前編第四章『リリスの秘密』
episode 1 リリス
……わたしはまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。
これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出て行った。それは、全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。
汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。
~新約聖書 ヨハネの黙示録 十六章十三~十四、十六節~
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昨日のことだが、姉との下校の途中、犬の群れに襲われた。
事件として、人が狂犬に襲われるというニュースがあったりするが、私たちが遭遇したのはどうもそういう「現実的な」種類のものではないらしい。
複数の犬種の違う犬が、共通の目的をもって行動できるなんてあり得ない。しかも、近くには統率している人間の姿すらなかった。しかも倒した後犬がいた痕跡は跡形もなく消えてしまった。
こんな話をして警察に被害を届けても、まず相手にされないと思う。物的証拠も何もない上に、姉が火炎放射で撃退しました! なんて……
よくよく考えたらあり得ない、ものすごい体験をしたわけなんだけど、あまりにも「普通あり得ること」からかけ離れ過ぎていて、かえって現実味がなかった。
むしろ、「私は本当にあの体験をしたのだろうか?」という、かえって疑う気持ちさえあった。全部、夢だったのではないかと。
でも、やっぱりあれをなかったことにして日常を過ごし続けることはできない。あれを最後に、もう二度とあのような体験は起こらないという保証はない。それどころか、あれを何者かの意図的な襲撃と考えたら(考えたくないけど)、要するに私たちを「消す(スパイ映画みたい)」ことに失敗したわけなんだから、再び襲われる可能性の方がむしろ高い。
だとしたら、「あれは悪い夢だ」として何の対策も立てなければ、命に関わる。
かといって、手を打つと言っても、ただの女子高生風情に何ができるというわけでもない。姉のクレアならまだ、運動神経を生かして格闘術をさらに磨いて備えるということもできるだろうが、体の弱い私にできることはとりあえず「頭を使うこと」くらいしかない。
部活をしない帰宅部な私は、学校から帰るとすぐPCを起ち上げ、ネットで早速調べごとをした。それで分かったのは、姉の発揮した力を説明しているもっとも近いものは、『パイロキネシス(念動放火能力)』というもので、これはいわゆる超能力に近い。
でもこれは実際にそういう能力があるというよりも、小説や映画などで描かれる架空の能力と言ったほうがよいものである。つまりは、フィクション。
私たちは、このことを誰にも相談できない。いくら、深い絆を築けた親代わりの田中夫妻でも、簡単に言う気にはならない。
でも、私たちの直面している状況や悩みに関係なく、時は規則正しく流れる。嫌でも、明日はやってくる。
学校へも行かないといけないし、高校生としてやることはたくさんある。それをいつも通りにこなし、なおかつ人に言えない悩みをもつということは、まだ幼い私たちには荷がとっても重いことだ。
次に「メギド・フレイム」なる言葉を調べてみた。
検索したらまず出てきたのは、テレビゲームか何かに出て来る魔法の技の名前にその言葉が使われているケースだった。検索でヒットした記事をザッと読んでもそんなんばっかなので、作戦を変えて「メギド」という単語だけで調べてみた。
イスラエル地方にある、ある場所の名前らしい。
新約聖書の黙示録という、世の終わりに起こることを予言したかのような書物がある。その中で、イエス・キリストが率いる光の勢力と、サタン(悪魔)が率いる闇の勢力との最終決戦の戦場となるのが、その「メギド」という地だと言われる。
聖書には、メギドではなく「ハルマゲドン」と書かれており、この言葉は映画や小説などでたまに登場することがある。
誰もが何かで一度は耳にしたことがある言葉だと思う。
そこまで分かっても、何もならない。その先、どうしようもない。
うちのお姉ちゃんとそのメギドが、どう関係がある?
まさか、自分の姉が世界の終わりとか、神と悪魔の最終戦争とか、そういうものに関わりがあるなんて思えない。仮にあったとして、今何ができる?
でも、実際にお姉ちゃんは追いこまれた状態で不思議な力を発動させた。
私たちにとりあえずできることと言えば、お姉ちゃんの訓練くらい。つまり、追いこまれた時に力が使えるか使えないか、レベルでは実戦に役立たないので、自分の意志で使いたい時に自由に使えるようにしておくのである。
そこまで考えて、またハタと思考が止まった。
訓練するったって、どうするよ!
まったく、アイデアが浮かばない。
超能力研究所なんて聞いたことないし。仮にあっても、ホイホイ出向いてその能力が本物と認められたら、「もう好き勝手に生きれなくなる」恐れがある。そうなれば姉は国家に常にマークされるような人生になるかもしれない。
いくら姉とうまくいってないと言っても、そうなれとまではさすがに思わない。
やぶへびで、私も血のつながった妹として、検査されまくるかもしれないし。
……あ、そうか。双子だし、姉にあのような力が発動したなら、もしかして私も?なんで、今までそこに気付かなかったんだろう?
そこまで考えた時、私の部屋のドアがノックされた。
「リリスちゃん、ちょっといい?」
良枝ママの声だ。
「……どうぞ」
私は、ママを一目見て、何だかいつもと違うと分かった。
私の中でママは、だいたいいつだって明るく、元気な人というイメージだ。生きてれば色々あるのだろうけど、子どもである私たちの前では、叱らないといけない場合を除き笑顔を絶やさない人だ。
それが、部屋へ入ってくる最初から曇った、そして緊張した面持ちをしているのだ。これはなにか、深刻な話なのではと察せられた。
「大事なお話があるの。ちょっと時間いいかしら」
そう言いながらママは、私を看病する時に座るのに常時置いてあったイスを引き寄せ、そばに座った。私は勉強机の上のノートパソコンから顔を上げ、回転椅子の向きを変えてママと向き合った。
その後、ママの口から語られた話は、私を驚かせるのに十分衝撃的な内容だった。そしてその同時刻、まさか帰りの遅くなったお姉ちゃんが、道中「敵」の襲撃に遭って交戦中だとは思いもしなかった。
~episode 2へ続く~
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