STORIA 64

「おまえさんは、心配性だな。都とはえらい違いだ」

一番近くにいながら、他人の容態の変化に対しては楽観的な視線を向けていた都が、その裏で死を覚悟するほどの想いに囚われていた現実を八尋さんは恐らく認知してはいない。

生みの親と絶縁状態でいる都にとって、唯一の寄り処となる八尋さんには伝えておいた方が良い気がしていた。

他所事ながらにそう想い、取っ掛かりの言葉を零すものの、肝要に辿り着けない。

仄かに憔悴し切った老体を目前に、更なる負担をかけたくないと考えるのは当然の意識だった。




「都が、どうした? 虐待を受けてたことでも聞かされたか」

「知ってらしたんですか」

難なく言う彼に少しばかり驚きながらも、僕は首を縦に落とす。

そのまま、箸休めをして湯呑みに指先を伸ばす初老の男性の動きを遠慮がちに見遣った。

他人の内情を洗い立てているようで、後ろめたさに嘖まれて何だか顔が上げられない。

「本人の口から告げられたのは、釧路に来てからです。東京に居た頃、僕は都が抱えている傷に気付くことさえ出来ませんでした」

「あれは、ああ見えて、自分の気格を保とうとする意識が強い男だ。特に己の欠落した部分を曝け出すことを嫌う。幼い頃からの腐れ縁である、お前さんに弱さを見せまいとするのは至極当然のことだろうな。しかし、ここへ来てカミングアウトとは、そうせざるを得ない状況に見舞われたということか?」

僕は力無く頷いて見せる。

ゆくりない出来事が切っ掛けで都の痛ましい過去を知ってしまったこと、彼を憂慮する想い、躊躇いながらも詰まり物を弾き出す様にして言葉を繋いだ。

「ただ意味もなく転がりこんで来るだけなら、容易く受け入れたりはせんよ。少なくとも、ここに居る間は大丈夫だろうと想ったから。人間、苦悩から逃れたいと足掻いている内は何も心配する必要はないと信じている。本当に追い詰められた時は、選択する余裕もなくす物だよ」




都の話題に視軸が移ると、心なしか八尋さんの渇いた目元が湿り気を取り戻した様にも想えた。

不意に僕は自身に向けられる他の関心を逸らすことで安堵を懐いていた己の弱さと、彼の姿を重ね合わせる。

彼と僕の潜在意識に一脈相通ずる物があるとするなら、理由は予測がつく。

同時に都の悲痛な独白は、僕と銀花以外に知る者はいないということも明らかな真実だった。

僕は宛て処のない目的地を探して漂う様な迷いの渦にいる。

都にどう、接すればいいのだろうかと。

死の決断を言葉として露にするのは相当な覚悟が必要なはずだ。

決して僕をからかっている訳でもなく、また同情を煽っている風でもないのだと頑に信じている。

八尋さんの言うことも一理あった。

見る限り、都は冷静で釧路へ辿り着くまでも、到着後も笑顔を絶やさない時があった。








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