episode 5 中畑先生

「それは、何かの間違いじゃ……?」

「いいえ、お客様のチケットは確かにエコノミークラスからファーストクラスに変更されております」

「一体、誰がそんなことを?」



 僕は今、空港内で手荷物を預ける窓口に来ている。クレア君も一緒だ。

 先日、僕一人がイスラエルのメギドへ行った時、ラキアという女性から「クレア君を一日も早く連れてくるように」とお願いされた。それ以来、その実現に向けて努力してきた。

 クレア君の育ての両親である田中夫妻は、あらかたの事情を知っていて「致し方なし」とOKを出してくれたのだが、クレア君の特殊能力の『先生』に当たる人物が「行ってはならぬ」と認めなかったと聞き、こりゃ当分無理だなと思った。

 でも、数日前クレア君のほうから「すぐにでも行こう」と言ってきた。先生の許可は降りたの?と聞いたら「もう先生の許可は必要じゃない」とのこと。

 クレア君は深い事情を話すのを嫌がるので、そこはあえて無理に聞かないことにした。でも、クレア君の様子から大体の察しはつく。

 きっと、先生と仲違いしたんだ。だから、もう言うことを聞く必要がないから勝手に行く、ということなのだろうと想像している。



 善は急げで、最短で取れる航空券をネットで検索し、三日後に出発できる二人分のチケットをゲットした。クレア君の分はとりえず立て替えるけど、財政的に余裕がないので、当然エコノミークラス。

 でも、空港で手荷物を預けるために係員にチケットを渡したところ、バーコードを読み取った機械の反応を見て、首を傾げた。

「お客様のそのチケットは、もう古いものですね。データ上では、座席変更がされたことになっています」

 そんなことをした覚えは、僕にはない。しかも、ファーストクラスだって? あり得ない!

「先生、別にいいじゃない。取り消されてたとかだったらタイヘンだし追及しないといけないけど、得したわけだから有り難く座っとけばいいんじゃない? ファーストクラスなんて、何かワクワクするなぁ~」

 まったく。若い子はそう割り切れるのかもしれないけど、僕としては何だか気持ち悪い。一体、何者の仕業だ?

「それにしても、心当たりがないよなぁ。お金持ちの知り合いなんていないし……」

「今、できたじゃありませんこと?」



 !



 僕とクレア君は、声がした後ろを反射的に振り向いた。

 何と言ったらいいんんだろう? 第一印象はそう、『派手』だった。

 二十代前半の女性、と思うが……そこらへんを歩いている大勢の一般人の中に、こんな格好の人はまずいない。あえてどこにいるかと言われれば…テレビだ。芸能人とか、ファッションモデルとか言う人種たちが、ちょうどこんな感じだ。

 でもここは、言ったら空港の中だ。たとえ「よそ行きのお出かけ」だったとしても、このセンスはどうだろう? とにかく、浮世離れした人種っぽい。



 派手さに目が慣れた頃、目の前の女性がかなりの美人だということに気付いた。でも、そのせっかくの美人さ加減が、派手な身なりのせいでちと損な見え方をしている。

「まぁ、何ですの? わたくしの美貌に見とれて、声も出ない、ってとこかしら? オーッホッホッ」

 口を開いたこの女性は、見た目そのままの「セレブキャラ」だった。コメディタッチのテレビドラマで、金持ちのお嬢様の役どころがこんな高笑いをするのを聞くことがあるが、まさか現実にそういう笑い方をする人がいるとは思わなかった。

「もしかして、オバサンがファーストクラスにしてくれたの?}

 クレア君は悪気なく聞いたのだろうが、目の前のセレブ女はムッとしたようだ。どう見ても二十代半ばよりは下だろうと思われる若さでも、女子高生のクレア君にかかればオバサン扱いか。クックックッ

「……何がおかしいのです?」

 うわぉ、僕を見る彼女の目が刃物のように鋭い!

「いえっ、何でもありません」

 僕は汗でズレた眼鏡の位置を直し、目のやり場に困って視線を泳がせた。



「ええっ、お姉さん私のこと知ってるんですか……?」

 驚いた表情を浮かべて、クレア君は持っていた紅茶のカップを受け皿に戻した。

「あたりきしゃりきの人力車、ですわ! 私はあなたともっとお近づきになりたくて、今回こういうことをしましたのよ」

 搭乗までまだだいぶ時間があるため、出国審査の前にちょっとお茶でも、という流れになった。ようし、この謎の女性には聞いておきたいことが山ほどあるしね!

 クレア君は適応能力が高いのか、さっき「お姉さんと呼びなさい」と厳しく言われて以降、その点の言葉遣いは完璧になっている。

 それにしても……この『お姉さん』は、所々言葉遣いがヘンだ。



 彼女の名前は佐伯麗子。名前まで、いかにもって感じなので笑った。

 あ、もちろん心の中でね。でないと、ひどいことになりそうだから!

 佐伯、という苗字に「金持ち」というキーワードで、僕の頭脳は日本随一の巨大企業複合体『佐伯グループ』を連想した。したらば案の定、麗子さんは佐伯グループ会長の長女だった。そりゃ、お金はあるわけだ。

 麗子さんは、クレア君や妹のリリスちゃんのことを色々調べたのだそうだ。そして今回、僕らが航空チケットを買って海外に渡航しようとしていたことをキャッチしたらしい。

「いくら佐伯グループが大企業とはいえ、そこまで立ち入った個人情報を勝手に調べることはOKなのですか?」

「あら、そこは……あまり詮索しない方がよくってよ」

「……裏の事情、っってやつですか」

「ま、そういうこと。好奇心もたいがいにしないと、やけどしますわよ」

 そう言いながら麗子さんは、ここの紅茶あまりおいしくありませんわね、とブツブツ文句を言いながらカップを置いた。ちなみに今座っている喫茶ラウンジは、一応航空会社系列の一流ホテルが出しているお店だ。コーヒー一杯が千円を超えるこのお店の紅茶を「大したことない」と言えてしまうのは、超セレブならではだろう。

 そういう人種に耐性のない僕は、汗をふきふき緊張のし通しだった。

 ……いや、ちゃんと正直に言うとセレブにではなく「美人に耐性がない」のだ。



「あなた、よその星から来たんでしょ?」

 麗子さんの唐突な言葉に、クレア君は口にした紅茶を飲み込むタイミングを誤って、激しくむせた。

「エホッエホッ……どうしてそれを?」

「私の父が設立した地球防衛のための秘密組織は、ビジター(地球外から入ってきた知的生命体、つまり宇宙人)のことくらいちゃんと把握してますわ。あなたがたの事情はどうあれ、地球が異星人同士のトラブルに巻き込まれるなら自衛しなきゃいけませんからね」

「じゃあ、私が何者で、何と戦っているかも知っていたりするんですか?」

 息まくクレア君を麗子さんは手を上げて制し、「まぁちょっと落ち着きなさい」と言ってまた紅茶をひと口。

「いくら私たちでも、そこまで細かいことはまだ何も。だから調べてるわけよ、あなたたち双子のことや、対立しているあなたの敵のことも。ただ、あなたや妹さんが悪いヤツじゃない、ということくらいは分かりますけどね」

 麗子さんは、クレア君や妹のリリス君が戦った高校敷地内での対バジリスク戦の一部始終を見ていたと告白した。

「だからね、お互いウィンウィンの関係になるようにさ、取り引きしない?」

 麗子さんは身を乗り出してきて、クレア君にそうもちかけた。

「……ウィンウィン?」

 ビジネス用語が分からないクレア君に、「取引をする双方が互いに利益がある関係を築くこと」だと横から教えたら、ああなるほどと納得してくれた。

「クレアちゃん。あなたは私に、あなたの知り得る情報をすべて提供する。その見返りとして、私たちはあなたに味方して、共に戦う」



「私たち……って?」

 そう横やりを入れたのは僕だ。『私たち』というのが、麗子さん以外に誰をさすのかどうしても気になったから。

「もしかして……さっきちらっと言っていた、佐伯会長が極秘に作ったという秘密組織のことです?」

「ああ、それはSSRI(特殊科学捜査研究所 Special Science Research Institute)って名前なんだけどね——」

 麗子さんは、腕組みをして言葉を慎重に選びながらこう言った。

「う~ん、組織って大きいほど小回りが利かなくてねぇ。かじ取りがタイヘンというかさ、まだ組織全体の総意としてあながたを信じて支援しよう、という風にはなっていないのよねぇ。だから現状でお約束できるのは、私ともう一人のお友達くらいは個人的に協力できる、ということくらいかしら」

「……二人かぁ」

 組織ぐるみでクレア君をバックアップしてもらえるのなら心強いのに、と思ってしまった。麗子さんにはそんな僕の落胆を見透かされた。

「あらぁ、もしやたった二人か、ってがっかりなさって? こう見えて、私ももう一人のお友達も一騎当千、二人だけでもものすごいことができますのよ」

 麗子さんもほかのもう一人も、クレア君やリリス君のように特殊能力を駆使できるのだそうだ。僕は、それが一体どんな能力なのかを興味を持って聞こうと思ったところで……空港全体にけたたましい警報が鳴り響いた。



 警報に続いて、即時避難指示の放送があった。セキュリティ保持上の問題が発生したため、空港内にいる者は国内線も国際線も含め、係員の指示に従いすみやかに空港外に退去するように、とのこと。

 喫茶ラウンジも、ものの数十秒で客も店員も慌てて走りだし、座っているのは僕たち三人だけになった。

「まさか、こんなところにまで、敵……?」

 クレア君は、表情を曇らせた。この混乱がもし自分がここにいるせいで起こったのだとしたら? と考えたら、責任を感じずにはいられないのだろう。

「……ちょっと待ってくださる?」

 麗子さんは目を閉じ、何かに意識を集中しているかのような表情になった。



「……今回の件は、宇宙からの敵さんとは関係ありませんわね。この星の内輪のモメ事というか事件というか…どうやら、爆弾テロのようですわね。テロリストが、空港内のどこかに爆弾を仕掛けた」

「本当に? そこまで具体的なことをどうやって知ったのですか?」

 放送では『セキュリティ上の問題が発生した』という曖昧な表現だけで、はっきりしたことには触れていなかった。仮に麗子さんの言うことが本当なら、確かに下手に放送すれば空港内は大パニックになってしまう。

「ああ、それは私のお友達というか……もう一人の『能力者』に聞いたのです」

「聞くって、どうやってです?」

 僕の見ていた限り、麗子さんはこの短い時間で、ケータイを使って電話したりメールのやり取りをした様子はない。じゃあ、もしかして——

「テレパシーですわ」

 やっぱり。そこだけは予想が当たった。ということは、麗子さんともう一人の友達は、ちまたで言うESP(エスパー)ということだろうか。

「もう一人のお友達……美奈子ちゃん、っていうんだけど、彼女とは互いに離れていても、頭の中で会話ができるの。だから、今こっちの空港で何が起こっているのか透視してもらいましたの」



 麗子さんの話によると、能力者同士で会話する程度ならどんなに離れていても可能だが、離れた場所で何が起きているかを透視する場合、近いとだいぶ正確に分かるが、離れた場所になるほどその見える精度が落ちていくらしい。 

 麗子さんのエスパー仲間である『美奈子ちゃん』という人物(クレア君と同じ高校生らしい)が透視したところによると、今からおよそ30分後くらいに、空港のどこかで大爆発が起き、少なからぬ犠牲者が出るというイメージが見えたそうなのだ。テロリストを独自に追っていた警察のほうでもその情報をつかんでいて、今回の素早い空港封鎖に踏み切った。

 ただ、その『美奈子ちゃん』でもその爆弾がどこにあるのかとか、どんな爆弾なのかという肝心なことまでは分からないらしい。警察でも、そこまでの情報はまだつかんではいない。

 ちなみに透視能力は美奈子ちゃんの得意とするところで、麗子さんには残念ながら無理らしい。



「これから空港の中を歩き回って、爆弾探しをしますわよ」

 麗子さんのいきなりの提案に、僕もクレア君も「エエッ!」と声を上げた。

 まさかとは思うが…僕は「どうか予想が外れていますように」と祈りながら、麗子さんに聞いてみた。

「もちろんそれは……麗子さんが行かれるんですよね? クレア君ならともかく、能力のからきしないボクは、避難しててもいいですよね?」

「ダ~メ。もちろんアンタも来るのよっ」

 そう言われる予感はしていたものの、僕はがっくり肩を落とした。

「あなた、曲がりなりにも今はクレアちゃんの保護者代理でしょう? しっかりなさい!」

 ……これって、そういう問題なの?



 そういう議論のあと、やっと喫茶ラウンジから腰を上げて、僕たち三人は空港内の探索を始めた。

 探索と言っても、この広い空港を端から丁寧に探していたのでは、三十分というタイムリミットがすぐに来てしまう。この場合は、麗子さんとその友達の美奈子さんとやらを頼るしかない。

「美奈子ちゃんが言うには、能力者仲間の私が『アンテナ』代わりになるのですって。私が空港内を歩き回って爆弾に近づけば近づくほど、私を媒体として爆弾をはっきりと透視できるようになるんですってよ」

 僕とクレア君は、その場を完全に仕切っている麗子さんに従うほかない。もしかして麗子さん、クレア君と一緒にいるというだけで、僕を「特殊能力のあるチームの一員」みたいに、同等に見てないか? 僕がかよわい一般人だということを分かってない、ということはない?



「さっ! これから爆弾探しにレッツラ・ゴー!」

 まるでパック旅行の添乗員さんのように、麗子さんは先頭を切ってズンズン歩き始めた。これで三角の旗なんか持っていれば完璧だ。

 でも、彼女のこの独特のノリのお蔭なのか、普通だったら絶対に断る「爆弾探し」にイヤイヤながらでも僕はついていこうとしているわけだ。彼女は、人に言うことを聞かせる不思議な魅力がある。もちろん、美人ってことだけじゃなく。

 さっき麗子さんは僕のことを「クレア君の保護者」でしょと指摘したが、現状では麗子さんが僕とクレア君の保護者みたいだな、と思って自嘲的に笑った。

 


 さて。ファンタジー好きの僕としては、せっかくの機会だから「これからどんな大冒険が待っているのか」をワクワクして楽もう、と気持ちを切り替えることにした。



 でも、それは実際に味わってみると、僕の想像を超える恐怖と緊張の連続だった。 




  ~episode 6へ続く~

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