episode 12 中畑先生

「……なんで、あなたがついてくるんですか!」

 僕は、ため息交じりにそうつぶやいた。

「あ~ら、いけませんこと? この飛行機も私が手配して佐伯グループが用意したのですわよ? トーゼンの権利だと思いますけど?」

 僕のため息の元凶である麗子さんは、耳ざとく僕の小さなつぶやきを聞き取って反応してきた。隣に座っているとはいえ、今のかなりの小声で言ったぞ? エスパー相手だと、うかつに独り言も言えないな。

 あ~あ、クレアくんと二人だけの楽しい(いや、深刻な事情はあるが)旅になるはずだったのに。



「……それにしても、麗子さんの海外旅行など、よくお父様がご許可されましたね」

「ああ、お父様にも世話人のメイド頭にも黙って出てきてましてよ」

 僕は思わず、一口飲んだお茶を噴き出しそうになった。

「ちょっと、それは問題では? お屋敷は大騒ぎになりませんか?」

「よいのです! 私は年齢的にはすでに成人ですっ もう『いい日旅立ち』しておかしくない年頃ですのよ! 自分の歩む道は、自分で決めますっ」

 麗子さんの場合、一人立ちどうのこうのよりも、出てきた家と出かける先の双方に迷惑をかけるだけで終わり、のような気がするんだけど。

「あなたたちについていったほうが面白そうですし。私個人としても知りたい秘密が、メギドという場所だとつかめそうですしね。もちろん、いざというときの戦力にもなりますわ」



 今この定員十名ほどの自家用ジェットに乗っているのが、僕とクレア君だけだったら、どんなにいいか。でも、他に二名の「余分な同行者」ができるハメになった。

「私も、突然公安の上司からクレアちゃんについていくように言われましたからぁ。職務のうちなんですけどぉ、なんだかワクワクするわぁ~」

 後ろの席から乗り出してきた遠藤刑事が、キャピキャピとはしゃいでいる。

「でもよかった。人数も増えて、何だか楽しい旅になりそう! 中畑先生と二人だけのつもりだったから、にぎやかになってよかったです!」

 遠藤刑事の横に座っているクレア君は、僕と違ってこの展開を歓迎しているようだ。言ってもしょうがない愚痴だけど、なんで僕の隣がクレア君じゃなく麗子さんなんだよ……

 ああ神様、クレア君がダメならせめて遠藤刑事を隣にしてくださったらよかったのに。 これは、あんまりな仕打ちでございます!

「お腹がすきましたわ! 機内食サービスはまだですの?」

 やれやれ。麗子さんは万事がこの調子だから、付き合っていて疲れる。



 クレア君たちが核弾頭を地球外に追いだして処理し、日本の危機を救ったあと。

 空港の飛行機は、シャドーとの激しい戦闘のせいで、そのほとんどが使いものにならなくなっていて、当然ながら当分の間全便欠航となった。しかし、超大金持ちな麗子さんのお蔭で、自家用ジェットを提供していただけて我々だけ特別に飛べることになった。

 これは怖い偶然だが、核弾頭が隠されていた飛行機の機体は、クレア君と僕が搭乗するはずだった機体だったそうだ。考えたくはないが、もしそれが偶然ではなかったとしたら……?

 いや。助かった今、そういうことを考えるのはよそう。まだ先ほどの騒動の疲労も回復していないからね。もう少し気持ちに余裕ができてから、じっくりその可能性について検討するとしよう。



 美奈子ちゃんは、シャドーとの戦いや核弾頭処理でかなりのエネルギーを消耗したのか、あの騒動のあとで倒れ込んでしまい、念のため病院搬送されていった。

 彼女は常人ではありえない肉体の使い方をしているため、普通の病院なんかに行って医者に騒がれても困るので、もちろん佐伯グループの息がかかった特別な病院に回される。

 彼女は「私もクレアについていきたい」としきりに懇願していたが、一応高校生の身分だし、この機会に体をしっかりメンテナンスして授業もちゃんと受けなさい、と麗子さんにたしなめられしぶしぶ納得した形だ。

「……また、今度」

 ストレッチャーに身を横たえた美奈子ちゃんは、救急車に載せられる前、クレア君に顔を向けてそう言った。

「ええ、きっと」

 一瞬だったが、その時に視線を合わせた二人の間には、なんだか他人が入り込みがたい『連帯感』のようなものがあるように感じた。それはもう、親友のそれというか、まるで血のつながった姉妹のそれというか……



 二人を見ていて僕はなぜだか、『ソウルメイト』という言葉を思い出した。

 訳せば、「魂の伴侶」というような意味合いになる。血が繋がっているわけでもなく、もともとは赤の他人同士だが、似たような星のもとに生まれた、っていうのかな。どこか二人は似ていて、なぜだが強烈に惹かれ合う。

 メギド・フレイムという技を美奈子ちゃんが発動したことで、いよいよ二人の間には何かがある、ということはハッキリしてきた。美奈子ちゃんが真実を知るためにもメギドへ行かせてあげたいと思ったけど、高校教師である僕の立場としては、それを言いにくいんだよなぁ!

 学校サボってでも行くべきだよ!なんて言ったら、麗子さんに何て言われることか。まったく、ついてきたらいいと思う子がついて来れず、ついてこなくていい人がついて来て…とかくこの世はままならぬ。 



 そうこうしているうちに、麗子さんの待ち望んでいた機内食が運ばれてきた。そういえば、もう日が暮れるのか。なんせ行き先は中東だからなぁ!

 機内で一夜明かして、到着は明日の昼だ。かなり長いフライトになる。

「ちょっとあなた! 機内食と言えば『ビーフオアチキン?』とかって聞くのではないのですか?」

「れ、麗子様…そんなこと言われましても、食事のメニューはもう決まっておりまして、それ以外のご用意は残念ながら……」

「ダメですっ。わたくしはビーフかチキンか選びたいのですっ。こないだ、英会話学校のCMでやってたから知ってますの。飛行機とは、みなそうしたもののはずでしょ!」

「そ、そんなことを申されましても——」

 食事を給仕する女性(恐らく本職のCAとかではなく、佐伯家の使用人だろう)は困惑顔だ。まったく、仕事とはいえこんな世間知らずなご主人に仕えるのは、苦労もひとしおだろう。

 まぁ、こんなわがままセレブは放っておいて…と。



「ところで、遠藤刑事」

 僕は彼女にどうしても聞きたい質問があったので、隣の麗子さんが機内食でもめているのをいいことに後ろに声をかけた。

「はい?」

「警察……いや、国家としては今回のシャドーという敵の件、どの程度把握しているのでしょう?」

「シャドーという名は、私も先ほどの事件で初めて耳にしました。過去に記録があるかもしれない、と思ってアクセスレベル無制限の特殊携帯端末で調べてみました。どんな国家機密レベルの情報でも見れる優れモノで、特命指令遂行中の者だけが持てるんですよ、コレ」

 いいでしょ?みたいなノリで、黒光りのするゴツいスマホタイプの機械を見せられた。僕は反応に困り、ハハハ、すごいですねと乾いた愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「……すると、驚くべきことが分かったんです。シャドーという名称の正体不明の存在は、なんと古代ローマの時代から当時の政権によって把握されていたみたいです」

「そ、そんな昔から……?」

「ええ。それ以来、歴史上何度国や政権が変わろうが、シャドーだけはいつの時代にも、国のトップを悩ませ続けてきたようですわ。先の第一次・第二次の世界大戦の折にも、シャドーが暗躍したと思われる形跡があります」



 そうか……でも、そんな厄介なやつらが、なぜクレア君に絡んできたのか? 我々はあくまでも、地球がらみでないクレア君の敵である異星人を追っているだけで、そいつの不利益になるようなことなどするつもりもないというのに。

 僕のその疑問を遠藤刑事に伝えると、彼女は鋭い洞察力で次のような意見をくれた。

「これはあくまでも私の考えだけど……過去のどこかで、シャドーとクレアちゃんの敵とは繋がりがあるんじゃないかしら? ここまで言ったら想像力ありすぎ! とか言われるかもしれませんけど……シャドーもクレアちゃんの敵も実はルーツが同じで、大昔にあっちから地球までやってきたやつがいたとしたら?」

 なるほど、考えとしては少々突飛だけれど、筋は通る。シャドーもクレア君が教えてくれた『黒死王』や『黒のリディア』も先祖が同じだったとしたら、シャドーが地球に来たクレア君を本能的に『敵』として感知してもまぁ、おかしいことではない。

 真実がどうかはシャドー本人に聞くしかない。機会があれば(あってほしくないが)聞いてみるか。アイツ案外話好きみたいだから、聞けば嬉々としてペラペラしゃべってくれそうな気がする。



 もうひとつ、気になったことを聞いておこう。

「シャドーが体を乗っ取っていた爆弾犯……は死んだんですか?」

 あれだけ激しく怪物化して、派手に戦闘をしたのだ。死んでもおかしくはない。

 僕は、今後シャドーが体を乗っ取った人間と戦う時には、もともとの「その人」をも殺す覚悟で挑まねばならないのかを知っておきたかった。

「いえ、生きてます」

「エッ? 本当に?」



 遠藤刑事の説明は、こうだった。

 過去の歴史上、様々な国家がシャドーに向き合ってきた実績から得た知恵が現代に伝えられている。それによるとシャドーが乗っ取るのは精神を支配した相手の体そのものではないらしい。

 どうも、相手の肉体の『完全なコピー』を作るらしいのだ。そして、その作り上げた「容れ物」に収まるようなのだ。

 その間、コピーされた当の本人は別次元のどこかの空間に転移される。もしもシャドーが戦闘に敗れ容れ物を破壊されると、元の体がこちらの世界へ戻ってくるらしい。

 なぜシャドーがそんなことをするのかの理由は一切不明。結論として、シャドーが乗っ取った人体をいくら攻撃しても、「殺人」にはならないということだ。それが分かっただけでも安心した。

「あの戦闘のあと、空港の片隅で意識を失って倒れている爆弾犯の身柄を、警察が確保しています。逮捕後尋問したようですが、爆弾事件の間の記憶がないようで、それはどうも嘘をついているのではないようだと聞いています。体にも、ケガなどは一切ありませんでした」



 そんな会話をしていると、突然グラッと機体が揺れた。乱気流か?

 びっくりして小さなのぞき窓から外を見ると、こっちの飛行機と並行して別の飛行機が接近している。もしかして、空中給油かな? 麗子さんに確認すると事もなげに……

「ああ、燃料補給じゃありませんわよ。ビーフかチキンか選べないのを何とかしろ、と言ったら運んできてくれましたの」

「ゲゲ。たったそれだけのために……」

 やれやれ。このお嬢様は、どんだけ周囲を振り回すんだ。



 それからしばらくして、僕が注文した「チキン」が運ばれてきた。

 ふと後ろに目をやると、クレア君と遠藤刑事は、互いに寄りかかるようにして眠っていた。食事も待たずに眠ったのだから、相当疲れていたのだろう。

肝の座った女007の遠藤刑事も、その寝顔はまるで少女のようだ。



 ……二人とも、束の間の休息を楽しんでおくれ。よい夢を。



 隣では、やっとビーフかチキンかを選べてご満悦の麗子さんが、ビーフにナイフを突き立ててガッツリ食べていた。

「う~ん、ちょっと塩味が薄いかしらね?」

 おいおい。姫はここまでしてもらって、まだご不満か!

 こっちはまだ、しばらく良い夢はおあずけのようだ。




 そんなこんなで、メギドへ向かう機内での夜は更けてゆくのだった——




  ~第9章へ続く~

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