7-5 いつもどおりっぽい午後の授業
「相手の顔をよく見て描いてねー」
午後の授業は、美術だった。
「動かないでください悦郎さん」
「そうだよ~。私たちが描き終わるまで、じっとしてて~」
課題は似顔絵。
みんなペアになってお互いを描いていたが、なぜか俺だけが咲と麗美とトリオになって描く羽目になっていた。
まあ、ただ単に麗美が転入してきてクラスの人数が奇数になってたからってだけなんだけどな。
「っていうか、お互い描くんだから、俺もお前達を描くんじゃないのか?」
「いいからじっとしてて」
「あとで描いてもらいますから。今は動かないでください」
「くっ……」
2対1では分が悪い。
っていうか緑青のヤツは俺の方を見てニヤニヤするのはやめろ。
っていうか砂川は食パンを食べるな。
「どう? 描けてる?」
美術の留紺みさき先生が咲たちのスケッチブックを覗き込んだ。
「うん、そうね。ここのところの陰影をもう少し出してみたらいいんじゃないかしら」
「あ、なるほど」
「麗美さんは……あら、上手ね。これじゃあ先生何も言うことないわ」
「ふふ、ありがとうございます」
みさき先生はみどり先生の次に若い先生だったが、みどり先生とは明確に違う部分が一つあった。
それは、他の先生たちからの信頼感だ。
みどり先生に対しては、みんな放っておけない感じで何かを任せてもハラハラと最後まで見守ってしまう。
みさき先生に対しては、指示だけしたらあとは完全おまかせ状態でリラックスして結果を待つだけな感じになる。
聞いた話では年齢は一つしか変わらないらしいが、それなのにこの差はなんだろう。
(まあ、もともとの性格の差なんだろうな)
そして、もうひとつ違う部分がある。
それは、ファッションに関してだ。
みどり先生はいかにも先生といった感じの格好をしてくる。
かっちりとしたスーツで、先生なりにピシッとしているのだろうが、どことなく可愛らしさが出てしまう。
逆にみさき先生は、これっぽっちも先生っぽくない格好をしていることが多い。
豪奢なアロハシャツにスリムなタイトジーンズ。髪も毛先を赤く染めていて、夜のお仕事とまでは言わないが、普通のOLさんよりもずっと派手な格好だ。
もっともこれは美術の先生ということもあるのだろうが、他の先生たちが黙認しているところがすごい。
おそらくそれも、普段のみさき先生の行いがいいからなのだろう。
というかあの派手なアロハシャツ、いったいどこで買っているのだろう……。
「それにしても先生、そのアロハ、とてもいい柄ですね」
麗美のそのひと言で、クラスの全員が「あっ」という表情を浮かべる。
なぜならそれは、みながみさき先生と話したときに必ず通る通過儀礼のようなひと言だったからだ。
「実はね、このアロハ……」
そうして、みさき先生のアロハ談義がはじまる。
たぶん麗美はこの授業中、ずっとあの話を聞く羽目になるだろう。
別にそれがつまらないというわけではないのだが、全員が同じような話を一度は聞いているために、みんながその話の内容をほぼ記憶しているというのが先程の「あっ」の原因になっている。
嬉しそうにみさき先生の話を聞いている麗美。
エキゾチックで日本らしいなどと、さらにアロハのことを褒めている。
もしかすると今までで一番、先生の話の受けがいいかもしれない。
(そういえば麗美も、ちょっと変わったセンスをしてるからな。みさき先生のアロハも、麗美のツボに意外とハマるのかもしれない)
電車にコンビニにアロハシャツ。
(……いや、それはないか)
俺はじっと黙ったままで、咲に似顔絵を描かれていた。
麗美の方は手が止まっている。
っていうかこのままだと、俺の方の描く時間はとれるんだろうか?
そんなことを考えながら、俺はある日の美術の時間を過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます