4-9 いつもどおりに戻ろうとしている夜


そして夕食後、俺が食器の片付けをしている間に美沙さんと咲は一緒にお風呂に入っていた。

うちのお風呂はかーちゃんの都合で、大人数で入れるようになっている。

と言っても、多くて5~6人。

銭湯や温泉の大浴場のようにはいかないが、それでも一般家庭としてはかなりの広さだと俺は思っている。


(まあ、メインの施設じゃないとはいえ、プロレスラー用のトレーニング施設が同じ敷地にある家が一般家庭かどうかは謎だけどな)


「おう! いい湯だったぜ!」

「ちょっと! 東雲さんっ」


まるでかーちゃんのようにバスタオルだけ巻いた状態でお風呂から出てきてしまう美沙さん。

大柄だが、しなやかさを残した身体つき。

ハーフというだけあって、日本人離れしたプロポーションをしていると思う。

全身にうっすらとついた筋肉が、いかにもアスリートという感じがして色っぽさとは無縁だったが。


「んもう! ジロジロ見ないの!」

「うーっす」


咲に頭をタオルで巻かれ、強引に手を引かれ部屋を出される俺。

ちなみに咲は、ちゃんと着替えた状態で出てきた。

それはまあ、当然といえば当然だ。


「フルーツ牛乳もらうぞー」

「いいですけどそれかーちゃんのですよ?」

「うっ! くっ! で、でも……風呂のあとは……ああああっ! 鉄子さんすみませんっ!!!」


よくわからない葛藤のうめきのあと、ゴキュゴキュと美沙さんがフルーツ牛乳を飲む音がタオル越しに聞こえてきた。

そんなBGMをうっすらと聞きながら、俺は咲に手をひかれるままに脱衣所へと連れて行かれた。


「はい、じゃあここまで。あとは自分でしてね」

「おう」


ガラガラと引き戸を閉める音がして、咲の気配が消える。

脱衣所の中には、いつも以上に湯気が籠もっていた。

よっぽど焦っていたのか、普段はしっかりと扉を閉める咲が浴室との間の扉を半開きにしたせいらしい。

そして、ランドリーボックスの中もいつもとは違ってかなり雑然としていた。


「はいはい見ていませんからねー」


一瞬だけ見えたカラフルな色合いの布地たち。

それが美沙さんのものなのか咲のものなのかはわからない。

というかそもそも、うちで入浴することがあっても咲は自分の着ていたものはしっかりと持ち帰っている……たぶん。

だから今日のそれも、おそらく美沙さんのものだろう。

……見てないからわかんないけど。


「ま、別にどうでもいいですねー」


まるでごまかすように1人そう言いながら、俺は浴室へと移動した。

カポーンと何が鳴っているのかはよくわからないが、よく温泉やなんかで反響しているような音が俺の耳に飛び込んできた。

もしかするとこれは、お風呂の精霊かなんかが自分の存在を主張しているのかもしれない。

まあ、そんなわけはないんだけれども。


ともかく、そんなこんなで今日も一日が終わろうとしていた。

あとは咲とのアプリ通話があるだろうが、それもまたおそらくいつもどおりになるはずだ。


もしかしたら、敦盛について熱弁されるかもしれないけれども。

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