第ⅩⅨ話 竜胆

「こっちには程度の低い自慢を聞いてる暇は無いんです。私達の質問にだけ答えてとっととここから出してくれませんか?」

「はっ、いいだろう。俺様としても苦しんでいない貴様達の顔を見ている趣味はないしな」


 天魔雄神は大黒に向けていた視線をハクに移し鷹揚に頷く。

 話の流れを理解っていない大黒は下手に疑問を差し挟むことはせず、ハクに場を任せて静観することにした。

 

「意見が合って何よりです。まず、貴方は誰に頼まれて私達を狙ってきたんですか?」

「そんなのは陰陽師に決まってるだろう。貴様達を狙おうする人間など他にはおるまい」

「ただの陰陽師に貴方を動かせるわけがないから聞いているんです。万が一、貴方が式神として動かされているのならその人物は私達にとって誰よりも警戒しなければならない相手になります。認めるのは癪ですが、正面から戦っても敵わない可能性もあるでしょう。なので、情報は出来るだけ仕入れておきたいんです」


 ハクは憮然とした顔で問いかける。


 ハクの知る限り、天魔雄神が陰陽師と式神契約をしていた時期はない。

 今よりも妖怪が日常に根ざしている時代であっても、天魔雄神を調伏出来るような実力を持った人間はいなかったからだ。

 もしもそんな人間がいたとしても、プライドが高い天魔雄神が素直に式神になるわけがない。

 だから本当に万が一、万が一天魔雄神を式神に出来た人間がいたのなら、追手の中でも一番の障害になる。


 そう考えての質問だったが、天魔雄神は嘆かわしいと言わんばかりに首を振っていた。


「九尾、貴様はいつからそんなに愚かになった。俺様が式神に? 万が一にもありえないだろう。未来永劫起こりうるはずがないと断言できる。それに比べたら明日地球に隕石が降ってくる確率の方がまだ高いぞ」

「……それはそうなんでしょうけどね。私にとっては貴方が人間の頼みで動いたというのも同じくらい信じられないことなんですよ。天上天下唯我独尊を信条にしていそうな性格ですし」

「あまり馬鹿にするな。俺様は他人の言葉を信条にしたことなどない。それに俺様は貴様の思っている数倍慈悲深いのだ。趣味が合う人間が平身低頭して懇願してくれば頼みの一つでも聞いてやるくらいにはな」


 そう言って天魔雄神が人差し指を振ると、ハクと大黒の前に一人の男が現れた。


 髪はボサボサで、目の下には濃い隈が出ている。服装も首元がよれたTシャツに色が落ちたジーパンといったもので、見た目やお洒落に気を使わない人間であることが伺えた。しかし他人に興味がないわけではないようで、目は爛々と輝いていてハクを一心に見つめていた。


 その視線に気味の悪いものを感じたハクは一歩後ろへ下がり、逆に大黒はハクをハクを隠すように前へと出る。


「そう身構えずともこいつはただの人形だ。意思があるわけでもなければ動くわけでもない。気になっていたようだから、分かりやすく視覚化してやっただけだ」

「……それにしてはなんとも言えない圧力を瞳から感じるのですが」


 ハクは遠回しな表現をするが実際はそんな生易しいものではなく、男の目は欲望に満ちた飢えたけだもののようだった。

 天魔雄神は警戒する二人を見て可笑しそうに笑い、男の説明を始める。


「ひゅひひっ、そこも俺様がこいつを気に入った理由の一つだ。この男の名は竜胆りんどうおぼろ、ふらふらと地上を見回っている時に見つけた男でな、何やら面白いことをしていたから声をかけたのだ」

「あまり聞きたくありませんが、その面白いこととは?」


 どうせ碌でもないことだろうという確信を持ちながら、ハクは続きを促す。


「最初に見たのは女を解体している場面だった。両手を血に染めて、朧は泣きながら丁寧に女を解体していた。もちろん、それだけなら大して珍しくもない。痴情の縺れか怨恨か、理由はなんであれどこでも起こっていることだ。俺様の興味を引いたのは朧が解体した女の手首を持って帰ったことだった」

「手首……、呪術にでも使っていたのですか?」

「俺様もそう考えたがそれにしては酷く大事そうに手首を抱えてたのだ。だから隠形して後をつけてみた。用途が気になってな。そして家の中だ、朧の家の中には朧という人間の業が詰まっていた」


 話を進める度に天魔雄神の口角は嬉しそうに上がっていく。

 対照的にハクと大黒の表情は険しくなっていたが、それもまた天魔雄神の口角を上げる要因になっていた。









 


 



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