第ⅩⅦ話 玩具
「九尾、あの男はいいぞ。あの男は深い傷を持っておる。その傷を開かれたぐらいで再起不能にはならないが、傷を突かれて平然としておけるほど頑強ではない。要するに壊れない
「……また、あの人にちょっかいをかけるつもりですか」
「もちろんだ。情報提供はそれらの前払い分でもある。寂しいなら貴様も毎度連れてきてやっても良いぞ? 貴様も年齢の割には柔い精神を持っておるしの。俺様が工夫してやればまだまだ楽しめそうだ」
「お断りです」
ハクは不機嫌そうに言い放つ。
大人の姿を装ったままのハクのそれは普段大黒に見せているものとは違い迫力と威厳に満ちていた。
しかしだからといって天魔雄神が怯むことはなく、むしろニマニマと笑いを濃くするだけだった。
「そう邪険にするな。貴様たちはこの俺様に気に入られてるのだぞ。光栄というだけではなく、考えようによっては益もある。何せ俺様程の上位存在が地上で姿を見せるなど滅多にないからな。むしろ貴様はこの縁を大切にするべきだ」
「貴方との縁なんて百害あって一利なしでしょう。今回何故私達を狙ったのかは後で聞きますが、出来れば金輪際貴方とは関わりを持ちたくありませんね。私だけではなく、もちろんあの人も」
「他人の行動を勝手に決めるものではない。貴様が嫌でもあの男は俺様と会いたがるかもしれんだろう。俺様の名すら知らぬ無知蒙昧な人間だったが、俺様の偉大さを知った今となっては信者となってもおかしくないしの」
「貴方のその傲慢さはどこで買えるんでしょうね……。…………?」
ハクが呆れて視線を斜め下に下ろすと、その空間に微かな揺らぎが見えた。
天魔雄神が何かしようとしているようには見えなかったが、念の為そこから少し離れて警戒態勢に入るハク。
そんなハクの様子を見て天魔雄神はくっくっと喉を鳴らす。
「見上げた警戒心だな。人間や妖怪に狙われる生活が続くとそうなるものなのか? いや、俺様も一時期は神連中に狙われていたがそこまで臆病にはならなかったな。よければ教えてくれないか? その脆弱な精神は生まれついてのものなのか、それとも悪意に晒され続けてきた故なのか」
「よく回る舌ですね。その軽口こそどうやって育まれてきたのか知りたいものです。やはりふわふわと地に足もつけず、あちらこちらへ放蕩するような空気よりも軽い生き方をしているからなんですかね」
「知りたければ教えてやろう。情念が重すぎる貴様にはちょうどいいかもしれんぞ? まあ教えたところで貴様に俺様の真似が出来るとは到底思えんがな」
「したいとも思いませんよ。……で、あれは何なのですか。段々と歪みが大きくなっているようですが」
まだまだ言ってやりたいことはあったが、ハクはそれよりも先に差し迫った状況について対処しようとする。
「そう怯えずともすぐに分かる。見てみろ、もう出てくるぞ。諸手を挙げて喜べ、貴様が待ち望んでいた男の登場だ」
そう言って天魔雄神が指をさすと、空間が罅割れ、膝をついたまま荒い息を吐いている大黒が出現した。
それが幻覚の類ではないことを確認したハクは、すぐさま大黒に駆け寄って肩に手を添える。
「……大丈夫ですか。辛いとは思いますが顔を上げて私を見て下さい」
「ハ……ク……?」
「そうです、よく頑張りましたね。ここまで来たら後は私に任せて、貴方はゆっくりと傷を癒やすことに専念して下さい」
ハクは大黒の手を握って、大黒を安心させるように努める。
ハクの言葉に従って顔を上げた大黒の瞳は、焦点が合っておらず虚ろなものだった。
ハクの名前は呼んだものの意識がはっきりとしていないようで、何度か倒れ込みそうになっていた。
(この人がここまで憔悴するなんて……)
不安定な大黒を労りながら支えるハクを見て、天魔雄神は拍手をしながら冷やかしの言葉をかけてきた。
「二人ともよくやった、よくやった。さすがは俺様の見込んだ者たちだ。それになんとも感動の再会じゃないか。息も絶え絶えな男に寄り添って支える女、甲斐甲斐しいことこの上ない。さっきまで俺様を口汚く罵ってきた女と同一人物とは思えないのぉ九尾?」
「しばらく黙っていて貰えませんか。貴方の不快な声を聞いていたらこの人の体調が余計に悪化しそうなんです」
「ひゅひひっ、過保護だな。自分の男が相手となるとここまで優しくなれるものか。そんな貴様が野生を解放してる姿をその男にも見せてやりたかったぞ。普段上品に振る舞ってる分、余計に衝撃を受けるんじゃないか? 俺様の作った人間たちをあんな風に……」
ばしぃ! という音が響き天魔雄神の言葉が遮られる。
それは天魔雄神がハクの攻撃を受け止めた音だった。
天魔雄神が何かを言い切る前にハクは一瞬だけ大黒の元から離れ、天魔雄神に上段蹴りを放った。
だが難なく腕で防御されてしまい、心中穏やかじゃなくなりながらもハクは大黒の所に戻っていた。
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