第ⅩⅩ話 執念

「そこにあったのは何人かの女の傷だった。顔に火傷跡のある生首、でかい手術痕のある胴体、右足しかついていない下半身、そしてその日持ち帰っていた手首には自傷の跡。朧はそれらを剥製にして後生大事に保管していた」

「……吐き気を催しそうなインテリアですね」

「そうでもないぞ? むしろ中々に見応えがあるものだった。欲望から生まれたものでも突き詰めると芸術になる。朧はな、傷を持った女しか愛せないという業を背負っていた。身体の傷というよりも心の傷、いわゆる精神的外傷を持った女だけをな」

「なるほど、それは確かに貴方と趣味が合いそうですね。ですが、聞いている限りその人は身体の傷も重視しているように思えますけど」

「身体に大きな傷を持っている者は心にも傷を負っている、というのが朧の考えでな。手っ取り早く好みの女を見つけるために、酷い外傷を持っている女にばかり言い寄っていたらしい」

 

 天魔雄神は竜胆を馬鹿にするように鼻で笑う。

 その顔は記憶も読めん人間は大変だと言外に嘲っていた。


「特殊性癖持ちの男に見初められる女性には同情しかありませんね。全く変態はこれだから……」

「待ってくれ、なんでそこでハクはこっち見てくるんだ。俺はそこまで手遅れの変態じゃない。外見より中身を重視するところには共感するけど、好きな相手を自分で殺すなんて凶行には走らないし」


 ハクに冷たい目を向けられた大黒は、いやいやと手をふってハクの評価を否定する。

 

「まあ、そうですね。そこも不思議です。何故そこの男は愛したひとを自ら殺害していたのですか? 心中する気だったとかならまだ理解も出来ますが」

「そこまで含めてやっと朧にとって好みの女を作ることができるからだ。傷ついた女を立ち直らせ、それをまた自らの手で底に突き落とす。誰よりも信頼していた男に殺される、その時の表情こそ朧が何よりも求めているものらしい」

「……度し難い狂人ですね」

「本人も自覚している。自分は歪んでいる、とな。ズレてはいるが普通の人間らしい感性も持ち合わせているんだ。だからこそ愛した女との別離に涙も流すし、形見として愛した証も持ち帰る」


 天魔雄神は薄ら笑いを浮かべながら竜胆を擁護するが、大黒とハクの嫌悪の目線は変わることはなかった。


「いや、もうどうでもいいよ。男の性癖なんて詳しく知りたくもない。俺にとって問題なのはそんないかれた奴がなんでハクを狙ってるかだ。単純に賞金目当てなわけもないんだろ?」

「ひゅひっ、そうだ。朧が動くのはいつだって好みの女のため。今回で言うなら九尾を自分の女にするためここまで来ている」

「……………………は?」


 思わず、大黒の拳に力が入る。


 天魔雄神の迫力に震えていたのが嘘のように、大黒は殺気の籠もった目で天魔雄神を睨みつける。

 今にも飛びかかりそうに見えたが、ここで天魔雄神に殴りかからないだけの理性はまだ残っていたようで大黒は天魔雄神を睨みながら話の続きを待つ。


「ひひひっ、男の方は九尾よりも賢いようだ。望み通り続きを話してやろう。朧の家でその趣味を知った俺様は隠形を解いて話しかけることにした。多少いざこざはあったものの最終的に俺様に平伏し、先程貴様たちに話した行動理念などを詳らかにさせた。そしてそれを聞いている途中に閃いた。九尾こそ朧の理想の女に相応しいのではないかと」

「…………」

「…………」

「二人してそう睨むな。楽しくなってくる」


 言葉の通り天魔雄神は愉快そうにしているが、大黒とハクの内心は穏やかではない。 


「いいからとっとと話を進めろ。なんで誇り高い悪神様がそんなお節介おばさんみたいな思考に至ったのか、俺みたいな矮小な人間の頭じゃ予想も出来ないからな」


 大黒は地面に唾を吐く勢いで天魔雄神に言葉を投げる。


「なぁに、そう難しい話ではない。単に傷ついた女が好きと言うならそこの九尾ほど傷を抱えた生き物もいないだろうと考えただけだ。人間よりも遥かに長寿なくせに、人間と同じくらい傷つきやすい。生きた年月の分だけ傷がつく。普通のやつにとっては事故物件のような女だが、朧にとってはこれほどの優良物件もあるまい。それに貴様が転生していたことも知っていたからな。丁度いい暇つぶしになると思ったのだ」

「それで、貴方はその男に私の記憶でも見せ上手いように動かしたのですか」

「ひひっ、その通りだ。最初は見たこともない女なんてと渋っていたが、記憶を見せてからの食いつきは凄かったぞ。覚悟しておけよ九尾、朧の執着は並ではないからな」


 天魔雄神の言葉を聞き、二人は再び天魔雄神が出した竜胆朧を見る。

 確かに竜胆の眼はハクだけを注視している。地の果てだろうと地の獄だろうと着いてきそうな執念を感じる。

 その視線にハクはぶるっと体を震わせて、大黒の背中に身を隠した。


 

 

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