episode 2 リリス

「あ、リリスちゃん。それ運ぶ時気をつけてね。ちょっとでもかどが欠けると売り物にならないから」

 これは、台所でお鍋をしまうようなわけにはいかない。今運んでいるこれは、百五十年ほど前の西洋のアンティーク置物のようで、どうも五十万ほどするものらしい。

 手の込んだ木彫りの馬なのだが、たてがみの部分とか尻尾の部分とか、これでもかというくらい繊細に彫られているので、下手にぶつけたりこすったりするとそこだけ欠けてしまいそうで怖い。

 かといって、そういう高価な置物を透明ケースに入れるのはダメらしい。このお店の方針としては、お客様を信用して遮蔽物をなるべく使わず「生」で商品を鑑賞していただくのが大事、ということだ。

 ……にしてもだ。いつ来ても思うのだが、もうちょっとかわいらしいものが多けりゃいいのに、高校女子から見れば「キモい」、趣味の悪い骨董品ばかりだ。

 謙虚に考えれば、単に私のほうがガキで、そういうものの値打ちを見る目がないだけのことかもしれない。



 お隣さんである吉岡初江おばさんが経営する、駅前の雑居ビルにあるこの骨董品店に入り浸るようになって、もう何年経つだろう。

 お姉ちゃんと私は、吉岡さんが隣に越してきてからずっと仲良しで、学校が休みの土日にまるで店番のバイトでもしてるかのようにこの店に通っている。近所の評判では、気難しく人を寄せ付けない変わり者と言われているが、私たち双子にはまったくそんなことはない。

 小学生の頃とは違い、高校生となった今は人間関係や社会との関わりの幅が広くなって、そう隣のおばさんと過ごす時間は取れなくはなった。それでも無理して時間を見つけては、この店にやってくるのだった。



 お姉ちゃんはあまり考えないみたいだけど、私は時々「何でこんなにも吉岡さんが好きなんだろう。いつまでこの関係を続けるのだろう」と考える。

 別に骨董品が好きなわけでもない。最初よりはずいぶん店の雰囲気に慣れたけど、それはあくまで「慣れた」というだけのことであって、別段入り浸る理由にはならない。

 吉岡のおばさんも、失礼だが学校の友人たちよりもめっちゃ付き合って魅力ある人、というわけでもない。人付き合いをしない頑固おばさんで、たまたま私らにはそうじゃないっていう程度で、その点でも友人との約束以上にこの店に来ることを優先するほどの理由としては弱い。

 じゃあ一体、何が私たちをこの店に引き寄せるのだろう?

 私は結構ミステリー好きで、謎解きは得意な方だが、そんな私でもこの点だけはよく考えても分からない。なぜか、足が向いてしまうのだ。



 私が忙しく最近入荷した「お宝商品」を陳列しているというのに、お姉ちゃんはというとずいぶん古そうな子供用のおもちゃと思われる商品で遊んでいる。

 ……こんにゃろ、少しは手伝え。

 一瞬そんな感情も湧いてきたが、その時お姉ちゃんのいる横のサイドテーブルに置かれているものが私の注意を引いたため、それっきり立ち消えになった。

 何かの玩具おもちゃだろうか? それはキラキラしていて、古い骨董品とは違う最近の商品であるように思われた。古ぼけたものしか置いてないこの店の中で、そこだけ別世界のようだったので、気になったのだろう。

「おばちゃん、お姉ちゃんの脇にあるキラキラした棒みたいなの、何? 玩具おもちゃですか?」

「ああ、それね。ええ、そうよ」

 吉岡さんは奥まった場所にあるレジの前から腰を上げて、わざわざ話題のものがある場所まで歩いてきて、手に取った。

 棒状の玩具で、光の当たり加減によって虹色に光る細い帯が、棒のてっぺんから中ほどまでに無数に、放射状に取り付けられている。

 吉岡さんがそれを上下に振ったりクルクル回したりすると、その帯が変形して実に色々な美しい楕円形を作る。それはまるで、フワフワ形を変えながら宙に浮かぶシャボン玉みたいだった。



「……キレイ」

 私より先に、お姉ちゃんがそう反応した。うっとりと、その不思議で幻想的な動きに見入っている。私も興味津々で、吉岡さんに質問した。

「それ、きれいな玩具ですね! 見たことないんですけど、普通に売っているものなんですか?」

「ああ、これはね……『レインボースティック』って言うのよ。きれいでしょ? 私の故郷では流行っていて、子どもたちはみんなこれで遊んだものよ。これをクルクル回しながら願い事をすると叶う、って言われてるの。みんなが流れ星に願いをかけるのと同じ感じね」

 姉と私はそれぞれ同じものを一本ずつ受け取って、夢中で回し始めた。

「願い事が叶うんだ……じゃあ私は大学受験の合格祈願しちゃおうかな」

 普段積極的にはしゃべらない私だが、クレアが何か言う前に先にそんな言葉が出てきたので、自分でもビックリした。私は、よほどこのレインボースティックなるものが気に入ったようだ。

「私は……えっと、何にしよう?」

 竹を割ったような性格のはずのクレアが、言葉を詰まらせた。姉が自分の願望をハッキリ言えないはずがない。ということは、「私との仲直り」なんて考えて、本人を目の前にして空気を読んで口にするのをやめた?

 でも、吉岡さんのところへは二人そろって来れるんだから、私たちの「不仲」って他人から見たらすごく不思議かもしれない。



「私は、一番大事な願いがかなわなかったけどね……」

 夢中になって遊ぶ私たちと離れたところで、吉岡のおばさんがボソッとつぶやいた。かすかなささやきだったが、なぜか私は気付いた。

 その背中は小さく見え、とても寂しそうだった。

 その一言がこの後ずっと心に残り、それまでの自分では考えられないことを「吉岡さんの願いをかなえる手伝いのために」やることになるとは、この時は思いもしなかった。思えば、この時点で私たちを巻き込んだ運命の歯車は、とんでもない方向へ回転を始めていたのだ。



 そのことに気付く第一歩は、今湧いた疑問。

 吉岡さんは、レインボースティックを「私の故郷では流行っている」と言ったけど、少なくとも日本にはないはずだ。おばさんは当然日本生まれのはずなんだけど、じゃあおばさんの本当の故郷は別にある?

 私が知らないだけかもと思い、帰宅後ネットを当たって調べてみたが、日本はおろか海外のサイトを当たっても、世界のどこにもそんな玩具は商品として存在しなかった。



 おばさん、本当はどこから来たの……?




 ~episode 3へ続く~

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