STORIA 45
車で五十分ほどを費やして、湿原展望台を目指す。
都が譲ってくれた冬靴も、この足に早速と身に付けてみた。
点在する幾つかの展望台から都が薦めてくれたものは、釧路湿原の東側に位置する、細岡展望台だ。
細い林道のダートを車で走らなければいけないが、広大な湿原の迫力を身近に感じたいのなら、この展望台が一押しなのだという。
手始めに日本最大の湿原を一望しようと提案する都も、滞在期間中には草原へと足を踏み入れたいのだと、時を心待ちにしている。
釧路湿原駅付近に差し掛かると道路は未舗装状態になり、僕達の車は路肩の狭い中を進んでいく。
ビジターズラウンジ前の駐車場に車を停めた都が、すぐ着くからと嬉しそうに言葉を零した。
この先に、大観望から見渡すことの出来る景色が待っている。
「第一展望台の奥に、第二展望台があるんだ。後者の方が、見晴らしはいいみたいだけど」
坂道を歩きながら、都が言う。
僕は、彼の背を目で追うような形で足を運んでいた。
持参したカメラ機材一式を抱えて歩く彼の姿は、少しばかり大変そうだ。
展望台へ到着すると、初めて目にするキタキツネが迎えてくれる。
野生の存在に、僕はわずかに戸惑う。
観光客の側でも姿を現すくらいだから、おそらく人慣れはしているのだろう。
展望台から目にする景観は想い描いていた絵に限りなく近い、壮大な物だった。
湿原を彼方まで望むことの出来るこの場所は遮る物もなく、解放的な世界は吹き付ける風とともに、想像以上の寒さを引き連れてくる。
蛇行する釧路川は、その表面を氷で覆われているようにも見て取れた。
湿原は一面を白銀色に染め上げ、一層の美しさを僕達へ届けてくれている。
「撮るのか? 都」
僕の言葉に力強く頷いた都が、保護ケースの中からカメラ機材を取り出した。
三脚を拡げて地面に立たせ、雲台にカメラを載せると、ネジのような部品で固定している。
カメラをセットしたまま、都が高さや水平の微調整を行っていると、傍らにいた家族連れの男性が声をかけてきた。
「055シリーズと、ハスキーの組み合わせか。お兄さん、良い物を使っているね」
「これ、そんなに良い機材なんですか」
カメラや、そのアクセサリーといった類に詳しくない僕は、想わず疑問を露にする。
「そうだよ。プロが愛用していることの多い組み合わせだね。お兄さん、随分と撮り慣れていそうだな」
男性の言葉に、都は苦い笑みを浮かべていた。
それも、そのはずだ。
彼は今回初めて、本格的な機材を撮影のために購入したのだから。
「都。最初からプロが使用する機材で撮るなんて、大丈夫なのか」
僕は、彼の耳元で小さく呟く。
「まずは、形から入るのも大切だしな。完璧な絵を撮るっていう、イメージトレーニングを含めて。プロの気分を味わいたいから、購入したっていうのもあるけど」
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