STORIA 63

何故、満たされる物が一つでは僕の心の隙間を全て埋め尽された気にならないのだろう。

蘭だけが居ればいい。

僕はいつだってそう自分に言い聞かせて来た筈じゃないか。

だけど彼女に逢えない時間が持続すればする程、その姿は記憶の色を薄めていく。

今でも彼女が僕の中で他の誰より大切な存在である事に違いはないけれど。

"君だけが必要" だと僕の心は彼女一人の存在で満たされるだなんて、そうやって片意地を張る自分の心を裏返した処に居る僕の真の姿は、表面に剥き出しにされた感情を遥かに越える程の欲張りな物だった。

蘭が日本に戻るまでのたった二年という月日に、心が孤独へと置き去りにされる事を僕は非道く怖れている。

君の代わりとなる人を探し求めていた。

それは多分、君を乗せた銀翼がこの地を離れた時から。

君から受けた同等の優しさを手にしたいと高い望みを抱いている訳でもなく、少しの安らぎと癒やしの場が欲しい。

独り迎える淋しい夜にはこの躰が凍える事のない様に僕の心が優しい眠りに就ける様、隣に居てくれる人を探した。

職場の人間に追い込められた時には耳を傾け、僕の想いを受け止めてくれる相手を求めていた。

時を重ねる毎に僕の想いは強くなる。

自分の中で何かが満たされたと完全に感じ取るまでは、半ば意地になってこんな事ばかりを考えていた様にも想う。

何かを得る事はなくても、願う感情や満たされない想いを身内である母親には持ち続け時には想いを言葉にする事が出来るのに、どうして他人を目にすると僕は怖気付いてしまうのだろうか。

それでも厳しい上司や理解を得られない同僚に対して、母に抱く感情と同じ様に分かって欲しい想いや、自分を認めて欲しいと想う心だけは存在していたのに。

自分より強い立場に居る者のそばでは、僕は後を引く事しか出来なかった。

自分と同じ立場である者か、或いは自分より弱い者であるか。

そんな中に僕を分かってくれる人を探し出せば、微かに心を解放出来たのだろうか?

一人でも信じる心を抱ける女性を持つ僕なのに、複数の優しさを求める気持ちを抱く事を人に我が儘だと、計り知れない贅沢な感情だと冷たく罵られても僕はどうしても手元に何か信じる事の出来る物を置いていたくて。




だけどここに来て僕はまた自身の新たな感情に恐れを抱く。

自分を理解してくれる人が自身よりも弱い人や同じ立場に居る人間では、何処か腑に落ちなかった。

そんな人なら今まで出逢った数多くの人の中に存在していたから。

家庭や世間の流れに受け身でしか居ない僕は、孤立心を抱こうとしないこの心を何処か誰より落魄れている様にさえ感じていて、そんな自分に近付いて来る人間の全ては所詮同等の器しか持たない人達ばかりだと想っている。

様は"似た者同士" という事。

人は相手に自分と共通する部分を見付けたりすると同情を抱き、すぐに近付いて来たりする物だ。

僕にはそれが分かっていたから、そんな人達の存在を嫌った。

同じ様な思考、似通った心の動きには堂々回りが目に見えているだけで、僕の想いを解決出来る術は隠されていないのだと、今も強くそう想いを抱いている。
















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