episode 11 佐伯麗子

 ええっと、まずは目の前の現実を整理しなくちゃですわね。



 ひとつ、美奈子ちゃんの情報が確かなら、今まさに核弾頭が爆発しようとしている、ということ。起爆までの猶予は、わずか十五分。

 ふたつ。経験上、通常の時限爆弾の解体でも数十分を要するから、ましてやそれが核弾頭ともなると大変なはず。今からそういうことができる専門の技術者を呼ぶ時間などない、ということ。

 ……ってか、日本には核弾頭などないはずだし、持ち込むこともありえないはずじゃ?

 いや、あのシャドーとやらの仕業ならその不可能もあり得る。海外の軍関係者の精神を操って核爆弾を手に入れることも、それを闇ルートで持ちこむこともできたかもしれない。

 この時点でひとつだけ確かなことは、この悲劇を止められるかどうかは、今この場に居合わせている私たちにかかっている、ということだ。



「これは、私たちでどうにかするしかありませんわね……」

「ええ。でもどうやって?」

 クレアちゃんの心配はもっともだ。まず最初の問題は、いかに被害を最小限に食い止めるか、だ。それには、仮に爆発は止められないとして、爆弾をできるだけ地球から「遠く」に運んでしまうことが先決だ。

「私に任せて」

 さっきは美奈子ちゃんに助けられっぱなしで、いいところを見せられなかったからね。今度こそ、私は私にしかできない仕事をする。

 風の精霊さん。力をお借りしますわよ——



 サモン・ライトニングサラマンダー



 佐伯家の代々の異能力者が駆使する能力、そのひとつが異世界の存在を呼んで敵と戦わせる『召喚術』だ。単に勝つためなら強力な魔物を呼べばいいのだが、自分の精神力が制御できる範囲を超えた存在を呼んでしまった場合、召喚した相手が言うことを聞いてくれないどころか、逆に自分が相手に「支配されてしまう」という危険がある。

 私の五代前の異能力者、佐伯八神守(サエキヤガミノカミ)は、どうしても勝たなければという思いからスサノオという「神レベル」の魔神を召喚してしまった。そして結果、荒ぶるスサノオを制御しきれず、逆に精神支配を受けてしまい、それ以来行方知れずとなってしまった。そんな話が佐伯家には教訓として語り継がれている。

 雷龍は、今の私の力が何とか制御できるギリギリの線だ。



 空港の空の一部がパックリと裂けて、そこから一匹の巨大なドラゴンが現れた。体からは無数の稲妻が放電されていて、まさに雷の化身だ。

「あそこの飛行機を、地球からできるだけ離れたところへ持っていきなさい」

 私は、美奈子ちゃんが爆弾があると指摘した飛行機を指差して、雷龍に命令した。

「ちょっと待って」

 美奈子ちゃんが、手を挙げて私を制した。

「仮に、その龍に音速以上の速さで飛ぶ能力があったとしても、飛行機ごとの質量をかかえたままじゃ絶対速度が落ちる。その状態であと十分程度じゃ、爆発の影響圏外まで持ち去ることなど無理」

 ああ、この事態を何とかすることに必死で、そこまで計算していなかった。さすがいつでも冷静な美奈子ちゃんは頼りになりますわ。ってそれより、ならばどうしたらいいのかしら?



「ドラゴン、私を乗せて飛びなさい。もちろん、あの飛行機も抱えてね」

 急にそう言いだしたのはクレアちゃん。

「何か、考えがあるのね」

 鋭い美奈子ちゃんには、クレアちゃんが何を考えているのかのおおよその見当はついたらしい。

「分かったわ。クレアの考えでいこう。私はフォローに回る」

 さっきまでクレアのことを「さん付け」で呼んでいた美奈子ちゃんが、今は同年代同士らしくため口になっている。短時間で他人行儀なところがなくなって、トモダチらしくなれたみたいね。



 雷龍は、飛行機を抱えたまま、まっすぐ上へ飛びあがった。クレアちゃんは、龍の頭部にある角にしがみついて座り、ついて行ってしまった。

 ものすごい速さで、あっという間に姿が見えなくなった。しかし、あれでも核弾頭を地球外へ持ち去るには遅いくらいなのだ。

 一応、召喚者には召喚獣が目で見ているものは伝わってくる。

 雷龍とクレアちゃんのいる高度は、じき成層圏と呼ばれるところに到達する。オゾン層があるところ、と表現したほうが分かりやすいかしら? 大気の状態も気温も、常人なら生きていられない場所なのだけど、クレアちゃんの体はすでに炎のエネルギーを宿したモードに変化していて、問題ないようだ。

 もう、日本や中国が世界地図のとおりに見える、とんでもない高度に達していた。

「ドラゴンさん、今です! 飛行機を手放してください」

驚いたことに、雷龍はさっきから召喚者でもないクレアの言葉に素直に従っている。召喚獣が召喚者以外の命令を聞くなど通常あり得ないことで、クレアちゃんがただものじゃないことが今更ながら実感できる。



 イグナイト・クレイモア



 クレアちゃんは炎の魔剣を振りかざして、ドラゴンの頭から跳びあがった。

 カッと見開いた真っ赤な目の先には、雷龍が手放した飛行機の機体が揺れていた。

「クレア、核弾頭のある位置を教えるね」

 美奈子ちゃんの声は、クレアちゃんにテレパシーで直接語りかけられたものだけど、私にも聞こえる。

「そこかっ」

 クレアちゃんは魔剣を横なぎに回転させた。ジャンボ機の胴体が真っ二つに割れた。

「でええええええい!」

 半分になった飛行機の上半分を、今度は上段から斜め斬りにした。すると、電車の貨物ほどはある四角いコンテナ状の物体が飛び出た。

「ドラゴンさん、あれを捕まえて全速力で宇宙へ飛んで」

 またしても雷龍はクレアの指示を素直に聞き、言葉通りにして瞬く間に見えなくなった。



「……私にできるのは、ここまで」

 クレアちゃんは、そこからは地上に降りてくるようだ。さすがの宇宙から来た剣士でも、生身で真空の宇宙空間へ出る能力まではないらしい。

 なるほど。飛行機ごと抱えていたのでは雷龍のスピードが落ちるから、荷物の重さを最小限にするために、爆弾以外の部分を叩き斬ったわけか。

 それを地上でしたら、万が一当たり所が悪くて爆発したらジ・エンドだ。そのリスクをさけるために、わざわざ行けるギリギリの高度まで上がってから挑戦した。切羽詰った状況でそこまで考えるのは、なかなかできることじゃない。

 年下だけど、なかなか見どころのある高校生ですわね。

 


 雷龍はついに大気圏を抜けて、宇宙空間へ出た。

 爆発リミットまで、あと十八秒。

「麗子さん、召喚獣に爆弾を手放すように言ってください。あとは私がやります」

 時間がないためか、そう言ってる間にも美奈子ちゃんの目から体から赤い炎がメラメラと燃え立っていた。それはいわゆる『オーラ』と呼ばれるもので、本当の火ではないので、そばにいる私は熱くはない。



 メギド・フレイム



 !



 ……美奈子ちゃん、今何って言った?



 それは、確かクレアちゃんが先の戦いで、敵の怪物を仕留める時に使った決め技の名前のはず。美奈子ちゃんとはもう2年以上の付き合いで、何度か共闘してきたけど、そんな技が使えることは今初めて知った。

 もしかして、美奈子ちゃんとクレアの間には、本人も周囲も知らない何かの『繋がり』があるんじゃないかしら? それを知るには、やはりクレアちゃんがこれから行こうとしているメギドが鍵なのかもしれませんわね。



 東京の空 が紅(くれない)に染まった。

 夕焼けの赤さどころではない。まるで、世の終わりを予感させるようなきつい色だ。

 私は、核ミサイルがどうなるのかを最後まで見届けるために、召喚獣をまだ元の世界に帰さず、遠距離から追跡させていた。雷龍の目が見ている視界では、どこから来たのか無数の隕石がものすごいスピードで飛来しているところだった。

 美奈子ちゃんが能力でやっていることだろう。すべての隕石が、核ミサイルの収まったコンテナを目指していた。



 メテオ・クラスター・キャノン

 


 ほぼ同時に、すべての隕石がミサイルに激突した。

 きっと大爆発が起こると思いきや——

 かなりの質量の隕石が、一瞬でミサイルの周囲に貼りつき、すぐに小惑星ほどの巨大な球状の岩の塊となった。完全密封とはいかず、岩状の即席惑星のそこかしこから核爆発らしき光が漏れているが、爆発による衝撃の9割は閉じ込めに成功したようだ。

 爆発自体はほぼ封じ込めても、放射能漏れは避けられない。これじゃ、地上ではやれませんわね……



「ふぅ」

 美奈子ちゃんは、その場でガックリ膝をついて、額の汗をぬぐった。

 砂ぼこりだらけの地面にそのまま座り込んだら、制服が汚れちゃうぞ…って言うところなんだけど、すでにこれまでの戦闘のせいで、美奈子ちゃんの制服はあちこち擦り切れてボロボロ。聞くところによると、美奈子ちゃんはこういう超能力戦のせいで、月に2・3着は制服を新調するそうだ。

 お願いだから、SSRIで開発した戦闘服を着てくれよ! と所長の榎本さんは美奈子ちゃんに言ってるそうだけど、なぜか美奈子ちゃんは高校の制服がお気に入りで、「これじゃなきゃ」と言って譲らない。もちろん、おニューの制服代はSSRI持ち。

 トホホ、これ経費で落とすのに何て申告すりゃいいんだ……と、榎本所長は嘆いている。

 あ、一応言っとくと、パパ(佐伯会長)はあくまでただの出資者ね。パパは確かに運営や決定に口は出すけど、表向きのSSRI所長は榎本さん。



 そこへ、クレアちゃんが空から舞い降りてきた。

 あれだけの高度まで上昇したのだから、落下してくるのだって時間がかかって当然か。

「…美奈子ちゃん」

 戦いは終わったけれど、目にはまだ能力発動モードの赤色がくっきり残っている二人は、互いを見つめ合った。

「私にも聞こえたんだけど、美奈子ちゃん『メギド・フレイム』って言った?」

「うん」

「それは、一体何の力なの?知っていたら教えて。私は自分が何者なのか、メギドフレイムってのが何なのか知りたいの」

 クレアちゃんに問われた美奈子ちゃんは、困惑顔だ。

「何とかしなきゃ、って必死になる中で口をついて自然に出てきちゃった言葉だから、残念だけど自分でも意味が分からないの。爆弾を隕石で封じ込める能力だって、自分にそんなことができるなんてさっきまで分からなかったし」



 これは…また謎が深まりましたわね。

 もしかして、クレアちゃんの出現が、美奈子ちゃんの中の知らない『何か』を呼び覚ました? あるいは、何か共通点のある二人が接触することで、何らかの『共鳴現象』が起きている?

 まぁ何にせよ、今回の事件が一応の収束を見た今となっては、次に注目するのは『メギド』という場所ですわね。そこに行けば、何かが分かる。そして、欠けていたパズルのピースが埋まるはず。

 これは、主役であるわたくしがクレアちゃんに付いて行ってあげないと、始まりませんわね! シャドーもこのまま黙ってはいないはず。ならばきっとこの先、私の能力が必要になるということですわ。

 まったく、腕が鳴りますわね! オーッホッホッ



 ……あ。海外に行くなら、安田とお父様をどう説得したらいいかしらね?




 ~episode 12へ続く~

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