわせたかったというのもあるけれど、率直に親友の興味の対象に触れてみたかった。
カメラを手に撮影することに夢中になる都と共に、この眼に残したい記録は未だ数え切れないほどある。
僕はこのところ室内に籠りがちで、外へ足を運ぼうとはしなかった。
以前の様に都と肩を並べて、釧路の地を探訪したい。
そうすることの現実が、彼に再びクリアで新しい感情を与えるかも知れない。
決して、都の死への感心を逸らすための時間稼ぎだけで終わらないことを願っている。
「丹頂を見たい?」
自室で専用のクロスを使い、入念にカメラ本体やレンズの手入れをしている都が僕に背を向けたまま言った。
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