STORIA 64

自分とは正反対の、まるで僕から見れば手の届かない大人の様な確りした考えを抱く持ち主に出逢い、そしてその人物がそばに居てくれる事によって初めて大きな安堵感と満たされたという想いに包まれるのだと僕は想う。

僕を客観的に受け止めてくれる目、仲間意識ではなく時には厳しい言葉も与えてくれる人を、この躰が安心して隣に佇む事の出来る相手を蘭以外の誰かにも求めていた。

だけど、彼女以外に僕を癒やしへと導いてくれる人なんて本当に居るのかな。

こんな風に想うのは、蘭にはない別の優しさの形を求めているだけなのか。

僕の辛さを掻き消してくれるだけの幾つかの優しさが欲しいと想っているのは、隠し様のない事実だ。

一つの支えだけじゃ心が埋め尽されないと感じる時もある。

蘭が日本に居ない今なら尚更。

最初は彼女一人が居てくれるだけで、ただそれだけで良かった。

いつだって、君は僕のそばに居たから。

日々の慌ただしい生活に追われ、僕は自分の事しか見えず、そんな時に僕を包む様に触れる優しい君の想いが一見何処にでも存在するかの様なこれと言って特別な感情ではないとも言えるのに。

信じる事の出来る物が少ない僕にとっては、とても大切な物の様に感じる事もあったんだ。

だけど君が姿を消してその体温が程遠い物となって、深まり行く僕達の間に生じた溝に、君がそばに居た頃の有り難さが分からなくなり始めている。

気が付けば、君以外の人にも僕を認めて欲しいと願う心が生まれていた。

淋しければ君に連絡を取る事も僕には可能だったけれど。

君の生活を想い携帯を手にする勇気が持てないなら、この気持ちを手紙に託す方法だって選べただろう。

だけどそうはしなかった。

複数の物を手にしたいと求める心を抱く事は、人としての本能なのかも知れないとも想う。

同じ食事ばかりに手を付けていると異なる物を欲しいと願う様に、蘭がアメリカへ発った瞬間、確かな物が不確かな物に変わってしまったあの日に別の物に寄り掛かろうとする想いが動き始めてしまった。

遠くにあるのに決して心の存在場所から外す事の出来ない者より、近くに居て取り敢えず支柱となる者を探し選んでいる。




一番大切な人からの連絡が途絶えて、その真意を知る事が怖い。

だから余計にだ。

僕は悟りを得た老人じゃない。

有り難さの本当の意味を知り、感謝の想いを抱く大人達とも違う。

未だ子供だからと、こんな想いを抱く僕を許して欲しいと、誰かの腕で心許せる場所を求めている。

甘える事を充分に知らなかったあの頃を存分に取り戻したくて、闇に呑まれ怯える僕を"大丈夫だよ" と導いてくれる手を待っているんだ。

心細いよ……。

本当は僕だけを分かってくれる蘭だけを大切にしたいのに、心をあの愛らしい姿からコトリとも動かさずに君だけを見ていたいのに、隠れた感情が常に邪魔をする。

僕を認めて欲しいと願う蘭以外の人達は自分の感情では動かせない、寧ろ僕に興味を示さない人間ばかりなのに。















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