4-8 いつもどおりにならなかった帰宅後
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「おうっ、おかえりっ!」
「「え!?」」
俺と咲は、ほぼ同時に固まった。
スーパーで買い物をし、俺の家に戻ってきた咲と俺。
地方巡業に出ているかーちゃんの帰りはまだ来月だし、とーちゃんに至ってはいつ帰るのかすら知らない。
そんな我が家で、誰かが俺と咲の帰宅を出迎えてくれた。
「もしかして……鉄子さん?」
「いや、まだ先なはずだが」
「だよねえ」
そんな風に俺たちが玄関から先に進むのを躊躇していると、リビングからひょっこりとその謎の人物が顔を出した。
「え?」
綺麗な金髪が揺れていた。
一瞬俺は麗美かと思ったが、そうではなかった。
咲の方もどうやら同じようなことを考えたらしく、俺たちは顔を見合わせながらその正体について首を捻った。
「あ!」
俺よりも一瞬はやく、咲が答えにたどり着いた。
「東雲さん!」
それは誰だと思ってしまったが、当の本人が笑いながら出てきてくれたことで頭の中のスイッチがようやくオンになってくれた。
「がっはっは。どうした二人とも。私を待ちぼうけさせて付け入る隙を作る巌流島作戦か?」
なかなかにわけのわからないことを言いながら登場したこの人は、レディガントレットさん。
本名を美沙・東雲・ビリジアンという、かーちゃんのところの練習生の1人だ。
「どうしたんですか東雲さん。まだ地方じゃなかったんですか?」
「おう。鉄子さんたちはまだ帰らんよ。私はちょっと用事があってな。そのついでに、お前たちの様子を見てきてくれって鉄子さんが」
「なるほどー」
咲からスーパーの袋を受け取り、それをキッチンへと運んでくれる美沙さん。
美沙さん……。
美沙さんなのだが……どうもしっくりこない。
俺としてはやっぱり、リングネームの方のレディガントレットの方が馴染みがある。
とはいえガントレットさんと呼ぶのもおかしいか。
プライベートのときは、できるだけ美沙さんと呼べるように努力しよう。
「あれ、そういえば今日はあのトレードマークのガントレットつけてないんですか?」
「当たり前だ。アレは入場するとき用の装飾品だからな」
「え? でもトレーニングのときもつけてませんでしたっけ」
「がっはっは。よく見てるな。実はあれめちゃくちゃ重くて、あれをつけてるとトレーニングが捗るんだ」
「へー」
「大魔王がつけてた重いマントみたいなもんだな」
「???」
ときどき美沙さんは、誰にもわからないような謎なたとえをする。
緑青あたりはついていけるらしいが、俺や咲はまるでダメだ。
そういえば、砂川もガッチリ食いついてたけど、元ネタはどこらへんにあるんだろうな。
「それで東雲さん。ご飯は食べていかれるんですよね」
制服の上にエプロンをつけながら、咲がそう尋ねる。
「おう。もちろん。なにしろ、そのためにここに寄ったような部分もあるからな」
そう言って美沙さんはがっはっはと、まるで俺のかーちゃんのように笑う。
なんでも美沙さんは、俺のかーちゃんに憧れてプロレスラーになったらしい。
笑い方まで、真似しなくてもいいと思うんだけどな。
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