第1章:第2節【追うものたち】
防灰の森と呼ばれる森があった。暗く鬱蒼と茂るその森はとある土地を囲うようにU字型の形をしていた。その土地に近付く者は誰もおらず、唯一接する人類圏は、森から南西にいったところの森と平地の狭間に位置する小さな村だけだった。
その村から真っ直ぐ東に進んだ先、丁度U字の中心の下辺りは急に標高が高くなり、切り立った崖が数キロ近く続いていた。森は数十メートル下にあり、森を監視するにはぴったりの立地だった。
そんな崖の上に二人の人間が伏せた状態で、暗視双眼鏡を覗いていた。一人は男のようで、短い黒髪に茶色を基調とした迷彩柄の服を着ていた。周りの地面や岩に溶け込んでおり、遠目からその存在に気付くのは至難の業だろう。もう一人は女で、こちらもまた同じ服を着ており、黒髪が肩辺りでざっくばらんに揃えられていた。二人とも腰には大振りナイフを装備しており、いつでも起き上がれる体勢を維持しているのが分かった。
「ええっと、ダリアさん? 全く状況が把握できないんですが」
「……これ、どう報告するつもりよレガート」
「うむ。見たまんまに報告するとだな、【
「そうね、私にもそう見えたわ。でもそれで納得するかしら? 」
「しないだろうね。というか俺の計画が完璧に破綻したんだが。くそ、あの発煙筒、結構高かったのに……あれ、経費で落ちるよね? 」
「無理だと思うわよ。まあスコシア様に怒られない事を祈っておくわ」
「ダリアさんも同罪ですからね!? 」
レガートと呼ばれた男は頭をガリガリと掻いて、どうここから計画を修正するか考えたが、どう考えても自分の判断基準を遥かに越える状況である。これは上司に判断を仰ぐしかなさそうだったが、それはつまり自分の無能さを報告する以外の何者でもない。
ダリアはどうせ怒られるのはレガートだからと、余裕そうな表情を浮かべていたが双眼鏡を南西の村に向けると一転厳しい表情に変わった。
「レガート、あの村……」
「飲まれたか」
「ええ。何度見ても、ゾッとする」
「どうなってるんだ本当に……聖女に加え、【
彼らの双眼鏡の先。小さな村があった。建物にさほど、損害はなかったが村の中央を大量の人間が通った足跡が残っており、夥しい血で辺りが一面赤く染まっていた。血の池には人骨らしき物が浮いており、まだ皮やわずかな肉が付着していた。生き残りのわずかな人間達は皆、放心しており、ただ漫然と目の前の凄惨な状況を見つめていた。
「とにかくこうなってしまった以上はスコシア様に報――」
そう決意し、レガートが立ち上がろうとした瞬間、
「おっそーーーーーーい!!! 」
レガートの尻に小さな足が勢いよく突き刺さった。
「いてええええ! ヒール! ヒール刺さってる! 」
「判断が遅い! 事態が急変したらすぐに報告、連絡、相談! 徹底しろって言ったでしょ! 」
レガートの尻には刺さる紅いヒール。レガートが恐る恐る、伏せたまま器用に振り返るとそこにいたのはこの場になんとも似つかわしくない少女だった。赤と白を基調としたフリルのついたドレス。腰まで届く銀色の髪を後頭部でくくっており、瞳は海のように深い蒼。どこか造り物めいた整った顔は夕日に染まり、怒りで歪んでいた。
「いや今まさに丁度スコシア様にご報告し――」
「ちょっと貸しなさい! 」
最後までレガートの話を聞かずにスコシアと呼ばれた少女はレガートの持つ双眼鏡をひったくった。そして仁王立ちのまま双眼鏡で森の中の赤い煙が登っている位置を覗いた。
「どうなってんのよ。例の人間達、死にそうだし、それに【
「ええっと、丁度煙の位置から真北ですね。犬と妖精と一緒に歩いて、いや走っていますね」
ダリアが報告しながら指差した方向へとスコシアは双眼鏡を向けた。
「犬と妖精って何よ。おとぎ話じゃないんだから……っていたあああああああ! 何あれ! 犬じゃなくて狼だよ! すごい! まだ絶滅してないんだ……え、というか一緒にいるのもしかして影妖精? ……何あの激レア詰め合わせセットみたいなの!!! 」
レガートとダリアは半分ほど何を言っているか分からなかったが、自分たちの上司が大いに興奮していることは分かった。そして往々にしてそれは良くない方向に向かう事も。
「……欲しい」
「あー、スコシア様? 」
「狼と影妖精欲しい!!! 」
「ええと、私達って禁足地に向かっている聖女と【
「うるさい! 」
ダリアが静かに訂正しようとするも、スコシアはレガートに乗せていない方の足を勢いよくダリアの尻に乗せた。痛い……と嘆くダリアをよそに、二人を台にして立ったスコシアがふんぞり返るように宣言した。
「私が氏族会議で言われたのは監視だけで、ペットを捕獲するなとは言われてない! よってオッケー! 」
「いや、雑魚とはいえ三人を一発でのしたやべー犬ですよ? しかも【
「レガート君、狼な? 誇り高い狼の前で犬なんて口にしたら噛み殺されるよ? 」
「あ、はい、すみません」
「いずれにせよ、監視対象が全員禁足地に向かっている以上、我々も行かざるを得ないわ」
「まあ確かに……」
「とにかく、この件については氏族会議には移動中報告するから、その後の動きはそれ次第ね」
「了解しました」
「へいへーい」
スコシアは二人の尻から降りると、くるりとその場でターンし、とことこと歩いていった。レガートとダリアはお互いに顔を合わせ、やれやれと言いながら起き上がり、かるく身体をほぐす。
彼ら二人は崖に背を向け、上司であるスコシアの後を追った。その先には、巨大な鉄の塊が鎮座していた。ずんぐりむっくりと表現するのがふさわしい丸みを帯びた長方形の鉄の塊。上部に短い翼がついており、その下には巨大なエンジンが付いていた。
この星に4機しか残っていないとされる飛行機械【ガルブレイス】。
DDエンジン二機を搭載した古の文明の産物であり、現在の技術ではもう製造不可能とされている。
その貴重な飛行機械はスコシアとその直下部隊のみが使える専用機だった。
前面の下部が開き、スコシア、レガート、ダリアとその中へと入っていく。ゆっくりと、ハッチは閉じられ、同時に機体全体が震えると、DDエンジンが可動を始めた。エンジンから甲高い音が鳴り、リング状の青い光が辺りを照らしながら地上へと噴出される。そしてゆっくりと垂直に飛ぶと、そのままゆっくりと森の方へと滑るように進んでいった。
微小に揺れる機体の上部。そこには小さいながらスコシア専用の部屋が設けられていた。スコシアの見た目には反して、部屋はシンプルにまとめられており、壁の一面には黒いディスプレイが埋められていた。スコシアは少し思案したのちに、座っている椅子の肘置きに設置されているパネルのスイッチを入れる。
壁のディスプレイの真っ黒だった画面に映し出されたのは広い、会議室のような場所だった。円卓と椅子以外無駄な物は何もなく、全てがなめらかな曲線で構成されており、継ぎ目は一切なかった。円卓を囲むように椅子が十二席ありそこには七人の男女が座っていたが、五席が空席。座っているの者は年齢も性別も服装もまるでバラバラだったが、ある共通点があった。
「何よ、全員いないじゃない」
第一声を発したスコシアは会議室全体を見渡した。
「おめえがおっせーから飽きて帰っちまったよ」
それに対し、軍服を来た大男が小馬鹿にしたように反論した。
「は? じゃあ止めろよ木偶の坊」
「あ? 餓鬼が調子乗るんじゃねえぞ」
画面越しにお互いを睨む二人だったが、彼女ら以外はいつものことと呆れていた。
しかしそれで話が進まないと、画面奥、スコシアの正面に座る、金髪の優男風の男が口を開いた。
「スコシア、それにグラントも。喧嘩はいいからさっさと報告」
最初から喧嘩腰のグラントと呼ばれた大男に、それを宥める優男風の青年。無言でそれを観察するその他の者。そして画面に反射して映る、スコシア。
彼らの共通点。
それは全員が【
その全員の瞳孔が、縦に細長く、まるで竜のように怪しく光っていた。
☆
「なるほどねールーチェちゃんは【
「そう。まあ自分で飛び込んだから自業自得だけど、いい加減本読むのも飽きて出たいなあと思ったら全然出られなくて」
森の中。歩きながら、会話するうちに、すっかりルーチェとエイルは打ち解けていた。ウィルムは黙って聞いているだけだった。ウィルムが思うに、どうもルーチェは知識欲が強い為か、自分の知らない事を知っている者には弱いようだ。最初は蛇蝎のごとく嫌っていたエイルをこうも簡単に受け入れるとは思わなかったが、まあ仲が良いのは悪いことでは無い。
「【鳥籠】ねえ…まだあれが残っていたとはね」
「まあ、私達のせいでもう地の底に沈んじゃったけど……あれが何か知っているのエイル? 」
「旧世界の産物だよ。頭トチ狂った人間と竜が世界中の記録という記録、書物という書物、データというデータを集めて保管した、まあ図書館みたいなもんだ。だが、その中の情報には決して外に出してはならない物もあってね。だからあの【鳥籠】は入ることは出来ても出ることは叶わない、一方通行の知の牢獄なのさ。出来た当時はそれでも喜んで籠もっていた奴等が随分と多かったらしいね」
「ほんとエイルって良く知ってるね」
「まーねー。しっかしそこの資料を飽きるほど読んでるってことはルーチェちゃんも相当知識溜め込んでいるとみたね。もうあそこにしかない情報は山程あるから」
「でも最近の事は全然分からない。聖女の事だってウィルムに言われるまで知らなかった。私の生まれた里はとても排他的だったから」
「ウィルムはどうなんだ? 」
「私も同じだ。ずっと地下にいたから何も知らない。おかげでルーチェにはいつも助けられている」
「へへへ」
「仲良しだねえ。ふーん地下ね……なるほど」
ウィルムとルーチェとエイルはそんな会話をしながら森の中を進んでいた。既に暗くなった森だが、全員どうやら夜目がきくようで、支障無く歩いていた。
「それで、我々はどちらに向かっているのだ? 」
「
「なんだそれは」
「【ヴァイザンズドア】……そこについて読んだことあるよ私」
「へー流石はルーチェちゃんだねえ。この時代にそれを知っているのは氏族共ぐらいだよ。かつて竜や人の手によってこの星を滅ぼしかけた7つの災いを【
「七回目の【竜災】の跡地……」
「なぜそのような場所に向かう?」
「なぜかって?決まっているだろ、聖女がそこに向かっているからさ」
「やはりエイル、貴女は聖女を知っているのだな」
「……知らない、とまでは言えない。というよりこの星に生きる人間で知らない者はいないからね。君達が知らないだけだよ」
エイルは真っ直ぐ前を向いたまま、少し足を早めた。ウィルムもそのペースに合わせ横を進んだ。
「聖女って何者なの? 」
「……神の啓示を受けこの星を救う為に一人、救済の旅に出た少女。そしてその旅先で次々起こった奇跡によって、その信者は増えていった。これがまあ一般的な聖女についての知識」
「じゃあなんでその聖女は禁足地とやらに向かっているの? 禁足地はどこも危険で氏族が厳重に封印しているんでしょ? 昔、禁足地を巡って戦争が起こってからは特に厳しくなったって」
「そこまでは分からない。でも数ヶ月前から殉教者共が真っ直ぐこの禁足地に向かっていることが分かり、必然的にその先に聖女がいることが分かった」
「殉教者って何よエイル」
「……それは」
「……! エイル! 何かが後ろに迫っているぞ! 」
ウィルムの鼻にさきほどからこびりついて取れない嫌な臭い。腐った肉と血の臭い。それが後ろからこちらに向かって進んでいるのが感じ取れた。
「ち、思ったより早かったか。走るぞ、ウィルム! 」
「何、あれ……」
疾走を開始した、ウィルムの上でルーチェが振り返った。
その目線の先には――
☆
一体どれほどの時間が経ったのだろうか? 男は地面から起き上がろうとしたが、上手く立ち上がれず、地面に倒れかけた。なんとか木に手を伸ばし、それを回避する。まだ頭が痛い。目線を上げると同じように倒れていた仲間が起き上がろうとしているのが見えた。
「おい、お前ら大丈夫か? 」
そう叫んだが、二人は何も反応を示さず、こちらに向いて、口をパクパクと動かしていた。そして違和感に気付いた。何も聞こえないのだ。耳に手をやると、ドロリと液体が手についた。これは……
呆然と自分の手についた血を見つめる男だったが、ふと、仲間たちが怯えた表情で後ずさっている様子が目に入った。なんだあいつら、そんなに血が怖いか。お前らも耳から血が出ているじゃないか。そう男が思った瞬間。
男の腹に先の尖った棒状の物が生えた。
「!? 」
背中から腹へと貫通したその棒状のものは杖だった。頑丈な木を荒削りにして作ったただの杖。
「かはっ……! 」
口腔内に溢れる血。そしてすぐ後ろ、耳元をくすぐる、荒い吐息。
男が振り返る間もなく、次々と何本もの杖が男に刺さり、腹を破った。そして突き刺さったまま男は持ち上げられ、ほどなくして絶命した。
二人の男は、それは何が最初分からなかった。暗い森の奥から、ギラギラと光る点が増えていった。そして木々の間からゆらゆらと揺れる物がぞろぞろ複数現れた。
それは薄く汚れたボロ布を纏っただけの痩せこけた人間だった。年齢も性別も全く違う集団だが、全員、背中には粗末な背嚢を背負い、杖を持っていた。しかし、その口元や手には血がこびりついており、持っている杖もまだら模様に染まっている。
何より、異様に見開かれたその目は爛々と光っており、まるで幽鬼のようだった。そんな者が何人も何人も森から現れ、こちらに向かってきていた。
二人はそのあまりに異様な光景に腰を抜かしながらも幽鬼に一番近い位置にいる自分達のリーダーにそれを伝えようとした。しかし彼ら同様リーダーも耳が聞こえず、後ろの存在に全く気付いていなかった。
その幽鬼の杖がリーダーを貫いた。彼は幽鬼達によって持ち上げられ、下の幽鬼達に血の雨が降った。幽鬼達はは歓喜の表情でそれを楽しみ、しばらくして男の亡骸を地面へと落とした。
もはやこと切れたその男に幽鬼達が一斉に群がる
「ひぃ……! 」
咀嚼音が響く中、男に群がる幽鬼達の奥からぞくぞくと同じ者達が現れた。それらはもう眼の前で喰われているご馳走にありつけないと思い、視線を腰を抜かしていた二人の男へと向けた。
「に、逃げろ! 」
二人の男は急いで立ち上がろうとするもまだ、身体の自由が聞かずふらふらとしたまま森の中へと逃げようとした。幽鬼達は最初ゆっくりとした足取りでこちらに向かっていたが、次第に足を早めていった。
「くそ、なんでこんなところに! 殉教者共が! 」
三半規管がまだ回復していない二人にその幽鬼達が追い付くのは時間の問題だった。
☆
「そう、あれが信者共の成れの果て、殉教者」
エイルが尋常ではない速さで森を疾走する。動きにくそうな服装だが、そんな事はお構いなしにエイルは走った。その横を並走するようにルーチェを乗せたウィルムが走る。後ろに迫る目を異様に輝かせた幽鬼の集団から目線をようやく剥がせたルーチェが叫ぶ。
「何よアレ! あんなの聞いたことも見たこともない! 」
「かの聖女を信仰し妄信し、ただ、その後を追うことだけを考えて生きているような連中だ。理性なんてものはもうとっくの昔に無くしているだろうね」
「エイル! この速さで付いてくるぞ」
エイルもウィルムも明らかに人の限界を超えた疾走をしているにも変わらず、後方十数メートルを走る殉教者の群れを引き離せないでいた。
「もう少し先にいけば、壁がある。そこで引き離すよ! 」
そうエイルが言ってから数分ほど走ると、突然目の前の視界が開けた。
目の前に十メートルほどの高さの壁がそびえ立っていた。随分と古い様子だが、それでもしっかりと崩れる様子もなく立っていた。
「この壁に沿ってそのまま東に走る! できれば奴らをすぐ後ろまで引きつけてから直角に方向を変えるよ! 」
「ルーチェ、しっかり捕まっていろ! 」
エイルとウィルムはギリギリまでスピードを落とし、そして壁の直前で右へとターン。その後、勢いを緩めることなく、壁沿いを疾走。
すぐ後ろに迫っていた殉教者の群れはその急な動きに対応し切れず、その勢いのまま壁へと激突。破砕音と肉が潰れる多重奏がウィルムの耳に届く。思わずルーチェは振り返りその光景を見て、後悔した。
壁にぶつかり、肉と骨の塊と化した殉教者の残骸に、次々と森の中から出てきた殉教者が群がったのだ。
「うそ、仲間を食べてる……」
「眼の前に自分たち以外の肉があれば襲う。それが死体であればなんだろうがお構いなしだ。ただ、奴等は聖女の軌跡からは逃れられない……あくまで、聖女の後を追うことを何よりも優先している。だから一旦奴らの視覚から外れれば」
エイルがスピードを落とし、ついに立ち止まった。ウィルムもその横に止まり、後方へと頭を向けた。
真っ直ぐに見えた壁だが、どうやら曲線を描いていたようだ。壁沿いに進んだ為、もうあの共食いしていた殉教者達は見えない。
「なるほど、ここまでは追跡してこないというわけか」
「そ。一度視界から外れてしまえば、大丈夫。本当はもっと早くここにたどり着きたかったんだけど」
エイルが見上げるように壁を見上げた。
「さて、奴等がこちらに向かって来る前に壁の中に入ってしまおう」
「入り口があるように見えないけど」
「んーもうちょい行けばあったと思うんだけど」
そう言うとエイルは壁に手を当てたまま、ゆっくりと進んだ。しばらく歩くと、壁にトンネル状に空いた通路があった。通路は数メートルほどで終わり、その先は分厚い鋼鉄の扉が行く手を阻んでいた。壁はそのトンネルの先も同じように続いていた。
「おーこれだこれ」
「この分厚い鋼鉄が入り口? 」
「そうそう」
エイルがその通路に入り、あちこちを調べていた。ルーチェも物珍しそうに一緒になって通路の中を見ており、ウィルムは入り口で森の方を警戒していた。
「さてさてどこかにスイッチがあるはずだけど」
「ねえエイル、確か禁足地【ヴァイザンズドア】って元々国でしょ? この壁と門って随分と古いけど、それでも当時国があった時に建てられたほど、古い感じがしないんだけど」
ルーチェは、どうにも違和感を感じていた。この門は確かに古い感じがするし、おそらく二百年ぐらいは過ぎていると思う。だが、元々ここにあったのヴァイザンズドア王国はそれよりも更に百年ほど前に滅んだはずだ。
「おお流石だねえ。そう、この門と壁は後から作られたんだよ、氏族共によってね。この門は禁足地【ヴァイザンズドア】をぐるっと囲むように当時建てられた。目的は、二つ。一つは中に誰も入れないようにすること」
「まあ門だから当然ね。外敵からの侵入を防ぐ」
「もう一つは、中のモノを閉じ込める為」
「閉じ込める? 」
「そう、これはね、檻なんだよ。お、あったあった」
エイルが鋼鉄の扉の横の壁にあったパネルを見つけた。それはホコリと汚れを被っており、一見ただの板のように見えた。
「ほーんなるほど、指紋認証錠ね。レトロだねえ」
「それ開けられるの? 」
「んー物は試しだ、おりゃ」
エイルが袖で、パネルを雑に拭くと、右手をそれに乗せた。どうやらまだ機能しているようであり、淡い光が指先から漏れていた。光が上から下へと動き、そしてピッという電子音がなり、ゆっくりと目の前の扉が警告音と光を発しながら持ち上げられていく。
「開いたな」
「なんで開くのよ」
「知らん。壊れてたんじゃないか? 」
扉が開いたことに気付いたのか、ウィルムがこちらに向かってきた。
「開いたか。今の所、殉教者は来ていないが、時間の問題だろう」
「そりゃあ重畳。さっさと中に入ろう」
そして扉が開ききった。前方から風が緩やかに吹く。
「これは? 」
風と共に無数の雪のような白いふわふわとしたしたものが漂ってきた。その一つがルーチェの手に落ちた。
「灰だよ。人を国を燃やし尽くし、そしてこの星すらも燃やす業火の名残さ」
扉の先には真っ白の光景が広がっていた。まるで雪景色のようだが、それが雪では無いことを全員が分かっていた。
エイルがくるりとターンをしてウィルムとルーチェへと道化のようにおどけた礼をした。
「竜の爪痕第七爪、未だ烟りし竜の灰獄、禁足地【ヴァイザンズドア】へようこそ」
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