episode 6 クレア
「ちょっと! ここは警察関係者以外通り抜け禁止ですっ。っていうか、あなたがた一般の方ですよね? まだこんなところにいるなんて、即時避難警報を聞いてないんですか?」
先頭の麗子さんが警察関係者のいる場所を通り抜けようとすると、当たり前だが制服警官に見とがめられた。でも、麗子さんは涼しい顔でこう言った。
「……警視庁・レベル3のアクセス権を持っています。照会ナンバーはESP0902、非公式ですが私は警部補の階級をもつ者です。このことは警視正以上の階級の者しか知りません。大至急、あなたのお偉いさんに連絡なさい!」
どうやら麗子さんは、人を威圧して従わせるのは大得意みたい。
「ホラッ、さっさとしないとアナタの夏のボーナスにひびきますわよっ」
「ヒイイ! 娘が私大に入っちゃって物入りなんで、それだけはご勘弁を!」
麗子さんにドヤされたかわいそうな警察官は、必死で警察無線と格闘している。
「やっ、これは大変失礼しました!」
無線連絡を終えた警官は、警察式の敬礼をビシッと決めた。これはきっと、麗子さんが自分よりも上の階級であることが冗談ではなく本当に確認されたからだろう。
「分かればよろしい。分かれば」
麗子さんを先頭に、私と中畑先生(麗子さんはなぜ先生まで連れて行くのだろう?)は、警察が貼った立ち入り禁止の黄色いテープを遠慮なくまたいで、さらに先を歩き出した。
「今から三十分後に爆弾が爆発する、って言ってましたよね? あなたはさっき『透視』と表現されてましたが…それはいわゆる『予知能力』と同じものですか? その予知能力では、犯人の居場所や爆弾の位置を特定するのはムリなんですか?」
歩きながらこう質問したのは、中畑先生。出会った直後から、先生は麗子さんの尻に敷かれてる感じだけど、でもこれはこれで案外『いいコンビ』なんじゃ?と思ってしまう。
「そうねぇ。能力があるのは私じゃなく美奈子ちゃんだから、彼女の受け売りしか言えないけど…予知能力ってのは、キャッチできる情報の範囲をコントロールできないようなの。爆弾が爆発する場所は?とか、こっちから知りたい未来の情報を指定して割り出そうとしてもダメ。イメージとして頭に降って湧いてきたものだけを、ありがたく受け取るしかないらしいのです」
「そりゃまた、運頼みな能力ですねぇ……」
中畑先生はため息をついた。
「そう。でも、『爆弾テロが起きる』ということは分かったわけだから、それだけでも良かったと思いましょう。 あとは現場にいる私たちが頑張って何とかするしかないのです。さっ、はりきって参りましょう!」
「……何とも切り替えのお早いことで」
中畑先生のこの言葉は、称賛のようにも皮肉のようにも聞こえた。
突然、轟音と共に空港の建物全体が揺れた。
これは、地震による揺れとは違うはず。私たちが今いるのは、搭乗ゲートがある空港の二階部分だけど、一階へ続いているエスカレータの奥から、もうもうと煙が立ち込めている。考えたくないけど、きっと一階で爆弾が……
爆弾探索でもまるでファッションショーに出るモデルのような歩き方をしていた麗子さんが、爆発の衝撃で足を滑らせ、見事な尻もちをついた。
「もう! 何でこのタイミングなんですの?」
麗子さんは起きたことにビックリするよりも、自分の優雅な歩きを邪魔されたことのほうを怒っているように見える。しかし、数秒後には麗子さんの表情が深刻なものに変化していた。
「ちょっとお二人さん…美奈子ちゃんによると、テロリストが数か所に仕掛けた爆弾のうちのひとつが、爆発したようです」
……エッ、爆弾ってひとつじゃなかったの?
「美奈子ちゃんが、今まで予知できた情報が少なすぎてごめんなさいねって。でもね、今の爆発を見て仕掛けた犯人が興奮したのか、犯人らしい人物のかなり強い感情の動きがあったらしいの。美奈子ちゃんはそういう人の強い『念』をキャッチする力もあるから、今色んなことが分かりました、って」
そうして新たに分かったことは……
爆弾が全部で三つあるらしいということ。ひとつは今爆発した一階の手荷物受付ロビーに仕掛けられたもの。二つめは、三階のレストラン街のどこか。三つ目は、恐らく飛行機の中。ただ、空港に数ある飛行機のどれなのかまでは特定できず。
そして犯人は、大きなテロ組織に属する構成員ではなく、思想的に偏った単独犯の仕業らしいこと。爆弾はセットしてから三十分という時限式のものだが、犯人の手元にあるスイッチでも任意に起爆できるらしいこと。
「そうか。それで、さっきみたいに三十分を待たずに爆破させることもできたわけか」
中畑先生は腕組みをして、考え込むような表情でそう言って唸った。
「そこが問題なのです。美奈子ちゃんによると、興奮のあまり予定よりも早く爆発させたくなった犯人が、さきほどの爆発を起こした。このままだと、タイムリミットなんて関係なく残りのふたつもすぐ爆発しかねません」
会話中、目の前の空間にいきなり『真っ黒な裂け目』ができた。
ここ最近の波乱万丈な人生航路のお蔭でたいていのことには驚かないようになっていた私だったけど、何もないはずの空中に突然そんなものが現れ、その裂け目を両手で押し広げるようにして、一人の女の子が突然出てきたのにはさらに驚いた。
「あら、美奈子ちゃん。あなたまだ授業中じゃなくて?」
だったら、さっきから会話に登場している美奈子ちゃんって、この子?
なるほど、今の時間まっとうな高校生なら授業中だろう。学校の制服姿なのは、当然と言えば当然か。
「だってぇ、遠くからの対応じゃ能力が限定されてラチがあかないんですもん!」
遠くにいたはずの人が、空間の裂け目からいきなり現れた。これは、ある地点から遠く離れた地点までの物理的距離を無視して、一瞬で目的地に着く『テレポーテーション(瞬間移動)』という能力かなぁ?
「この際、授業サボることなんか問題じゃないでしょ? 爆弾魔を止めなきゃ、もっと被害が広がっちゃう」
美奈子ちゃんはそう言い足したけど、そりゃ確かにその通りだ。
その後、麗子さんの提案で、皆で手分けして動くことになった。
麗子さんは、空港の滑走路に出て、爆弾が仕掛けられている飛行機を探す。中畑先生は、三階のレストラン街に仕掛けられた爆弾を探す。
「もし仮に見つけたとして……その後どうしたらいいか、僕ゼンゼンッ分からないんですけど? 爆弾処理なんてまったく縁のない人生ですから——」
「大丈夫です。爆弾解体は私が指示しますから、心配しないで」
中畑先生と美奈子ちゃんのやりとりを聞いていると、どっちが年上でどっちが年下か分からなくなる錯覚に陥りかけた。
で、私と美奈子ちゃんは自由に動き回って、爆弾の起爆装置を持っている犯人を捜し回ることになった。たとえ犯人が起爆スイッチを押さなくても、時限式なので三十分たてば自動的に爆発するというシビアな状況であることは忘れちゃいけない。
「あなた、高校の何年生?」
ホントならそんな会話をしている場合じゃないのかもしれないけど、心に余裕のなさすぎるのも問題かと思い、気を紛らわせるためそんな質問を美奈子ちゃんに振ってみた。もちろん、足は動かし目は犯人を探しつつ。
「二年生」
「あ、同じか」
敬語を使うべきかタメで話していいのか悩んでいたので、この情報はありがたかった。私は根っからの運動部系だからか、もし相手が三年生だったらタメ口で話すなんてとんでもない、って思ってしまう。
「クレアさん」
「はい?」
こっちが次からタメ口で話そうとしていたところへ、向こうからさん付けで呼ばれてしまったので、返事の声が思わず裏返ってしまった。
「あなた、天井を突き破って真上の階へ飛び上がることはできる?」
瞬時には、美奈子ちゃんの意図が分かりかねた。
「そりゃあまぁ、できると思うけど——」
「あなたの先生が真上にいる。そのすぐそばに爆弾があって、多分あと三十秒程度で爆発する。解除している時間はないから、先生を抱えて遠くへ逃げて」
マジで? その情報は「確実な透視」なのか「予知」なのか気にはなったけど、そんなことを聞き直している場合じゃない。犯人は、タイムリミットを待たず気まぐれに『今』起爆する気なのだ。
私はすぐさま、心の中で唱えた。
火、火、火……
メラメラと燃える炎を心の中で思い描くと、なぜだか特殊能力を引き出すモードに切り替えやすい。ものの数秒で、心の中のイメージだけじゃなく、手のひらにも発火現象が起こった。おそらく、他人が見たら私の眼も真っ赤になっているだろう。
イグナイト・クレイモア
私の手のひらの炎の中に、強力な武器となる魔剣が出現する。刀身も、鍛冶屋が打ったばかりの鉄のように真っ赤だ。私は、両足をバネにして、最大限の跳躍力を得るために思いっきりかがんだ。
何せ、天井のコンクリートを突き破らないといけないしね!
「はぁっ」
両手で大きな剣の柄(つか)をしっかりと握り、上へ突き上げる。ジャンプの瞬間と同時に、頭上で剣先が円を描くように刀を振り抜く。
頭上の床が抜けて、瓦礫が下に落下する頃には、私は上の階へと跳びあがっていた。穴の開いていない場所に着地すると、私は目を凝らした。
数秒して土煙が少し薄くなると、そばに人影が見えた。
「ゴホッゴホッ……もしかしてクレア君?」
「はい。大丈夫ですか?」
私は中畑先生がいる位置へ駆け込んだ。
「クレア君、こ、これ……」
先生が恐る恐る指差すその先には…赤く光るデジタル表示が明滅していた。
それによると、爆発までの残り時間は十二秒。
……ちょっと、繰り上がってるじゃないの!
いちいちやることに断りを入れる時間がないので、私は無言で先生の腰に手を回し、そのまま弾丸のように廊下を駆けた。先生には怖い思いをさせちゃうかもだけど、命を守ることのほうが大事だから仕方ない。走るスピードを上げよう。
光弾駿砲脚
ダッシュの瞬間から十秒ほどは時速五十キロから百キロの間までしか出せないが、爆発圏内から遠ざかるには十分だろう。空港がいくら広いとは言っても、そんな速さで走っていたら、空港の端の壁までは早い。
7、6、5、4、3……
あと二秒で爆発か。
「先生、目をつむって!」
私は肩口から空港の壁に突進していき、スピードを緩めずそのままの勢いでコンクリートをぶち抜いた。
2、1……
私と先生の体は、一瞬地上五十メートルの空中に踊る。
その瞬間、私たちの後方で大爆音が鳴り響いた。
「ひいいいっ、高いところは嫌だぁ~」
……コラ先生。目を閉じといてって言ったじゃん。下を見たな。
私はこれ以上先生を怖がらせないよう、滞空時間を長めにして、ゆっくりと地面へと降り立った。
……クレアさん
頭の中で声がする。ああ、こんなことができるのはあの『美奈子ちゃん』だな。私も頭の中で返事を返す。
「はい?」
……犯人の位置が割り出せました。今の爆発で、犯人は私が見逃がすのが難しいほどの強い思念を発しましたので。
「それで、どこへ向かったらいいですか?」
向こうが敬語なので、なんだかこっちもそうなってしまう。
……とりあえず先生を敷地のどこかの安全な場所へ。その後、滑走路上で緑色の光が見える場所へ急いでください。もう麗子さんが先に着いちゃってます。
緑色の、光?
一瞬意味が分からなかったが、着地した地点から滑走路のほうを眺めると…見えた。あれは麗子さんに違いない。緑の光は、きっと麗子さんの体から発散されているオーラだ。きっと、彼女が能力を発動させる時にはそうなるんだろう。
ここからではよく見えないが、麗子さんの前に誰かがいる。恐らく、麗子さんが対峙しているのは、美奈子ちゃんの情報だと……
爆弾を仕掛けた犯人だ。
~episode 7へ続く~
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