STORIA 44
籐製の箱に入った胡桃入りの小さなパンと温かいミルクを頂きながら、僕は調理場とリビングを繋ぐ、間仕切り台に置かれたテレビ画面を眺めていた。
ちょうど、釧路の天気予報の最新情報が入ったみたいだ。
映し出される道東周辺の地形が新鮮で、自分が北海道に足を据えているという現実を改めて実感させてくれる。
リビングの奥に設置された暖炉はとても快適な心地良さで、その体感温度は二十三度弱はあるように想えた。
予報でキャスターが伝えていた通り、外の気温が氷点下十一度にもなるなら、室内との温度差はかなりの物だ。
暖かな建物の中では、想像も出来ない。
「黎。そろそろ、行くか」
防寒着を纏い、カメラ機材をそれぞれの専用収納ケースに入れた都が、玄関先で僕を待っている。
そんな彼とは異なって、僕はほぼ手ぶら状態だ。
外へ向かおうとしている僕達を、調理場にいた八尋さんが呼び止める。
「チキンは好きか? 昨夜、クリスマス料理用にと準備していたんだが、疲れて早寝してしまってな」
彼の言葉を一緒に聞いていた都が、僕の耳元に小声で囁く。
「秀蔵ちゃん、無愛想だけど、黎が来るのを楽しみにしていたんだぜ。手料理で、もてなすって」
僕はわずかに躊躇いながらも、感謝の意を態度で示した。
「ありがとうございます。喜んで、ご馳走になります」
頭を下げる僕に堅苦しく振る舞う必要はないと、八尋さんは軽く苦笑して見せる。
「あの人、二人の息子が家を離れてからは、ずっと一人で暮らしてきたからさ。俺達が訪ねたことで、家族が増えたみたいで嬉しいんだと想うよ」
一階の車庫でエンジンをかけながら、都が言う。
八尋さんと初めて顔を合わせた時に感じた多少の厳かな雰囲気も、言葉を交わすごとに彼の人柄が見えてくるような気がしていた。
「黎、気付いてるか。秀蔵ちゃんさ、俺とお前に話す時だけは、敢えて釧路弁を使わないようにしているんだぜ」
都に言われて、改めて認識することもある。
独特の訛りはあるものの、違和感もなく八尋さんと話せるのは、彼の気遣いによる標準語だからだ。
「都。八尋さんの息子達って、今は幾つくらいなのかな」
「確か、二人とも現在の年齢が四十代だったと想うけど。どちらも、二十代半ば辺りで結婚をして、別地に家庭を持ってるよ。ところで、黎。俺、運転するの久し振りなんだけど……」
都が意味深長な笑みを浮かべて、こちらへ視線を流す。
「安全運転、してくれよ?」
僕は、彼の肩に右手を乗せた。
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