episode 9 クレア

「……それにしても、分からないですわ」

 麗子さんが腕組みをして考え込みながら、そうつぶやいた。

「飛行機をぶつけても、能力者が正面から挑んでも勝てなかった相手が、なぜ拳銃の弾を受けたくらいで倒せたのかしら」

 うん、それは私も今思った。



「私が思うに——」

 この結末に関して、美奈子ちゃんには何か持論があるようだ。

「シャドーというやつは、おそらく自分が敵として一度認識した相手に関しては、瞬時にどこへ行こうが何をしようが追跡できる能力があるみたいだった。正体が『意識』だから、一度捉えたら完璧な集中力で捕捉し続ける。

 だから、クレアが初回の攻撃で敵の腕を斬れたのは、やつがクレアとは初対面でデータがなく、手の内が読めなかったからなの。それを証拠に、一度攻撃を受けてからは学習して、クレアの攻撃は簡単にかわされた」

 ふぅん、なるほど。この洞察力、私と同じ高校2年とは思えない。美奈子ちゃんの推理はさらに続く。

「でも、この遠藤さん……絶好の射撃のタイミングまで隠れていたんでしょうけど、シャドーは彼女の存在などまったく予想してなかった。把握していない分、無防備になった」



「でも変ですわね?シャドーってのは『意識体』なんでしょ? そこらじゅうに目がある感じで、何にでも気付いちゃいそうな気がするのですけど」

「確かにね。だけど、いくらシャドー本体が意識体でも、やどかりのように人間の体を借りているうちは、人間の目や耳などの器官や感覚を通してしか外界を認識できない、というデメリットがあるの」

「あ~それなら納得できますわ」

「素早かったクレアの二度めの攻撃にヤツが対処できたのは、背中に目が付いてるからじゃなくてただの集中力の賜物に過ぎなかったの。だから遠藤さんの横からの射撃に無自覚だった分、いとも簡単に銃弾を受けてしまった」

「美奈子ちゃんに飛行機をぶつけられてもピンピンしていたアイツが、なぜ一発の銃弾くらいで……」

 麗子さんは、まだ疑問が解消しないようでブツブツ言っている。



「これは私の推測に過ぎないけど、アイツはもしかしたら、相手の攻撃に合わせて取り憑いている体の硬度を変えることができるのかもしれない。私が飛行機をぶつけてくることは事前に分かったから、それに備えて体を硬化させて乗りきったんだと思う。

 でも、私たち三人以外に亜希子さんが隠れていることは知らなかったから、調子に乗ってベラベラしゃべっているうちに体の硬度維持はお休みになった。そこを遠藤さんに撃たれたから、銃弾は普通の肉体を当たり前に貫通した……」



「エヘッ、なるほど私は運が良かったわけかぁ! さっすがSSRIのエース、的確な分析よね~」

 遠藤刑事は目を潤ませて、美奈子ちゃんの推理に感動している。悪い人じゃないのは分かるけど、いちいち動作や感情表現が大げさすぎる。

「さすがは私のベストパートナーですわ。それなら、すべて理屈が通りますわね」

 まぁ、麗子さんが納得してくれたみたいでよかった。この人、何か納得できないことがあれば二日でも三日でもネチネチ同じことを聞いてきそうな気がするから。



 ハッと気付いたら、遠藤刑事が真横に立っていた。



 いったい、いつの間に……?



 ヴァイスリッター先生の薫陶を受けた、私の剣士としての感覚は、間近に接近してきたものを見逃がすはずなんかないのに! たとえ考え事をしている時だったとしても、だ。もしかしてだけど、この人が爆弾男を射貫けたのは、運とか偶然とかじゃない可能性もあるんじゃ?

「油断するのはまだ早いわよ」

 低く、冷たく、鋭い声だった。さっきまでのギャル風な軽い雰囲気は微塵もない。遠藤刑事はまるで別人のようになったが、もしかしたらこっちのほうが本来のこの人なのかもしれない。

 遠藤刑事の指摘通り、もう二度と聞きたくないと思っていたあの声が聞こえてきた。




 今回ばかりは お前たちに勝ちをゆずるとしよう



 この声は、怪物と化した爆弾魔の死体からだ。シャドーの戦闘能力はもうないようだが、腹話術の人形のように声だけは出せるようだ。



 ……だが これで終わってしまうのはあまりにも面白くない

 余興と言ってはなんだが お前たちにもうひとつのプレゼントが用意してあるのだよ

 お気に召すといいのだが




 死体はそれだけしゃべって、完全に黙った。もうシャドーはあの体から去って、どこかへ行ってしまったに違いない。また、新たに使える『体』を求めて。

「ちょっと……待って。もしかして」

 美奈子ちゃんの顔が引きつった。何かに気付いたみたいだ。



 賢者の眼!(ワイズマンズ・サイト)



 真っ赤なオーラが美奈子ちゃんを包み、眼球も赤くなった。

 自分の様子は自分で見れないのだけど、もしもレッドアイとして戦っている時の私は、きっとこんなふうだろうと思った。まるで、私と美奈子ちゃんは双子のような……

 待て。今私、何を考えた? 私と美奈子ちゃんが双子? リリスがいるのに、なぜそんな考えが浮かんだのだろう。

 それにしても、「賢者の眼」とは……リリスがバジリスク戦で『賢視透破眼』という情報分析の魔法を使ったことを思い出した。名前も似ているけど、もしかして同じ能力なのかな?



「あっ、あ、あれ……」

 美奈子ちゃんが何か情報をつかんだようだ。でもあの青ざめた表情は、何かよくないことが分かったに違いない。美奈子ちゃんが指差す先を目で追うと——

「飛行機? あの飛行機がどうかしたんですの?」

 明らかに美奈子ちゃんは、空港に数ある飛行機のうちの一機を指差している。さっきの戦闘で美奈子ちゃんが念動力で動かしたため、飛行機はみな折り重なったり傾いたりで、不規則に点在している。でも、麗子さんも私も、その飛行機が一体どうしたのか、が分からない。



「あ、あそこに爆弾……」

 爆弾? そういえば忘れかけていたけれど、爆弾魔が空港内に三つの爆弾を仕掛けていた、というのがそもそもの始まりだった。シャドーとの戦闘でそっちのけになっていたけれど、よく考えたら、爆弾はまだふたつしか爆発していない。

 ということは、三つ目があの飛行機の中に? でも、シャドーを倒した大変さを考えたら、もう爆弾処理のひとつやふたつくらいそう大変なことじゃないっしょ。一般人は一人残らず避難済だし、そこまで怖がることはないと思うのだけど?



「水爆……」

 え。今美奈子ちゃん、何て言った?

「こ、小型化された核ミサイルがあの機の中に……あと十五分で起爆する」

「それって冗談……な訳ないでしょうね、きっと」

 麗子さんがうめいた。美奈子ちゃんがこういう場で冗談を言うようなキャラじゃないことは、まだ付き合い始めて数時間の私でも分かる。

「このままだと、どうなりますの?」

 その答えは、私が凍り付くには十分すぎた。



「関東一帯が、消えてなくなる」




 ~episode 10へ続く~

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