episode 8 藤岡美奈子

 私は小さい頃、泣いてばかりだった。

 あらゆることが思い通りに行かず、苦しくて泣いていた。



「思い通りに行かない」ってのは、わがままが通らずに泣いていた、というような幼稚な意味合いではない。いや、むしろ私はそんな理由だったらどんなによかっただろう、と思う。幼い子どもが年相応に幼稚でいられるのは、幸せなことでありむしろ「権利」ですらあると思う。

 でも私の場合は特殊で、「思い通りに行かなくて悲しい」のではなく、「思い通りになり過ぎる」ことを何とかしようとして、それが思い通りに行かず苦しんだのだ。どういうことか、意味分かんないよね? その訳を、今から話すね。



 私は生まれた時から、人とは違う特殊な能力を持っていた。

 それは、超能力。

 世の中で超能力と呼ばれているものにも色々な種類があるみたいだけど、世で認知されている種類のものはすべて使いこなせる。

 私にしたら、テレビで迷宮入りの事件を透視したり、スプーンを曲げたりするようなレベルは、『子供だまし』 だった。子どもの頃に、大人たちが作る超能力特集のテレビ番組を子どもだましと思うのだから、随分とませた子どもだったと思う。でも、それは望んでそうなったのではなく、環境が否応なく私をそんな子どもにしたのだ。

 


 幼い子どもというのは、感情のコントロールがうまくできないものだ。

 私が癇癪を爆発させると、部屋にあるこまごまとした物体が空中に浮遊して、グルグル回ったそうだ。場合によっては、それがミサイルのように飛んで窓を割ったり壁を傷付けたり。何度かは、お父さんやお母さんにも当たってケガをさせたことがあったそうだ。

 物体に触れることなく動かす、といういわゆるサイコキネシス(念動力)だ。私には、これは軽いから動かせるとか、これは重いから無理、とかいう基準はなく、何でも自由に動かすことができる。大きな岩や車は言うに及ばず、やってみたことはないが電車や飛行機、数十階建てのビルでもその気になれば動かせると思う。



 一度、どうしても明日学校へ行きたくない、と強く思って寝て、次の朝学校へ行ったら、校舎が壊れて瓦礫と化していたことがあった。

 校舎の幅以上に大きい岩が、どこかから飛来して屋上から激突した……らしい。ちょうど夜明けくらいの時間の出来事で、一階にいた用務員さんが何事かと跳び起きたが、当時学校には他に人はいなかったため、被害者はゼロ。

 私の願い通り、その日は休校となった。それどころか、一か月以上休みになった。

 この事件は、警察も有識者も科学的かつ合理的な説明を付けられず迷宮入り。でも、私だけが誰のせいなのか分かっていた。

 もちろん、私のせいだ。



 そんな調子だから、私が生まれてからというもの、両親には苦労が絶えなかった。小さい子に力をコントロールせよ、と言い聞かせても限界がある。私がはずみで力を使ってしまうと、両親はその結果が引き起こす事態の後始末にかけずり回ることになった。

 その地域に住めなくなって、何度も引っ越しをした。引っ越しのたびに、私は『ごめんなさい』という思いに押し潰され、ふさぎ込んだ。

 そんな精神状態で転校生として小学校へ行くと、クラスメートは第一印象で私のことを「暗い子」「弱い子」と判断し、からかったりいじめたりしてくる。

 それが度を越して、私の我慢の限界が来た時、いじめてきたクラスメートの背中が燃え上がったり、怒りのエネルギーのせいで急に局部的な地震が起こったりしたことがあった。相手の体が鉄砲玉のように飛び、皆の習字が貼ってある教室の壁に激突したこともあった。

 それで学校に居られなくなり、また引っ越し……そんな悪循環の繰り返しが、私の小学校時代だった。



 中学生になって、恐ろしいことに気付いた。

 私が願えば、欲しいものが何でも手に入る。

 どういうことかというと、私が願えば自分から離れた場所にあるものを、自分の手元まで転送移動できる、ということだ。テレポーテーションの物体版である。

 でも魔法じゃないから、願えば何でも出せるという「無から有の創造」はできない。欲しいターゲットに関して、自分の頭の中で「この場所にあるこれ」というイメージがはっきりしていないと引き寄せられない。

 例えば、適当に「お金が欲しい」と願っても即座にポンと現れるわけじゃなく、それが位置的にどこにあり、どんな財布(引き出しや金庫)に入っているのかが認識できてないと、動かせない。

 でも、それができるなら私は完璧に成功する万引き犯になれる、ということである。視認してそれがどこにあるかが分かれば、そのお店から離れた場所から商品を手にすることができる。

 銀行の金庫の位置が分かれば、厚い金属扉の中のものでも移動させられる。つまり、銀行強盗だってできてしまう。



 それが分かってから、私は何度もその力を不正利用する誘惑に駆られた。

 でも、何とか踏みとどまってきた。それは、今まで特殊な力を持つことで沢山『泣いてきた』経験と、それでも自殺せずに『生きてきた』経験が支えてくれたからだ。

 ここで闇の側に落ちたら、私はもう終わりだ。そのことが怖いくらい分かったので、自制できた。私が自分を律せず力を好きに使ったら、この国を大混乱に陥れたり滅ぼしたりすることも可能だから。

 何かが欲しいと思えば、自制心さえ無くせばいくらでも手に入る。誰かが憎いと思えば、相手に手を触れず証拠も残さず傷付けることができる。極端な話殺人も可能。

 まだ少女と言えるような幼い年齢の私は、釣り合わない恐ろしい能力を持っていることで気がヘンになりそうだった。



 でもそんなある日、学校から家に帰ると、母さんが「お客様よ」とある方を紹介してくれた。立派な身なりをした、中高年のオジサマ。そんな知り合いがいるはずもないし、知らないオジサマが一体私に何の用?と思ったのだけど……



 それが、麗子さんのお父様に当たる佐伯壮一朗氏との最初の出会いだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 なぜか、そんなこれまでのいきさつをふと思い出した。



 あの日以来、私は自分にとって「呪い」でしかなかった特殊能力を、世のため人のために使えることがうれしくて、SSRIでの仕事に打ち込んできた。

 世間でニュースになる大災害のレスキューや強盗事件の終結には、一切公表されないが半分近くは私が絡んでいる。でも私の名前が報じられることは決してない。

 感謝されなくていい。私のしたことが他人に知られなくていい。ただ、私が『誰かの役に立っているのだ』ということを実感できるのなら、他に何も要らない。

 そして今、目の前の「怪物」を倒すことが、この瞬間私が世ののためにできる唯一のこと。だから私は今、この一戦に全力を懸ける。



 我が名はシャドー いにしえより地球の「闇」を治める意識体だ

 今後も長い付き合いになるだろうから 以後お見知りおきを



 目の前の敵が放ったその一言が、ただ相手を倒すことだけに注力していた私の集中力を乱した。

「……シャドー? あなたが——」

 それは、これまで何度か耳にした名。



 SSRIに入る前の私は、自己肯定感を持ちたくても持てない悲しい子だった。

 両親には申し訳なかったが、当時の私は「自分はこの世に生まれてこなければよかったんじゃないか」とさえ思うようになっていた。

 時々、どうしようもない虚無感に襲われて、持て余した超能力エネルギーを何かよくないことに使ってやろうか、というドス黒い思いに囚われかけることがあった。直接的に誰かをということでなくても、大勢が困ればいい、というような。



 私が思いとどまれたのは、その時に言いしれない『恐怖』を感じたからだ。

 胸の奥底で、何者かが囁きかけてくるのだ。明確な言語として聞こえるわけじゃないけど、間違いなくそいつが発しているメッセージは「こっちへおいで」だった。

 いくら私の心が病んでいるといっても、その声に従ってしまえばどうなるかが分かっていたので、私がその声に従うことはなかった。でも、私の辛すぎる精神状態が、そういうヤツの接触を招いたというか、ゆるしてしまったことは事実だ。

 今までにそういうことが数度あったが、相手の名前は耳に残って覚えている。

「我が名はシャドー」

 ならば目の前のこの怪物は、過去に私を誘惑してきた「闇」の実体化したもの?

 


 ……ほう やはり私を覚えていたか

 美奈子よ 本来お前はこっちにいるべき存在だ

 お前は私の敵ではなく 仲間になるべきなのだ

 


 ……とんでもない。絶対に認めるもんですか!



 確かに、どうにもやるせなくて、悪魔に魂を売ってもいいような投げやりな気持ちになったことは度々あった。でも、私は佐伯のオジサマや明るくて面白い麗子さんのお蔭で「希望」を知った。「喜び」も知った。

 二度と、私は闇に足を踏み入れようとは思わない。

「私は、あなたを倒す。麗子さんを傷付け、この空港をこれ以上破壊する気なら、私は能力の限り全力で戦う」



 ……まぁいい。今は理解できないだろうが、いずれお前はこっちへ来ることになる。そんなに私と戦いたいなら、しばらくはお前につき合ってやるとしよう——



 急に、シャドーと名乗る爆弾男の体にさらなる異変が起きた。  

 伸縮自在の腕が何本もあるだけでも不気味なのに、足の筋肉が盛り上がり、腕の筋肉が盛り上がり…やがて体中のすべての筋肉組織が異常膨張し、十五メートルほどの大きさになった。これはもう、見た目に『巨人』と呼んで差し支えない。

 ただ、二足歩行では全体重を支え切れないようで、四つん這いでこちらに駆けてくる。見た目は不格好そのものだが、速さは獲物を捕らえるため瞬発力を出す肉食猛獣並みだ。



 ヘラクレスの剛力



 私の体の周りに、青白いオーラがまとわりついた。

 腰を低くかがめた私は、筋肉が本来もつ100%の潜在能力を一気に爆発させて、相手の突進を止めようとした。やつは体の大きさも重さも、私の数十人分以上だろう。でも、私の能力をもってすれば相手の大きさや重さなど関係ない……はず。


「何ですって」



 私は巨人の体を両手で受け止めはしたが、私の力をもってしても十メートルほど後方に押し込まれた。踏みとどまろうとする私の努力は徒労に終わり、靴と地面との摩擦熱で煙が上がるばかりだった。

 生まれて初めて、私の能力が敵に通用しない体験をした。でも、敵は私に動揺する隙すら与えてくれない。巨人の怪物と化した爆弾男は、目の前でいきなり大きな口をクワッと開いた。

 その口の中はゾッとするような毒々しい赤色で、しかも獣のような牙が無数に生えていた。もう少しのところで噛み付かれそうになったけれど、相手の動きを止めるのをあきらめて突き飛ばし、宙に跳び上がって距離を取った。

 


 意外な攻撃に一瞬たじろいだけど、ここで負けるわけにはいかない。

 私は神経を極限にまで集中させて、念動力(サイコキネシス)を使った。私の思念どおりに、周囲に停まっている飛行機のほとんどがユラユラ地面から浮き上がる。そのうちの三機ほどを、矢のように敵の肉体に向けて放った。

 一応、人が乗っていてはタイヘンなので眼球をサーモグラフ(熱映像探知)に切り替えて生体反応を調べておいた。すべての飛行機が無人状態なのは、もう確認済である。

「いっけえええええ」

 三機のジェット機が、ミサイルのように機首から巨人に突っ込んだ。衝突の衝撃で燃料が引火し、大爆発が起きた。

一斉に上がった火の手と爆風に巻き込まれないように、筋肉強化した「アキレスの足」の能力で、後方に百メートルほどジャンプした。麗子さんも私に続いた。クレアの姿が見えないが、私とほぼ同格の能力者だから、心配しなくてもちゃんと安全なところまで移動できるだろう。

「……やったかしら?」

 いつの間にか私の真横に来ていた麗子さんがつぶやいた。エネルギーをだいぶ消耗した私も、これで相手を退治できたと思いたいところだった。けれど、現実はなかなかに残酷なものだった。



 爆風がやみ、煙がある程度薄くなった頃、さっきとまったく変わらない敵の姿がそこに確認できた。もしかして、物理的な通常攻撃ではダメージを与えられないの?

 敵の正体が生物ではなく「意識体」であるなら、その可能性は十分にある。

「うおおおおおおおおお」

 爆弾男の真上から、剣を振り上げたクレアがものすごいスピードで空中を降りてきた。瞬時に長剣を逆手に持ち替え、剣先を下に向ける。脳天から、敵を串刺しにする気だ。

 しかし、爆弾男は体の向きはおろか顔の向きさえ変えることなく、ただ蛸のような複数の腕の一本を振り上げただけで、クレアの剣を弾き飛ばした。背中に目でもあるかのように。

 クレアの手を離れた長剣は、それまで火で真っ赤に光っていた刀身がその輝きを失った。どうやら、その魔剣は持つ資格のある者の手を離れると、ただの剣に戻ってしまうようだ。



「ううっ……」

 クレアは数秒倒れていたが、膝を立てて上半身を起こした。服が数か所破れ、そこから血が滲んでいる。タフそうな彼女でも、多少のダメージの蓄積はあるようだ。

 だが、私が見たところ異星人であるクレアには地球人にはない『短時間での自己再生能力』がある。あの程度のダメージなら、この後大きなものを食らいさえしなければ戦闘中にでも回復できてしまうだろう。

 私が心配なのは、シャドーと名乗ったこの爆弾男のもつ能力がどの程度なのか、だ。

 物理的な爆発でもダメ。火も平気。クレアほどの早い剣さばきでも見事に反応した。

 ならば一体、このあとどう攻める?



 ……お前たちの攻撃など もう見切ったわ!

 何をしてもムダだと知れ!



 爆弾男の腕は、もう二十本くらいにはなっていた。この上まだ攻撃に新しい腕でも出されて、それが一斉にこちらに向かって来たら?

 果たして、私の人並外れた反射神経をもってしても避けきれるかどうか……



 ……分かるぞ、分かるぞ、お前の心に芽生えた不安が。恐怖が!

 ああ、私には何と心地よいことか——



 爆弾男の口が大きく開いた。

 無数の鋭い牙がある、と最初は思ったが、視力を倍にして見てみると、それは「針」に近い細さだった。その周囲に、だんだんと光の粒子が無数に湧いて、大きな球体を作り上げていった。

「麗子さん、クレア逃げて!」

 いけない。これは、『反陽子エネルギー』だ。地球の科学では、こんなものまだ実用化できていない。かなりの広範囲を瞬時に灰にできる代物だ。

 多分今回の場合、半径10キロ以内は跡形もなく消滅する。特殊能力で高速移動しても、あと1.2秒程度で爆破圏内から逃げきれるかどうか怪しい。

 私らを灰にすることはできるが、そのエネルギーを使う爆弾男自身も消滅を免れないはずなのだけど?



 そうか。

 爆弾男の体は、『借り物』か。

 シャドーが一時的に憑依して、乗っ取っているだけなんだ。恐らく、心を病んで闇を抱え、そこをシャドーにつけ込まれだ誰か、だろう。私も、そうされかけた。

 ならば、意識体であるシャドーは、使い捨ての体がどうなっても問題はないわけか。

 この次元世界で自由に動ける「体」は一時的に失うことにはなるけど、また病んだ人間を探せばいいだけのこと。悲しいことだけど、この世界でそんな人間を探すことは、そう難しいことではない。

 敵は頭がいい。能力者三人を普通に倒すことは難しいと判断して、自分の体を犠牲にしてでも「相討ち」を選んだのだ。



 一発の銃声が響き渡った。

 起きたことの意外さに、爆弾男も私も麗子さんも、凍り付いてその場から動けなかった。



 ……これは一体、何だ?



 爆弾男は、数ある腕のうちの一本を曲げて、自分の後頭部に触れた。その手の平には、べっとりと血が付いていた。



 おのれ……人間風情が……



 それが、爆弾男の最後の言葉になった。

 体がグニャリと曲がり、そのまま地面に倒れた。無数の長い腕が四方八方に伸びている状態だったので、それがつっかえて倒れるというよりは「傾いた」。そして、完全に沈黙した。



 一体、何が起きたのか? 私は、銃声から発砲しただろう位置を頭で割り出して、そちらに目をやった。かなりの長距離射撃だ。

 煙が立ち上る銃口をこちらに向けて、一人の長身の女性が銃を構えて立っていた。

 女性に扱えるような一般的な銃なら、ライフルでもないのにこのロングレンジの射程を当てることはできない。あれはおそらく、マグナムとかいう種類の銃だろう。よくぞ、女性がそこまで手首を鍛えたものだ。

「やったぁ、当たった~」

 それまでの緊張感がどっと抜けるような、キャピキャピした声だった。

 声の主は、スキップするようにピョンピョン飛び跳ねながら、こちらへ走ってくる。その様子に麗子さんもクレアも呆気に取られている。あの感じでは、私と同じくあの女性とは面識がないのだろう。

「やっほ~皆さんお疲れさまでしたァ!」

 あ、申し遅れましたと言って長身の女性は警察手帳を提示した。



「公安特殊二課・特命刑事の遠藤亜希子と申しまぁす! この怪物に関わる一連の事件は、非公式にはSSRIが乗り出しているようですが、警察機構の代表としては私が政府の密命を受けて担当となりましたので、今後ともよろしくで~す!」




 ~episode 9へ続く~

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